第26話
二人は直ぐにルークとガイの部屋に向かった。
そして到着するなり、ルーは逸る気持ちを必死に抑えながら、その扉をノックする。
だが、ここで二人は違和感に気付く。
早朝とはいえ、そこまで早い時間帯ではない。
普段であれば、ある程度すると人の良い笑顔ですぐにガイが姿を見せるのだが、いくらたっても全く反応が返ってこない。
不審に思ったユーリはそのドアノブに手をかけ、押してみるとすんなり開く。
「…ルーク?ガイ?」
ルーは部屋に入り、恐る恐る声を掛けるが何の返答もない。
ルーとユーリは目を合わせるなり、中に足を進める。
部屋の中心にきて周囲を見渡しても人の気配はなかった。
「いない…」
「…それだけじゃない、これは…」
“綺麗に整理整頓された部屋”…そう言われれば聞こえはいいが、ユーリからしたら“綺麗に片付けられてしまった部屋“にしか見えなかった。
ルーは感じていた妙な衝動に現実味を帯びてきて、焦った様子で部屋中を見る。
だが、そこまで広くもないこの部屋の見る場所など、たかが知れていて。
私物の一つもない、初めから空き部屋だったのではと思わざる負えないその状態に、ユーリとルークは顔を見合わせるなり、すぐに近くにあるアッシュの部屋へ向かう。
アッシュの部屋をノックすると、すぐに中から反応があり、扉が開く。
「なんだ、朝っぱらか…」
「アッシュ!ルーク達は!?」
アッシュの顔を見た途端にルーは必死の形相で詰め寄る。
それに対してアッシュは驚きつつもすぐに眉間に皺を作る。
「あ?あいつなら自分の部屋に…」
「いなかった。お坊ちゃんもガイも…もぬけの殻だ」
「何…?」
ユーリの話にアッシュは怪訝な顔を見せ、すぐにルークの部屋に向かう。
アッシュはノックもせずバンと扉を開け、周囲を見渡すと益々眉間の皺を深くする。
「アッシュ…これって…」
「…あいつなら知ってるはずだ」
アッシュはそうぽつりと呟くなり、すぐにすたすたとその場から離れる。
ルーとユーリもアッシュの後を追った。
アッシュが向かったのは昨日ティア達がコサージュを作っていた場所。
そこにいたのは、何やら書き物をしているジェイドだった。
ジェイドはちらりと時計を見るなり、アッシュ達の方に目を向ける。
「おや、お揃いで。どうされました?」
「おい、あの馬鹿はどこに行った」
ドスの聞いた声で睨みつけるように問うアッシュに対して、ジェイドは特段顔色を変えずああと呟く。
「ルークならガイと一緒に出掛けましたよ。」
「ど、どこに行ったんだ!?俺、ルークに…」
「“こんな時に”か?」
ルーの言葉を遮るようにアッシュはジェイドを睨みながら問う。
「ええ、すぐに帰ってきますよ。」
「ならなぜあいつらの部屋が片付いている。あいつが使っている日記帳も頭痛薬のストックも全てなくなっていた。あれだけ普段から荷物を持ちたがらないあいつが、すぐに帰ってくるのにも関わらず全部持って行ったと?」
鋭さを強めたアッシュのその目は真剣で、ユーリはそれを見るなり、ジェイドの方に視線を移す。
ルーもアッシュとユーリの雰囲気が変わったことに気付き、不安げな目でジェイドを見る。
3人からの視線を受けたジェイドは、3人の顔をしっかり見た上で、小さくため息をつく。
「一人ならまだしも…やはりあなた方相手は難しいですね」
「早く本当のことを言え!あいつはどこに行ったんだ」
「…ルークは、ライマに戻りました」
「!」
ルーはその回答に驚く。そんなことルークから一言も聞いていなかったからだ。
だが。
「!まさかてめぇっ、知ってて止めなかったのか!?」
ルー以上に即座に反応したはアッシュの方で、目を大きく見開くなりすぐにジェイドの襟首をつかみ強く睨みつける。
突然のアッシュの行動にルーとユーリは目を瞠る。
