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第21話




フレンとレイブンに遅れて到着したエステル達は部屋に駈け込むが、その騒然とした部屋の奥で体を震わせユーリにしがみ付くルーを目の当たりにし思わず足を止める。
ユーリは抱きしめていた力を少し解き、ルーの顔をのぞき込むと、その顔は真っ青だった。

「ユーリ」
「…ああ」

フレンの呼びかけにユーリは軽く答えると、ルーに自分の羽織を掛け、ルーを横抱きした状態ですくっと立ち上がる。
そしてそのまま大切そうに部屋を出た。



外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていて、まだ降り続けている雨の匂いが立ちめていた。
ふとユーリは下に視線を移すと、ぎゅっとユーリの服を掴んだままのルー。
その表情は俯きがちで見えないが、その手は僅かに震えていて、これは早めにここから離れた方がいいと判断し、足早にその場を後にした。











ユーリは街の宿屋に到着し、すぐさま借りた部屋へと移動する。
部屋に入ると、ベッドへ向かい、その上にゆっくりとルーを降ろす。
雨で濡れてしまっているルーにタオルをと、すっと離れようとしたユーリだったが、未だぎゅっと服を握りしめられている手に引っ張られる。

「ルー、タオルとって…」

来ると言いかけたユーリだったが、ルーの様子がおかしいことに気付く。
ルーは顔を青ざめながらも必死にユーリから離れないようにしがみついているように見えたのだ。
それは先ほどの恐怖というよりは、違う何か別のものに怯えているようで、ユーリは思わず眉を寄せる。

「…ルー、どうした?」

ユーリが優しく問いかけると、ルーはびくりと体を震わせ我に返る。
そして心配そうな表情を浮かべるユーリを見て、止めどもなく溢れてくる“あるもの”にルーは唇を噛み締めて必死に抑え込んだ。

「…ごめ、ん、ごめんなさい…」
「ルー…?」

震える小さい声で突然の謝罪の言葉にユーリは訳が分からず、困惑した表情を浮かべる。
一体どうしたというのか。一体何に謝罪しているのか。
ユーリはルーの目をじっと見つめ、探ろうとする。
すると、その真っ直ぐな目と目が合ったルーは、ああと改めて思う。

やっぱり俺はどうしても…
…でも…

ルーは俯くと消え入るような声で話し始めた。

「…ユーリは綺麗だ、誰よりもまっすぐで、芯があって、優しくて…。でも、俺は…」

傍にいてくれると言ってくれた。けど、自分から傍にいたいなんて言えない。
これから先、ユーリが他の人の傍に行ってしまっても、見送ることしかできない。
ただ信じることしかできない。
それが嫌だなんて、どれだけ欲深いのだろう。

本当に俺は…。

「…本当に汚い…」

ぎゅっと手を握りしめ涙を耐えながらぽつりと呟かれた言葉にユーリはぴくりを反応する。
なぜなのか。
ルーは人に親身になって手を差し出し、そっと寄り添うようにその人を受け止めるのに、その背中を優しく押すことができるのに、なぜ自身に対してだけそこまで突き放そうとするのか。
ルーの中で一体何がそこまでそうさせるのか。


その時ユーリの脳裏にふとある言葉が蘇る。

『追い詰められ、自愛を失ってしまった』
『それが当たり前の様にあの子は己の心を殺してでも全うする』
『私は、あの子が心の底から笑っていられる、そんな環境で世界で自由に生きて欲しい、ただそれだけだ。』

