時をこえた願いを(後編)
なんでこうなったんだろう…
ふと見渡すと大きな部屋の端々に仲間達がいて、僕の横にはにこにこと笑顔のルドマンさんがいた。
先ほどこのルドマンさんへ報告を終え、お礼の品をいただき、さあ戻ろうとしたとき、このルドマンさんから花嫁が選ばれる時のリハーサルがしたいと突然言われたのだ。
そもそもこんなに綺麗な人たちの3人の中から花嫁を選ぶなんてどんな状況なんだろうか。
今この場にはいないその若者という人がどんな人なのか気になるのだけど…とか、リハーサルって必要ですか?とか色々と思う。
けれどどうやらルドマンさんもこれから起こることで余裕がないのか、有無を言わさず…結果、僕が仲間の誰かを花嫁として選ぶという究極な試練が訪れてしまった。
花嫁…そんなこと突然言われても…
途方に暮れつつ周囲の仲間達を見ると、皆は僕を一瞥した後、誘導するように視線をある一点へ向ける。
不思議に思い、皆の視線を追うとその先にはカミュがいて、そのカミュはとじっと強い眼差しで僕の方を見ていた。
ど、どうしたんだろう、カミュ…。
ひょっとして、助けてくれようとしてるのかな…?
なんとかこの場の凌ぎ方を考えてくれているのかもしれない。
そんなことを考えてながら、再び他の仲間達を見ると皆一様に目で早く行けと強く訴えてくる。
そこでピンときた。
も、もしかして、皆僕の気持ちに気づいてる…?
いや確かに、もし仮にけ、結婚とかするのであれば、カミュがいい…て何考えてるの僕は!
自分の下心に思わず顔が沸騰したように熱くなる。
ちらりと旅の扉の方へ目を向ける。
今すぐこの場から逃げ出したい。
でも…とも思う。
昨日、沢山泣いて考えて出てきた答えがあった。
前の世界でカミュと心が通じ合えたのは本当に奇跡のようなことで、そう何度も奇跡なんて起きるはずない。
僕が抱いているこの思いは、きっと叶うことはない。
けれど今なら…口に出せないことも今なら許される気がする。
カミュだってあくまでルドマンさんの練習だからって思ってくれる。
それにここでお断りの言葉を言われても、リハーサルだからって自分にも言い聞かせることができる。
やっぱりねってほんの少しだけ落ち込むかもしれないけど…。
それでも伝えられないより、伝えられた方が数倍いい。
優しい皆はきっとそれを見越して今だと言ってくれているのだろう。流石だ。
僕は深呼吸をし、勇気を出してカミュの前に立つ。
するとカミュはとても驚いたような表情を見せた。
言う前に答えが出たようなもんだ。どうしようもう泣きそうなんだけど…。
けれど僕も男だ。ここまで来たならやりきって見せる。
自分に喝を入れて気持ちを奮い立たせた。
「あ、あの…か、カミュ…、そ、その…ぼ、僕と…」
は、恥ずかしい!!!!!恥ずかしすぎる!!
声も裏返ってるし、何より小さいし!
これはあくまでリハーサル、練習なんだからしっかりしなよ僕!!
カミュが好きだって言えばいいんだって!
…あれ、でもこれってそもそも花嫁を選ぶんだよね…?
そういう時はなんて言えばいいの…?
ああもうどうすればいいのかわからなくなってきた…!!!
きっと情けないほどに僕は赤くなってるはずだ。体全身が熱すぎる。
完全に頭がパンクしてしまってメダパニを受けた時みたいに何がなんだかわからなくなってきた。
もうギブアップだ、助けてくれと藁をもすがるつもりで、カミュを見ると真っ赤な顔で固まっていた。
ついに人の顔まで赤く見えてしまうほど頭が混乱しているらしい。
これはマズイ。だれかキアラルか天使のすずを…いや、ツッコミでもなんでもいいから僕を叩いて!
助けを求めてシルビア達を見ると皆頑張れと目で訴えてくる。
無理無理無理!!だってもう既に答えが出てる!この驚いてるカミュを見て!
