時をこえた願いを(前編)
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<Sideカミュ>
イレブンの様子がおかしいと思った。
いや、正確には“今日は特に”だ。
あいつがラムダで忽然と姿を消したあの後から何処かおかしいと思っていたから。
ぽやぽやおっとりとした雰囲気とか、お人好し過ぎるところとか、純粋で素直なところとか、人に勇気をくれる綺麗で優しい光を持つ瞳とか、どこをとっても俺の唯一無二の相棒で、俺が長い間密かに想いを寄せているイレブンだ。
…そのはずなのだが、あのラムダの時から…異様な空気を纏う禍々しい剣を手にしていた頃から何処かがおかしい。
あの時を境に時折見せるとても強い意志を持った目や何かを悟りきったような表情。
以前とは何かが違う、なんとも言えない違和感を感じていた。
ただ、ウルノーガを倒した直後に現れた邪神の存在とそれに共鳴したかのように凶暴化した魔物達により各地で起こる異変の対応に追われ、追及できずにいた。
その中、今日ここデルカダール城の中庭で不思議な光景を見てからのイレブンはいつもと様子が違っていた。
ただそれは些細過ぎる変化だったのか、そう感じたのはどうやら俺だけだったようだ。
まぁ今日起きたことは誰もが目を疑うことばっかりだったから、少しくらいのことであればあってないようなもんだと片付けられる。
俺自身もじゃあどこがいつもと違うのかといわれるとはっきりと言いづらいが、何かを無理やり諦めようと、何かを必死に抑え込んでいるように見えた。
それに妙な焦りを感じ、未だに胸がもやもやとする。
そのせいかいつものキャンプではなく、久々にしかも城の貴賓室というこれ以上にない寝床にいるのにも関わらず、眠りにつくことができない。
静まり返った部屋で眠るのを待つように目を閉じていたのだが、隣から布の擦れる音が聞こえると小さな足音がし、それは扉の奥へと消えていった。
ちらりと横を見れば、案の定眠りについていたはずのイレブンがいない。
体を起こし、ベッドを出る。
寝付けずに夜風を浴びに行っただけかもしれない、それでも“このまま放っておいてはいけない”という衝動にかられ、居ても立っても居られずイレブンの後を追った。
ふらふらと城内を歩くイレブンに気づかれないようにするのは簡単だ。
あいつは良くも悪くも警戒心がない。
剣を持った時の勇ましさはどこに行ったのかと不思議に思うほど無い。
以前シルビアが人の美しさは内面から的なことを言ってたが、正にイレブンがそうなんだろう。基本的におっとりぽやっとしていてあの容姿。
女だろうが男だろうが、手を伸ばしたくなる歩く宝石みたいな奴だ。
何度怪しい奴に狙われたことか。
まぁその度に俺や他の仲間達が締め上げた甲斐もあって大したことにはならなかったが。いい加減に自分が狙われやすい対象であることを学んでほしいところだが、注意しても理解できないのか頭にハテナを飛ばしながら曖昧な返事しか返ってこない。
だからもう俺は諦めて極力あいつ一人きりで出歩かないように同行するようにしたし、その後を追ったりしたこともあった。
今もさほど離れていなくても気づく様子はない。
…もっとも、今のあいつは心ここにあらずといった状態だが。
…何か悩みがあるなら俺を頼ればいいのに
なんて考えていることがバレたら、ベロニカあたりからみみっちいと非難を浴びそうだ。
けど仕方ないじゃねぇか、あいつの一番の相談相手で理解者は俺だと思うし、そうあってほしいから。
暫くして、イレブンはバルコニーへと出ていった。流石にこれ以上追うのはバレるだろうと、ドア近くで待機する。
壁に背を預け、目を閉じていると、声を押し殺し、鼻を啜る小さい声が聞こえてくる。
それに反応するように顔を向けると、イレブンは手すりに乗せた腕に顔を埋め、小さく震えて泣いていた。
その姿はとても痛々しくて、今にも壊れてしまいそうで。
すぐにでも駆け寄って、その震える体を抱きしめてやりたい。
体が自然と動き一歩前に出ようとした、その時だった。
「…キミに…会いたい…」
普通の人間なら聞き落してしまうくらい、とても小さい声で呟かれたそれ。
かつて盗賊だった身にとっては聞き取ることは造作もないことだった。
どろりとした黒いものが自分の中に広がるのを感じる。
自分にとってとても大切で大事にしたいと思っている奴が、誰かを想って泣いているのだ。
“世界を救う勇者”として、とてつもない重い使命と重圧を背負いながらも、その縛りに負けない強さを持っているイレブンが、必死に声を押し殺しながら辛そうに泣いている。
そのことに強い悲しみと焦燥と激しい怒りがこみ上げてくる。
一体誰だ
イレブンを悲しませる奴は
ぶつける先のない激しい嫉妬に握りしめる拳が震えた。
が、次に聞こえた言葉にそれらはすべてかき消された。
「…会いたいよ…カミュ…」
続く