このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

時をこえた願いを(前編)








過ぎ去りし時をさかのぼってきた僕は目を覚ますと聖地ラムダにいた。
本当にあの時の前に戻ってこれたのか不安に思ったが、空に浮かぶ命の大樹の姿、そして助けたかった大切な仲間…ベロニカの姿を見て僕は泣きそうになってしまった。
程なくして、他の仲間たちとも合流することができた。
皆が所持する持ち物も覚えている技や魔法もあの時の状態。
ああ、過去に戻ってこれたのだと安堵した。
そんな中、僕の持つ魔王の剣に誰よりも早く反応したカミュに僕は少しだけ動揺してしまった。
ただ僕は元々あまり感情が表面に現れにくいらしく、幸いにも気づかれることはなかった。
僕はこれから起こること、ウルノーガの正体を頭の中で整理しながら命の大樹へと向かった。






ホメロスの奇襲をなんとか防ぎ、勇者の剣を手にした。
あの時、勇者の力を奪われ手にすることが出来なかった伝説の勇者ローシュ様の剣。
泣いたりすることはなかったが、本当にうれしかった。
だが、その後はいろんなことが起こった。
デルカダール王に取り付いていたウルノーガに再び勇者の剣を奪われそうになったが、なんとか免れ、ウルノーガを討つことができたが、その直後突然復活した邪神ニズゼルファ。
邪神が復活したことにより現れた黒い太陽の影響から各地で魔物達が凶暴化。
各地で起こっている問題を解決することや邪神討伐するための情報集め、そして力をつけるため試練への挑戦など、目まぐるしいことが続いた。

その中、黄金になってしまっていたマヤちゃんを傷つけることなく救い出せたのは幸いだった。
無事再会できた兄妹の姿にほっと胸を撫でおろす。
だが、黄金の呪いから解放されたマヤちゃんが呟いた一言に僕はまたも動揺してしまった。
彼女が夢の中でみたという内容は、あの未来で起きた内容と同じだったからだ。
ここは過去で知りえない出来事のはずだ。
これを偶然だと片付けてしまっていいのだろうか。

何とも言えない疑念としこり。
以前なら何かあればいつも隣にいたカミュに相談していた。
けれど、今のカミュには到底相談なんてできなかった。
相談する相手もいない状況と隠し事をしている罪悪感、目の前の不安に胸が痛むのを感じるが、これは自分が決めたことだと自分に喝を入れる。
ただ、混沌とするロトゼタシアを巡っていく中、この疑念は消えることなくどんどん大きく深くなっていく。
本来であれば僕を知らない人から“前に会ったことがある気がする”とか“懐かしい感じがする” とか口々に言われる。
仲間達からも前にも同じ光景を見たことがあるような…と首を捻る姿が見られる。
なぜ。一体何が起きているのだろうか。
この世界はあの世界の過去ではないのだろうか。
もしかして、僕が時のオーブを壊して過去に戻ったことによって世界の時間にゆがみが起きてしまったのか。
そんなはずはないと何度も自分の心に言い聞かせた。言い聞かせ続けた。

けれど、それはあることをきっかけにその期待は打ち砕かれた。

今日、デルカダール城で起こったこと。
デルカダール城の中にある中庭で黒い影が現れるという話を聞き、黒い太陽による影響かと僕達は調査を行うことにした。
中庭に行くと話の通り黒い影があり息を飲んだが、それはどこか悲しげで、怖いという気持ちが芽生えることはなかった。
近くには温かな光を帯びた大樹の根があり、もしかしてこの影のことについて知っているのではないだろうかと、いつものように幹に左手を翳した。
そこで見えた光景に、僕は言葉を失った。
廃墟と化したデルカダール城で、魔物になったホメロスと対峙するグレイグの姿が見えたのだ。
それは紛れものなく、実際に起こった、あの未来の出来事だった。
大樹の根は勇者の力を通して“過去で起こったこと”を覚えていて見せてくれる。
“僕”にとっての過去であって、この世界の過去ではないことが、はっきりと“過去の出来事”として映し出されている。
この出来事は僕に僕のせいで時間のあるべき形が崩れてしまったのだということを知らしめた。
この事にショックを受けながらも、一つ淡い淡い期待が僕の中に広がっていくの感じた。

もし、もし…この世界があの世界の記憶を持っている状態だということであれば、もしかすると、あの約束が果たされることができるのではないだろうか。

『俺は必ずお前を迎えに行く』

鮮明に思い出すカミュの言葉。

……そんな都合よくなんて行くわけがない。

もう特別な力を感じなくなった命の大樹の根を前に、人知れず小さく息をつき、首を振る。
貪欲な自分の思考を振り払うように。
僕達に何かを伝えようとしている黒い影を追い、バルコニーに到着すると、またも“僕の過去”が脳裏に映る。
僕はなんとか気づかれないようにグッと手を握って耐えた。
その後、ホメロスとグレイグはお互いの気持ちを明かし、二人の中にあったわだかまりは解け、仲直りすることができた。
その姿を見て、本当に良かったと安堵した。
和解するには遅すぎたあの世界の二人を知っていたこともあるかもしれないが。