だが、アッシュの顔は鬼気迫るものがあり、それを見たルーはアッシュとジェイドを交互に見る。
「…アッシュ…?ジェイド…?」
一体何が…と困惑気味ルーが問いかけるが、アッシュはジェイドから視線を外そうとしない。
その状態にジェイドは目を閉じ息をつく。
「…元々私たち、ライマの人間がここに来た理由をご存知ですか?」
「えっと…ルーク達の国でクーデターがあったから…だよな。」
ライマの国で起きたクーデター。
それはこのギルドのメンバーなら知っている事実で、それも今は落ち着いているという認識だった。
「はい。そのクーデターは沈静化しました。一時的に、ですが」
「そりゃどういうことだ」
ジェイドの口から出た最後の単語にユーリが訝し気に問う。
すると、ジェイドは淡々とした様子で口を開く。
「またくすぶり始めているんですよ。…以前よりも強い力によって」
「っ!?」
思わぬ話に、ルーは驚きの声を上げる。
ルーだってクーデターの意味くらい知っている。
クーデターは軍事組織がその国の政権を奪うこと、それには非合法的な武力行使によってだ。
そして、クーデターの標的になるのは王族の人間に他ならないことも。
でも…。
「でも、だって…今度誕生日会あるって…」
「…これは俺とあいつ、あとごく一部の人間しか知らねぇ話だ。ナタリア達には知らされていない」
「!」
アッシュの話にルーはバッとジェイドを見ると、観念したように話し始めた。
「クーデターは一気にねじ伏せる程の勢いで攻め込んだ方が成功する、それは過去の事例を見てもそうです。そしてその場に相応しいのが、王族や他国の要人が集まる社交界。恐らくルーク達の誕生日会に大規模なクーデターが起こる可能性が高いと私たちは踏んでいます。ルークは、それを阻止するために国に戻りました。」
「阻止するって…」
「囮ですよ」
「おと、り?」
「そうです。クーデターの標的になるのは王族、そしてルークは現時点で次の王になる可能性が一番高い人間。恰好の獲物なんですよ。そのルークが国に戻ってくる、そんなおいしいものを首謀者達が放っておくはずがありません。その僅かに出来た相手の隙を狙うんです。」
「!でも、それはっ」
「…もしかしたら殺されるかもしれない、それは百も承知の上でルークは帰ったんです」
「!!!」
淡々と声色も変えないジェイドに、アッシュは奥歯を強く噛む。
ショックを受けたルーは、昨日のルークを思い出す。
昼間はいつもと変わらない様子を見せていた、けれどあの別れ際は違っていた。
もしかしてそれは、“もう会えないかもしれない”とルークは思ってのことだったのか。
「なんで…」
「国を守るためです。…社交界を行うことは国としてのメンツにも関わります。それを行うには、その前にクーデターの中心人物を排除する必要があります。」
「社交界を行うため…?そんなことのために!?」
「残念ながら私達ライマは小国です。ある程度見てくれは維持する必要があります。そうでなければ、力を持たない国として他国から狙われる可能性があります。」
「でもっ!!」
そんなのおかしいと食い下がろうとしたルーの前に、それまで静かに聞いていたユーリが口を開く。
「あいつが決めたのか」
「はい」
「…止めなかったのか」
静かに、だが怒気の含まれたユーリの言葉に、ジェイドは臆することなく口を開く。
「勿論止めました。あまりにも危険な行為です。ですが、その危険性を知った上で選んだ、あの子の意志です。そしてアッシュ、あなたに隠し言わなかったのもあの子の意志です。」
「何…?」
「保険をかけたんですよ。…もし自分に何かあったとき、次の王を生き残すために」
「!!っふざけるなっ!!」
「ふざけてなどいない。」
激高したアッシュが怒鳴りつけると、背後から否定する言葉が聞こえ、バッとそちらの方を見ると、そこにいたのはヴァンだった。