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天然と甘くて甘い誘惑




「ユーリの野郎のすかした顔をつぶしてやりたい」

その場にいたロニ、チェスター、ジーニアスは談笑をやめ、肘をつき不機嫌全開のゼロスへ視線を向ける。
ここはバンエルティア号にあるゼロスやロイド達が使っている部屋で、皆備え付けの椅子に腰かけ束の間の休息を取っていたのだが。

「いきなり何言い出すんだお前は…」

呆れた様子のロニに、ゼロスはぐわっと目を見開き、聞いてくれと言わんばかりに鬱憤をぶちまける。

「昨日クエスト先ですんごい可愛い女の子がいたから話しかけたんだけど、その子見た目だけじゃなくて話した感じもちょー可愛くて、思わずときめいちゃうくらい素敵な子だったのよ!お茶にも誘って、良い雰囲気だったわけ!!…なのに、そんな盛り上がってる中、あの野郎が「さっさと帰んぞ」ってわざわざ言いに来てからよ…その子あいつのことがすっごい気になっちゃって、結局その後はあいつの事の質問攻めよ!!俺様を差し置いて!!」

ゼロスは身振り手振り話した内容に、一同あー…となる。
凄い容易に目に浮かぶ光景だ。

「ゼロスとユーリとじゃあ仕方ないんじゃない?」
「はぁ?!それどういう意味だよ!!」
「そのまんまだよ。…まぁ、ユーリにとっちゃあ面倒なだけなんじゃないか?」

諦めろと言わんばかりのジーニアスの言葉に、ゼロスが目くじらを立てていると、落ち着けとチェスターが制する。
ユーリは見た目や持っている独特の雰囲気からか女子にとても人気があり、クエストなどの外出先で逆ナンに合っている姿をたびたび目撃されるほどだ。
ただ、当の本人はそういったものに興味はないようでそのたびに適当にあしらっているらしい。
その事実は勿論ゼロスも知っていて、それがなんとも言えず腹立たしい。

「く〜〜!!!腹立つ!!」

怒りが収まりきらないゼロスに、面倒くさいと3人は溜息をつく。
男の嫉妬は女の嫉妬と同じかそれ以上に醜かったりもする。
内容はしょうもないが、ゼロスのユーリへのライバル視は今に始まったことではなく、塵が積もって積もっての爆発に近い。
こうなったら、ユーリには悪いが付き合ってもらうほかない。

「うーん、それならユーリの弱点を突けばいいんじゃない?誰だって弱点ってあるでしょ。ユーリの場合分かりやすいけどね」

ジーニアスからの提案に、あー…と再び皆が納得する。
一つ屋根の下、共同生活を送っていれば誰だって気づく。
ユーリの眼中にあるのはたった1人だということも、その1人への執着の深さも。

そこでふとゼロスは思い立つ。
それならば、その1人と距離を縮めて仲良くしているところと見せつければ、ユーリの透かし顔をどうにかできるのではないだろうか。
というかこれくらいしか思い当たらない。
そうとなれば善は急げだと立ち上がったゼロスの顔には笑みが浮かんでいた。




****





さてさて、どこにいるのか。
ゼロスはバンエルティア号内を歩き、お目当ての人物を探す。
チャットに確認した話だとクエストには出ていないらしく、船内にいるはずだということ。
となれば、いる可能性が高いのは自室か。
そう思い、グランマニエの面々が使用している部屋の方へと足を向けた。

もう少しで到着する、そんなところでふと前方にある扉がかちゃりと開かれた。
そこから現れたのは人目を惹く鮮やかな赤。
ゼロスは思わず笑みを深める。

「ハニー!」

ゼロスの視線の先にいる赤…ルークは呼びかけに気づき声の方を見る。
ゼロスの存在を認識したルークは綺麗な翡翠色の瞳をパチパチと瞬かせ、周囲をキョロキョロと見渡す。
そして今自分以外がこの場にいないことを確認すると、複雑そうな顔を見せ、あのさと口を開く。