ただ、僕は目の前の出来事と自分の事で精一杯だったから、その時は気づかなかったんだ。
皆が安堵の顔を浮かべている中、一人真剣な面持ちで僕を見ていたことは。











その日。
いろいろあったこともあり、今日くらいはゆっくり休めとデルカダール王の計らいで、一晩デルカダール城に泊めてもらうことになった。
貴族などの大切な客人が使う貴賓室が用意され、皆久々に肩の荷を下ろしゆっくりと骨休めをすることになった。
美味しい食事を堪能したその夜、僕は寝付くことが出来なかった。
いつもなら誰より早く寝て遅く起きるほど眠れるのに。
けれど理由は、考えなくてもわかった。

…少し夜風でも浴びてこよう。

ちらりと隣のベッドを見ると眠りについているカミュがいた。
彼は音と気配に敏感だ。せっかく眠っているのに起こすわけにはいかない。
なるべく静かに気配を消すように努め、そっとベッドから抜け出し、部屋を出た。

どこに行こうかと考えながらうろうろとしているとバルコニーにまで足を運んでいた。
バルコニーに出ると、空には星空と黒い太陽の姿。
夜空だというのに、禍々しいそれははっきりと浮かんでいて、僕は手をぎゅっと握りしめた。

勇者は邪神を倒すために生まれた。
必ずその使命を果たしてみせる。
そう…思うのだが、ローシュ様達でさえ倒せず、空高くへと封印することしかできなかった相手だ。
同時に不安も一緒について回ってくる。僕達に…僕にできるだろうか。

勇者とは最後まで決して諦めない者。

命がけで僕を助けてくれたムウレアの女王セレンから教えてもらった言葉が胸に突き刺さる。

最後まで、決して諦めない…。

僕はその意味を噛みしめながら、バルコニーの手すりに腕を置いた。
夜空を見上げながら、今日の出来事を思い出してしまう。
ゴソゴソと懐の中に大切にしまい込んでいるカミュのピアスを手に取り、ぼんやりと眺める。

キミは今頃何をしているんだろう
元気にしてるかな
マヤちゃんと一緒に旅してるのかな
それとも他の誰かがキミの隣にいるのかな
幸せだと、いいな

きゅうぅっと胸の奥が締め付けられる鈍い痛みを感じる。
目を伏せ痛みに耐えているとぽたりぽたりと地面に水の跡を残す。
誰かが来てもおかしくない場所だと分かっていても、それは溢れ出てきて止められなかった。
滲む視界に背けるように自分の腕に顔を埋める。

初めて村の外にでて、悪魔の子と追われ、なんとか振り切った先にあったのは大好きな故郷の変わり果てた姿。
それを目の当たりにしたその日の夜、目の前の現実に押しつぶされそうになっていた僕にキミは何も言わず、ただ傍にいて、優しい手で頭を撫で続けてくれた。
その後も沢山の辛いことがあった。
世界が崩壊して、沢山の悲しみを目の当たりにして、挫けそうになったこともあった。
ベロニカが僕達を助けるために命を犠牲にしたことを知って、胸が押しつぶされそうになったこともあった。
その度にキミは傍にいて僕の背中を押してくれた。
その手にどれだけ支えられたのか。
前を向いて進む力をくれたのか。
こんな時にばかり思い出してしまう。

「…っ」

今のカミュも贖罪を果たした今でも一緒にいてくれていて、僕を支えてくれている。
その事に感謝しかない。一緒にいて、とても安心する。
やっぱり、僕はカミュが好きなんだなぁって思う。
…けれど、あの日々を共にした思い出もあの時も僕にだけあって“ここ”には存在しない。
その当たり前が、今の僕には…とてもつらい。

こんなにも傍にいるのに…

…寂しい
…寂しいよ

自分で選んだ道なのに
自分でキミとの別れを選んだのに

今はどうしようもなく…

「…キミに…会いたい…」

口にしたと同時にぼろぼろと決壊したように止めどもなく涙が溢れてくる。

仕方ねえ勇者さまだなって、やれやれって笑いながら、いつもみたいにその温かい手で頭を撫でてほしい。
傍にいてほしい。

もう二度と戻れないと分かっていても。

「…会いたいよ…カミュ…」

決して叶うことのない願いに耐えるように、手の中にある宝物をぎゅっと握りしめた。










3/4ページ
スキ