ローレライがアッシュに向かって言っていた言葉。
その言葉の真意を、もしかしたら自分は掴み切れていないのではないか。

暫し沈黙が続いたが、それを裂くようにユーリは口を開く。


「…もうやめた」

ユーリの言葉にルーはびくりとする。

もしかしたら、自分の汚さに気付いて嫌気が差してしまったのだろうか。

やっぱり、俺は…。

ルーは涙を溜めながら震えだした手をそっとユーリから離そうとした。
だが、ルーの予想とは反してユーリはぎゅっと抱きしめる力を強くする。

「我慢するのはやめだ。」

きっぱりと言いきったユーリに、ルーは意味が分からず思わず目を瞬かせる。

「我慢なんて俺の性分じゃねぇ。欲しいものがあるのなら俺は隠さねえ、手を伸ばし求め続ける。…だから」

ユーリは抱きしめていた腕を解くと、今度はルーの両頬に手を当て、ぐいっと引き寄せた。
そしてルーの額に自分の額を合わせ、そのまま目を合わせる。
その目は真っ直ぐと強い意思を持っていた。

「お前の全てを俺に見せろ。」

ユーリからぶつけられた言葉にルーはただ呆然とする。
そんなルーにユーリは構わずしっかりとした口調で紡ぐ。

「俺は“お前”が欲しい。お前が汚いと思い込んでいる部分も全て知りてえ。だから、そうやって自分の中に溜め込まねえで俺に吐き出せ。…ルー、お前は今自分の何を抑えつけてんだ?」

ルーを貫くような真っ直ぐとした目を向けるユーリ。
その目はまるでルー自身をしっかりと捉えているような錯覚を受ける。
嘘などつけない、はぐらかすことなどできない程、追い詰められている印象を受けた。
ただ、それが嫌なモノではなく、あたたかなモノであることもわかる。
ルーは導かれるように自然と口を開こうとした。
だがそれを遮るように、脳裏を微かに掠めた記憶がピクリと体を震わせると、何かに耐えるように目を伏せ、蚊のように小さく震える声でぽつりと呟く。

「…でも…俺がそれを口にしたら…、言ったら、皆離れていくんだ…俺がどうしようもない奴だって気付いて…」

いつもそうだった。
自分の思っていること、求めているものを口にすればするほど、身勝手でどうしようもない奴だって、皆どんどん離れていった。
でも、誰かに知って欲しくて、傍にいてもらいたくて。
その中、唯一それを口にしても、笑顔を向けてくれたのはヴァン師匠で。

けどその結果は…。

自分がレプリカだと知ったとき、納得したんだ。
それらを口にすることを自分は許されないのだと。
黙り込むルーに、ユーリは優しい手つきでその頬を撫で、そのままルーの手の上に添えた。
ルーは弱々しくそろそろと視線を上げる。

「ルー、俺が前に言った言葉、覚えてるか?」
「…?」
「俺はなにがあっても、お前を愛し続ける。…お前が意味もなく自分を抑えつけてるわけじゃないことも、それを解くのが怖いのも、簡単じゃねえのもわかってるつもりだ。けど、俺はそれを理解した上でも、お前が欲しい、お前を知りたいんだ。」

どうしようもなく欲しい。
そう思わせるのはこれまでも、これからも、この綺麗で優しすぎるこの子だけ。
だから、この子の全てを知りたい。苦しみを取り除いてやりたい。

ユーリの思いを受けたルーは僅かにたじろいだが、真剣な眼差しにもうごまかせないと小さな声でぽつりと呟く。


「…俺…は、ユーリの隣にいたい…。誰よりも近くにいたい…、どこにも行かないで…俺だけ、見ていて欲しいんだ…。…けど…そんなこと、言ったら…」

自分なんかが求めてはいけないのに。
求めたらいなくなってしまう、どこかへ行ってしまうのに。
それでも、わかっていても、どうしようもなく欲しくて。
わかっているはずのに、ユーリと一緒に過ごしていけばいくほど、気持ちがどんどん強くなって。
ああ、なんて傲慢で欲深いんだろう。
大罪人のくせに本当にどうしようもない最低な奴だ。
これじゃあ嫌われたって仕方ない。
わかってたはずじゃないか。

ぼろぼろと止めどもなく溢れてくる涙。
ルーはユーリの顔を見ることが出来ず、目を伏せた。

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