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時をこえた願いを(後編)



其方こそ、まことの勇者-

命の大樹に勇者の剣を返した際、命の大樹のもう一つの姿、聖竜から受けた言葉。
その神々しく美しい竜からの言葉に感動や嬉しさよりも何よりも、「ああ本当に終わったんだ」とようやく実感することが出来た。

その後ラムダにベロニカとセーニャを送り届けて、その足で自分も故郷に帰ることにした。
ルーラで帰ろうかとも思ったけれど、なんとなく寄り道をしたくなって、聖なる笛でケトスを呼んだ。
その背に乗せてもらい行き先を告げると、ケトスは大空を泳ぐように移動を始めた。

周囲を見渡せば美しいロトゼタシアの風景が広がる。
全てが終わり、“勇者が必要なくなった平和な世界”。
過ぎ去りし時をさかのぼってきた自分の使命は終わったのだ。
その事を改めて感じると、すっと力が抜けていった。
そしてこれから自分はどうしようかとぼんやりと考える。

イシの村でゆっくりと暮らしていこうか。
沢山心配をかけてしまったお母さんへ親孝行がしたい。
ああでもロウおじいちゃんと一緒にユグノアを復興したい気持ちも強い。
いろいろと頭の中でこれからのことを思い描いてみる。
けれど、思い描いたどれも何かがぽっかりと穴が開いたような感覚が消えない。
ふと脳裏を過るのは大切な相棒の背中。
カミュはきっとマヤちゃんと旅に出るんだろう。そんなことは聞かなくてもわかる。
いいなぁという気持ちが疼くが、それを振り切るように軽く首を横に振る。
邪神討伐という過酷な旅に付き合ってくれただけで十分だ。
長い間苦しんできたものの贖罪を果たすことが出来た今、もう勇者でもない僕とずっと一緒にいる必要なんてない。
漸く自由になれたのだから、彼は彼のやりたい事をして欲しい。
心の底からそう思うのだが、この事を考えるだけできゅっと胸の奥が痛い。

…時々でいいから、会えたらいいなぁ…

きっとこれが女々しいということなのかもしれない。
はぁっと小さく溜息をつきながら、カミュのピアス手の上に転がす。
邪神を打ち倒すときも肌身離さず持っていた大切な宝物を見つめながらぽつりとつぶやく。

「…僕、頑張ったよ」

今日くらいは自分をほめてもいいかなと思って、ちょっと胸を張って口にした僕の背中を押してくれたキミへの報告。
すると、ピアスはキラリと光った。
まるで「よく頑張ったな」って褒めてくれてるようで、自然と笑みが零れた。

ピアスを見つめながら、そういえばと思う。
あの時のカミュはいつごろから僕を意識をしてくれたのだろうか?
カミュと心が通い合ったのは世界が崩壊して天空魔城に乗り込む前だ。
世界が崩壊して皆と離れ離れになったとき、僕はカミュに会いたくて会いたくて、その時に僕はカミュが好きなんだと自分の気持ちに気づいたのだ。
だから、記憶を失っていたとはいえ、カミュに再開できたときは本当に嬉しかったし、ましてや天空魔城に乗り込む前にカミュから僕と同じ思いがあることを告げられた時は、泣いてしまうくらい嬉しかった。

デルカダール城の地下牢から脱獄が成功するまでは他人行儀だったけれど、それ以降はとても気さくに接してくれたし、ベロニカやシルビア達から過保護すぎると呆れながら言ってしまうくらい優しくて面倒見の良い兄貴分のカミュだったから、いつごろ僕と同じ気持ちになったのか時期が分からない。
最後に聞いておけばよかったなぁ
…なんて、あまり意味もないことをぼんやりと考えているうちに見える景色はよく見慣れたものになっていった。


村についた頃にはすっかり陽が沈み、星空が広がっていた。
寝静まった村の中、見知った景色にふぅっと息をつき、とぼとぼと自宅へ向かう。
自宅前につき、恐らく母さんも眠っている時間だろうと思い、極力音を立てないようにそっと扉を開ける。
すると、薄暗いはずの部屋にぼんやりと灯りが見えた。

あれ?もしかして起きて…

「おかえり」
「ただい、…え?」

部屋に入ると同時に聞こえてきた出迎えの声に思わず返答してしまったが、この声は。
バッとその声のする方を見ると、驚きのあまり息が詰まった。

「遅かったな」
「え?か、カミュ?」

家にある自分のベッドに腰を掛けながら出迎えたのは、故郷に帰っているはずのカミュだった。

え、な、なんで?夢でも見てるのかな…?