「ゼロス、その呼び方なんとかなんねぇ?俺男なんだけど…」
「ハニーはハニーなんだからハニーでいいのよ。」
「いや、意味わかんねぇし…。普通に名前で呼べって」
「じゃあルーク様って呼べばいい?」

そう返せば、ルークは眉を寄せる。これは想定の範囲内だ。

「様はいらねぇっていつも言ってるじゃん。」
「じゃあハニーで」

どちらかしか呼ばないという意思を見せれば、ルークはムムッと顔を顰めたが、すぐに仕方ないと肩を竦めた。
ルークは王族なのに様付けで呼ばれるのがあまり好きではないらしい。
本人曰くそんな風に呼ばれるほどの人間ではないのだそうだ。
肩書きも置かれている地位も十分すぎるほどなのだが、それを言っても首を縦に振らない頑固さで。
そんな謙虚で王族らしくないところがあの貴族嫌いを落とした一つの要因かもしれない。

「で、どうしたんだ?何か用か?」

ルークに問われ、おおっとそうだったと本題を思い出す。

「実はすっごい美味しいチョコレートあるんだけど、ハニーもどう?」

ルークの好き嫌いの多さはギルド内でも有名だが、お菓子に関しては基本的になんでも食べるらしい。
以前クエストでガイとある街に行った時にルークへのお土産と言って結構な量のお菓子を買い込んでいるのを見た。
その中にはチョコレートも多く含まれていることはチェック済み。
きっと好きなんだろうと思って提案すると、案の定ルークの顔がパッと明るくなる。

「!食べる!あ、でもこれ届けねえといけねえんだ」

そう呟きながら手元にある書類の束を見る。
数センチもある分厚さで、しかも高級な紙を使用したもの。
国の親善大使は外交だけではなく、表立ちしない地味な事務仕事も大切な仕事だ。
それを理解しているルークは度々部屋に篭って勤しんでいた。
今日も仕事をしていたのだろう。
遊びたい盛りに大変だなと思いつつ、ゼロスはそれならと続ける。

「届け終わってからならどうよ?ゆっくりお茶しながら」

どうせジェイドの所に持って行くだけだろうと思って提案すると、ルークはきょとんとした顔を見せたが、すぐに笑顔を見せ大きく頷いた。
ルークの後をついて行くと想像通りジェイドのいる部屋に入り、何か読み物をしていたジェイドへ書類を手渡す。

「はい、これ終わったぞ」
「お疲れ様です。…おや、今日は珍しい人を連れていますね」

書類を受け取りつつ目敏くゼロスに視線を送ると、ルークは笑顔を見せる。

「すっげー美味いチョコレートがあるらしくてさ、これから一緒に食うんだ」

嬉しそうな笑顔を前に、ジェイドは何度か目を瞬かせるとはぁっと小さく溜息をつく。

「…またですか」
「ん?どうしたんだ?」
「いえ……。ルーク、くれぐれも“ほどほど”にお願いしますよ」
「わかってるよ、ちゃんと夕飯食えるくらいにするし。」

珍しく真面目な顔で釘を刺すジェイドに対して、ルークは少しムッとしながら返す。
食べすぎないようにと注意扱いされたと思っての反応だったが、ジェイドは肩を竦めやれやれといった表情を浮かべる。

「そういうことではないんですが…。…まぁいいです。食べることは構いませんが、必ず食堂で食べてください。個室はダメですよ」
「はいはい」

ジェイドの注意を促す言葉に、ルークは適当に返答する。
その様子に今度こそ深い溜息をついたジェイドは、ゼロスの方に視線を移す。

「…まぁ、あなたなら大丈夫だと思いたいところですが…くれぐれも気をつけてください。」

あまりに意味深すぎる言葉を向けられたゼロスはいきなり何と口から出掛けたが、普段の調子から程遠いジェイドの様子に、はあと生返事を返した。






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