第2話
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「恐らくこの辺りのはずだわ」
鬱蒼と草木が生茂る森の中、手元に明かりを灯しながら地図を読み込んでいたリフィルは足を止め、周囲を軽く見渡す。
その後ろには少し眠気眼なリタ、闇に紛れてしまいそうな風貌だがなんとも堂々として独特な空気を纏うユーリ、そしてルーはと言えばユーリに守られるように手を繋がれていた。
「ようやくついたわね…さっさとその花を探しましょ」
「うん、でもどこにあるんだろ??」
「ルー、余所見してっと転けるぞ」
キョロキョロと忙しないルーに、ユーリは仕方ないと小さく息を吐きつつも、浮かべる表情は優しい。
2人を見ていたリフィルは、始めこそはユーリは参加メンバーではいなかったが、今となってはいてくれて正解だった。
夜は魔物達もレベルが高いから戦力として…というよりは、ルーの精神衛生上の問題で、暗い中ビビりやすいルーはユーリがいるからか安定しているように思える。
それはユーリにも同じ事が言える。
そんな2人は単純に微笑ましい。そう、微笑ましい、のだが…。
「大丈夫だって…ってうわっ!?」
突如大声を出したルーはユーリの腕に飛びつくように抱き付く。
一体何事かとルーに視線が集まる。だがそれもすぐに判明した。
「って、あ、なんだ虫か…」
ルーの視線の先にはとても小さな虫がいて、大きく息を吐く。
「あーびっくりした…」
「いや、それはこっちのセリフだ」
「う、だ、だって耳元でいきなり音がしたから…」
「ふーん。…まぁルーは耳弱いしな」
ユーリはニヤッとした笑みを浮かべると、今度はルーの耳元で低く甘いような声で問いかける。
ルーはボッと顔を真っ赤にさせ、耳を押さえながら狼狽する。
「っ!!ちょ!?」
「…ぷっ。」
「!!〜〜〜〜〜っ!ユーリっ!」
「はは、悪い悪い、お前がいちいち可愛いから、ついな」
「俺は可愛くなんかねぇ!」
頬を膨らませながら抗議するルーだが、その手はまだユーリと繋がれたままであり、ユーリは愛おしそうな笑みを浮かべている。
その一連を見させられた女子2人は思う。
『『見てるこちら(こっち)が恥ずかしくなるのよね…』』
ここまで清々しいくらい毎回イチャつかれると、もはや空気みたいなものだ。
バカップルに何を言っても惚気に繋がるだけなので、リフィル達は何事もなかったように、周囲の探索を始めた。
今回の目的は夜にしか咲かない花。
実はリフィル達もその話を聞いた時、そして今もイマイチピンとくる花がない。
何せ『夜にしか咲かない花』は抽象的すぎる。サイズはどれくらいで、見た目はどんなものなのかなど、それを特定する情報がほぼ皆無だったのだ。
わかっている情報としては、昼間では見つける事が難しく、生息地はここだということだけ。
だから情報がほしくて本の虫であるエステルや、知らないものはないのではないと思われたジェイドにも確認したのだが、明確な答えは出てこなかった。
そういう意味では今回のクエストは難易度は非常に高い。
それでも、その花を見てみたいというルーの純粋な目を見て、リフィル達はダメ元で受けることにしたのだ。
とはいえ、生息地と思われる場所にきたものの、それらしいものは見当たらない。
それどころか、空には厚い雲が覆い始めており、辛うじて雲の隙間から月明かりが溢れる程度と、視界が良いものではなかった。
唯一、ここだと言い切れるのはこの近くに見える屋敷の廃墟の存在だということ。
この廃墟はだいぶ前から持ち主がいないのか、遠目から見ても大分朽ちてきており、暗闇の中ではまるでお化け屋敷のような佇まい。
ルーはその屋敷はなるべく視界に入れないようにして、周囲に目を凝らしていた。
しばらく探索を続け、刻々と時間が過ぎていく中、それまで黙り込んでいたリタがリフィルに近づく。
「…ねぇ」
「リタ?何かしら」
「…今更なんだけど、今回のクエストの依頼主はなぜここ辺りにそんなものがあると場所まで指定してきたのかしら。そこまで知っているなら、私達に頼む必要ないんじゃない?」
「そうね…でも、その依頼主は若い女の子だったようよ。なんでも大切な人にプレゼントしたいんだとか」
「…ふーん」
「あっ!!」
納得のいかない様子のリタだったが、ルーの驚いた声に即座に反応する。
ルーの視線の先には、鬱蒼とした草木はなく、代わりに芝生が生い茂っており、所々に見たことのある花が咲いていた。
ほのかな月明かりでもその様子がわかる程、そこは異質だった。
「もしかしてここにあるんじゃねぇ?」
「ルー、あんま離れんな」
ルーは可能性を前に目を輝かせながらその場に駆け込むとユーリがすぐに後を追ってくる。
だが、次に起こった現象を前に、皆が驚愕した。
なぜなら、芝生にしか見えないそれが、突然青白く光り、小さな白い花を咲かせたのだ。
しかも…
「えっ!?えっ!?な、なんだこれ!?」
「…なんで、ルーの足元だけ…?」
リタの困惑した言葉と同時にユーリとリフィルが眉を寄せる。
そう、今目の前で起きている現象は、ルーの足元だけで起きている。
現にルーが混乱してその周りをうろうろしていると、その周りも同じく白い花が咲き、ほのかに光りを宿す。
試しにリフィルが前に出てみるが、何も変化は起こらない。
「…どういう事だ?」
「…わからないわ…。ルーに反応していることは確かのようだけれど…。」
急に研究者の目つきになったリフィルはその花を観察し始める。
その姿を見て、ルーもその場にしゃがみ、足元の白い花を見てみる。
白く淡く光りを帯びているその花はセレニアに似ていて、つい見惚れてしまう。
純粋に綺麗だと思ったルーは花に手を伸ばす。
すると、花びらに触れる直前、その指先にポツリと冷たいものが落ちる。
「雨が降ってきたな」
ユーリが空を仰ぐと、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。
小雨程度で収まれば…と皆が思ったが、雨粒はどんどん大きく、間隔も早くなってくる。
「これは一雨来るわね…どこかで雨宿りしましょう」
「それならそこの廃墟でいいんじゃない?雨風くらいは凌げるでしょ」
「えっ!?」
あのどう見ても何か出てきそうな廃墟に行くのか!?とルーはギョッとしていると、リフィル達はふっと笑みを見せる。
「ルーの気持ちも分かるわ。でも、ここにいると最悪風邪を引いてしまうわ」
「う…」
「そうよ。それに、あんたがそんなに怖いなら、わ、私達の後ろに隠れていればいいわ」
顔を背けつつも仄かに赤くしたリタが辿々しく言われ、ルーはキョトンとしていると、今度は隣にいたユーリに頭をポンと撫でられる。
「お前1人で行くわけじゃねぇんだ。俺らもいる。」
「そうよ。皆あなたのそばにいるわ」
「!うん…」
馬鹿にした様子はなく、優しい言葉と笑顔を向けられたルーは自然と頷いた。
先程まで感じていた恐怖感は和らいでいく。
ルーが落ち着きを取り戻したのを感じたユーリ達は雨脚が強くなっていく中、すぐさま廃墟の方へと向かった。