混乱気味の僕を見てカミュは軽く笑うと、立ち上がり近づいてくる。

「幽霊見たような顔してんじゃねぇよ」
「あ、ご、ごめん。ちょっと驚いちゃって…。」

本当はちょっとどころではないのだけど…。
よくよく見ると自宅にいるはずの母の姿はないようだった。
どこに行ったのだろうか。

「お前のお袋さんなら村長んとこに行ってるぜ」
「あ、そうなんだね。」

考えていたことをドンピシャに回答するなんて、やっぱりカミュはすごいなあと改めて関心する。
けれどそこでハタと思う。いやだからなんでここにカミュがいるのだろうか。
ついさっきまでまた会えたらいいなって思ってたから、こうして会えたことはとても嬉しい。
嬉しいのだけれどその反面なんでだろうという疑問が浮かぶ。
カミュを見るとやはり僕の考えていることがわかるのか、笑みを浮かべながら実はなと口を開く。

「お前に用があってきたんだ」
「僕に?」

なんだろうと思っていると、カミュはふっと優しい笑みを浮かべた。
それにどきりとして思わず顔を背けてしまった。顔が熱くなっていくのが分かる。
きっと今自分は顔が赤くなっているんだろう。
薄暗い部屋でよかったと内心ほっとしたのも束の間、次の瞬間にはカミュの腕の中にいた。

「お前を迎えにきたんだ」
「え?」

カミュの言っていることがよくわからない。
迎えに来た??あれ?どこかに行く約束したんだっけ?
というか、なんで抱きしめられてるんだろうか。
嬉しい…じゃなくて!は、恥ずかしいのだけど…!!
背後に感じる確かな温もりに顔だけではなく耳、首まで熱が上がっていくのを感じながら困惑していると、ぎゅっと強い力で抱きしめられた。

「約束しただろ?“俺は必ずお前を迎えに行くから”って」

耳元で囁かれた言葉にイレブンは目を大きくし、呼吸が止まる。

今、なんて…

バッと身を引きカミュを見ると間髪入れずに唇が柔らかく熱いものに塞がれる。
視界いっぱいに広がるのは綺麗で真っ直ぐに貫く海の瞳。
何が起こっているのか全く分からず固まっていると、唇の隙間から割って入ってきたものが舌に絡みつくのを感じ、体がびくりと跳ねる。
そんなことはお構いなしに逃げようとする舌を器用に絡められ、それはどんどん深くなっていく。
まるで逃がさないと言わんばかりの激しさと濃さに息苦しさと気持ちよさとで、自然と涙が零れそうになる。
腰もそうだが足もふらふらと力が入らず、立っているのがやっとだ。
すると腰を支えるようにカミュの腕が回され、そのまま自分のベッドの上に雪崩れ込むように体を沈める。
そこで漸く唇から熱が離れ、その代わりに銀の糸がつーっと引かれた。

「は、ぁ…らに…」

うまく思考が回らない。
呂律さえまともに回らない状況ではぁはぁと肩で息をしていると、顔の両側にカミュの手をつき乗り上げてきた。

「…悪ぃ。抑えが効かなかったんだ」

そうぽつりと呟いたカミュの目は真剣で、何も言えなくなってしまった。
だって、“ここ”のカミュとはこういう関係じゃなかったから。
…なかった“はず”だったのだ。
でも、今目の前にいるカミュは。

「…あんだけ大口叩いてたのによ、こんなに遅くなっちまった」
「…もしかして…」

まさかと声が震える。
なんで、どうしてという気持ちよりも先に広がる可能性への期待に目の奥が熱くなって、ぼろぼろと涙が零れる。
カミュは小さく微笑み、僕の目元をぺろりと舐めて、そのままキスをした。
それは“あの時”と同じもので、僕はこみ上げてくるものを抑えることが出来ず、カミュに抱き着いた。
カミュもすぐに抱きしめ返し、そして嬉しそうに言った。

「…お前にやっと、追いついた。」

ぽっかり穴が開いていたものが満たされていくのを感じる。
不可能だと思ってた。ずっと待ち望んでいた。
嬉しくて嬉しくて、これは夢なんじゃないかと何度も思ってしまう。
でも、確かに感じる温度と存在に涙が止まらない。
言葉も出ない僕の頭を優しい手つきで撫でられ、カミュの顔が見たくて抱きしめている手を緩めると至近距離でカミュの顔が目に入る。

「イレブン…愛してる」

見上げた先にある優しい微笑みに、僕はぐちゃぐちゃになりながら答えた。
あの時答えられなかった言葉を。

「僕も…!」







end

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