第21話
「ルー」
ユーリの呼びかけビクリと震える。
そしてこれから来るであろう大好きな人からの拒絶の言葉に身構えるようにぎゅっと手を握りしめ目を瞑った。
だが、次にきたものは言葉ではなく自分の体を包み込む温もり。
恐る恐る目を開くとルーはユーリに抱きしめられていた。
「ユーリ…?」
「お前…それ殺し文句だろ」
「え?」
顔を赤くさせているユーリがぼそりと呟く。
ルーのそれは正しく恋情で、しかもそれか自分へのものだとなれば破壊力は凄まじく、嬉しくない訳が無い。
だが、ルーは意味が分からず、この状況に困惑しているように見えた。
ルーの言動、様子、そしてルーのこれまで歩んできた過去。
ユーリはもしやと思い立つ。
「…ルー、お前は誤解してるんじゃないか?」
「誤解…?」
「お前が何かを思うことも、求めることもおかしいことじゃない。それが正しいんだ。」
「…正、しい…?」
呆然と、だが困惑気味にぽつりと呟くルーに、ユーリはああやはりと合点がいく。
ルーが必死に抑えつけているのは”欲求”という感情。
それはどんな人も自然と抱く本能でそれを抑え付けるのは容易なことではない。
早くその蝕みを取り除かなければ。
抱きしめていた腕の力を解き、ルーの目をしっかりと見つめ、優しく語りかけるように話し始める。
「そうだ。お前が抑え込もうとしているもの、それは皆が持っていて、勿論お前にもある。それは“当たり前”なんだ。」
「当たり前…」
「ああ、だからそれを抑え込もうとするな。」
「でも、俺は…レプリカ…」
「レプリカだろうがなんだろうが関係ねえよ。心があれば自然と生まれる立派な“感情”だ。それを持つことも見せることも悪いことでもなんでもねえ。」
はっきりと言い切るユーリに、ルーは今度こそ固まる。
ユーリの言葉はルーの考えとは逆行するものだったからだ。
その様子を見て、ルーの心境が手に取るようにわかったユーリは、どうすればここまで自然に自分というものを卑下することができるだろうかと悲しくも思ったが、それ以上に愛おしいと思った。
「俺はお前に求められたらすげー嬉しい。」
「!う、嬉しいのか?」
「そりゃあな。先に言っとくが、これが普通だからな。」
「…そ、うなのか…?」
首を傾げながら困惑気味なルーに、ユーリはしっかりと頷く。
そしてどこまでも素直で健気すぎるルーにちゃんと言っておかねばならないことがあった。
「お前はちゃんとわがままくらい言え。」
「!?わ、わがままを…?」
「ああ。小さいことでも、でかいことでも、なんでもいい」
ユーリが頷き肯定すると、ルーは酷く困惑した様子を見せる。
「で、でも…、…それは…。」
「どうした?」
「…俺は…わがままなんて言っちゃいけないから…」
困惑気味にぽつりと呟かれた言葉にユーリはぴくりと反応する。
「…お前、それ誰に言われた」
少しトーンを落とし真剣な面持ちでそう問うと、ルーはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。
「…?誰っていうか…いつも言われてたから…」
「ここの奴らもか?」
「?ううん、ここ最近は…。オールドラントにいた時は普通に…」
だから特定する必要もないと至極当たり前のように話すルーに、ユーリは眉を寄せた。
「…そういうことか…」
「?えっと…」
再び困惑し始めるルーに、ユーリはゆっくりと言い聞かせるように話し始める。
「…なぁルー、俺はお前のわがままくらいどうってことない。もしそれで俺が根を上げるくらいのわがままをお前が言ったとしても、俺はお前から離れたりなんかしない。むしろそこまで言えるようになったら上出来だ。本気でそう思うくらい、俺はお前にわがまま言って欲しいんだよ。それに大抵のことなら叶えてやれる自信があるからな」
自信満々に言うユーリに、ルーは目を見開き口をポカンと開ける。
先程から紡がれるユーリの言葉が、想定外の連続で頭がついていかない。
けれど、ユーリの表情はとても優しくて、その目は真っ直ぐで。
嘘じゃない、本当にそうなのだと言っているのがわかった。
それに気づくと、ルーは自分の中でうずいていた痛みや重みが軽くなっていく。
そして肩の力がすっと抜けたルーは、小さく笑った。
「…ユーリはやっぱり凄いな」
「ん?何がだよ」
「だって、わがまま言って欲しいなんて…普通言えないよ」
「そりゃあお前だからな。」
「へ?」
「他の奴のわがままなんて好き好んで聞かねぇよ。俺はお前が思う程優しくなんかねえ。ここまで俺に言わせるのも、思わせるのもお前だからだ。」
至極当たり前のように言うユーリに、ぽかんとしていたルーだったが、じわじわと顔に熱が集まってくる。
な、なんか、すげー、恥ずかしい…!!
とても嬉しいがその反面こっ恥ずかしく感じたルーは、赤く染まる頬を両手で覆う。
その姿を見て、ユーリはフッと笑みを浮かべる。
「ルー、もう一つ訂正だ」
「え?」
「俺よりも、お前の方が比べる必要もないくらい綺麗だよ」
過去の経験が影響しているのは確実であるが、今みたいに普通じゃ考えられない思考に走ったり、全てを真に受けてしまうのは、それだけじゃない。
だから皆お前が好きで、お前のことを助けたいと思うやつらが沢山集まるんだよ。
「さてと…」
ユーリは流れるような手つきで、ルーをぽふっと優しく押し倒し、その上に覆いかぶさる。
あまりにも自然なそれに全く反応も抵抗することもできなかったルーは、気付けばユーリを見上げる状態になっていて、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「・・・・え?」
「言っただろ、俺はもう我慢なんかしねぇって」
口角を上げ、そう言い捨てたユーリの目は先程のものから一転してぎらぎらしており、ルーはそれを見るなり、だらだらと冷や汗を流す。
ルーとしてはユーリに我慢なんかさせたくない。
そう本心から思うのだが、一方で本能がルーの脳内に警報を鳴らす。
「あ、え、えっと、そ、それは勿論いいんだけど、さ…その、ユーリが我慢してたことって…」
恐る恐る問うと、ユーリはとてもいい笑顔を見せきっぱり言った。
「これからはお前を抱きたい時は遠慮なく抱く。」
「だ・・・、・・・・だっ!!??」
言葉の意味を理解したルーはボンッ!と顔を真っ赤に染める。
それに対してユーリは舌をぺろりと舐め、艶やかな笑みを浮かべ宣言した。
「俺を本気にさせたのはお前だからな。…これから覚悟しとけよ、ルー」
「!!?」