そんな僕の必死な訴えも伝わっていないようで、ロウおじいちゃんなんて微笑ましいものを見てるように穏やかな笑みを浮かべてる。なんで!?
うう…こうなったらカミュにこの場を託そう。
早速丸投げ状態で申し訳ないんだけど、きっとカミュなら何とかしてくれる。
当初の目的はそっちのけで懇願するように、カミュに目で訴えてみる。
するとカミュは目を見開き、口に手を当て再び固まってしまった。
…?どうしたんだろう…?
しんと静まり返った空間に、徐々に混乱が解けてきた僕は未だ目の前で固まって動かなくなったカミュに首を傾げる。
もしかして具合でも悪い…?
朝からいつもと様子が違っていたこと考えると具合が悪いのであれば今の状況は合致する。
途端心配になってきた。
「カミュ…?」
カミュの顔を覗き込むと、それまで固まっていたカミュはバッと身を引く。
あまりの機敏さに驚きつつ、ちょっとだけショックを受ける。
いきなり顔を近づけた僕も悪いんだけども…。
しょぼんと肩を落としていると、カミュは目を彷徨させながら恐る恐るといった様子でようやく口を開いた。
「お、おいイレブン。まさかお前……この俺を花嫁として選ぶつもりなのかよ」
そこでハッと我に返る。そうだった。今はリハーサル中だった。
「う、うん」
さっきのパニックが嘘のように、自然にこくこくと頷いていた。
それをどう思ったのか、カミュは左手で顔を覆い俯き、再び押し黙ってしまった。
その隙間から見える頬や耳が赤いような気もしたが、僕はカミュの答えが気になって仕方ない。
妙な緊張感がその場に立ち込めていて、皆固唾を飲んで僕たちの成り行きを見守っていた。
「たしかにお前とは気も合って今まで楽しくやってきたけど……。ホントに俺でいいのか?」
恐る恐る問いかけるカミュに珍しいなぁと思いつつ、気も合って楽しくやってきたなんて言われて僕は舞い上がりそうになるくらいとっても嬉しくて、また顔が熱くなるのを感じる。
浮かれてしまった僕は言葉が上手く出てこなくて何度も頷くと、カミュの顔が更に赤くなっていく。やっぱりまだ僕は混乱中なのかもしれない。
混乱を解くために道具袋に手を伸ばそうとしていた時、カミュにその手を取られた。
突然の事に何度か瞬きして、手の方からカミュの方へを見ると、カミュは何かを決心したような表情を見せ、口を開いた。
「……わかったぜイレブン!俺もお前とはただならぬ運命を感じてこうして一緒に旅をしているんだ。お前とならこれから先も人生楽しくやっていけそうだしな!よろしく頼むぜ相棒!」
少し早口ではあったけど、まさかの返事に僕の頭は一瞬真っ白になった。
そして何度も何度も同じ言葉が頭の中で繰り返される。
嬉しすぎて完全に頭がパンクしてしまった僕は固まってしまって言葉も出なければ頷くことも出来ない。
ただ、どんどん心臓の音が耳に響き、熱が上がってくる。
シンと静まり返ってしまったこの場で、僕は何か返答をしなければと口を開けたけれど、“あ”とか“う”とかしか言葉が出てこない。
ありがとうとか、うれしいとか頭では浮かぶのに…!
上手く動かない頭と体に焦っていると、ぽんぽんと頭を撫でられる。
見れば、顔の赤いカミュが少し強張ったような笑みを浮かべていた。
「……なーんてな。リハーサルってのはこんな感じでいいんじゃないか。なかなか迫真の演技だっただろ?……でもさっき言ったことは本当だ。お前とは楽しくやっていきたいと思ってる。ってわけだからよろしくな相棒!」
…そう、だよね、演技…だよね。うん。
だって、あくまでルドマンさんのリハーサルだ。当たり前だ。わかってた結果だ。
だけど、覚悟していたよりも胸にぐさりと突き刺さる。
ああもう本当に自分が情けない。何を期待してしまっていたのか。
涙が出そうになるのをぐっとこらえて無理やり笑顔を作る。
「…うん、よろしくね、カミュ」
なんとか返事をすることができた。
これでよかったんだ。