第4話
二人は食材を買い足しながらマーケット内をゆっくり練り歩いた。
行く先々で目を輝かせるルーを見て改めて誘って正解だったと思う。
無邪気に楽しんでいるルーを見て穏やかな気持ちでいたユーリだったが、ここでふと漂ってくる甘い香りに体が自然と反応する。
香りのする方向を見るとクレープ屋があった。
そういや今日はまだ甘いもの食べてないなと思い出す。あれほど糖分を欲していたのに。
「ルー、ちょっと休憩しがてらクレープ食べないか?」
「食べる!」
「んじゃ、買ってくるからそこで待っててくれ」
近くにあるベンチを指差すと、ルーはわかったと頷いてそこへ腰掛ける。
ユーリはそれを見届けてから、クレープを買いに向かった。
ルーはふうっと軽く息をつき、空を仰ぐ。
空は雲一つない快晴で自然と大きく深呼吸をする。
興奮しっぱなしだったせいか、軽い疲労感を感じる。
それさえもとても心地よいもので、ああ生きているんだなと改めて思う。
その事実に罪悪感がないわけじゃないけれど、生きていることに喜んでいる自分がいるのも確かだった。
ふとクレープを買いに行ったユーリの方を見ると、ユーリはクレープのメニューに夢中のようだが、それを遠巻きに見ている複数人の女の子がきゃっきゃとしているのが目に入った。ちくりとした痛みと妙な焦燥感を覚え、首を傾げる。
これは今に始まったことではない。
ユーリはその面倒見の良さと芯が真っ直ぐでいい意味でぶれない人となりがギルド内でも人気で、とても頼りにされている。
また、その整った容姿に女性メンバーからも一目置かれているのだと聞いた。
確かにユーリはかっこいいと思う。容姿もそうだが中身もだ。
まだ出会ったばかりのルーでさえ思うのだから、ずっと一緒にいたメンバーは尚の事だろう。
でもそれを意識するたびになんとも言えない気持ちが沸き起こるようになった。
「なんなんだろう…?」
うーんと腕を組み考えてみる。
この世界にくるまで感じたことがなかった不思議なこの感覚の正体が知りたい。
うんうんと唸りながら考えるがさっぱりわからない。
こういう時にガイがいたら教えてくれるかな。
いやでもガイに頼ってばかりもいられないし…。
じゃあルークなら!
んーでも、ユーリの事話すと怒り出すからなぁ…。
「なーに百面相してんだ?」
「うわっ、ゆ、ユーリ!?」
ハッとして声のする方を見るなり、視界に飛び込んできたのは物凄く至近距離にあるユーリの顔。
思わず、飛びのくように後ろに身を引く。
き、気が付かなった。
予想外の事態にルーは心臓をバクバクさせる。
「び、びっくりした」
「驚きすぎだろ。」
笑いながらユーリはルーの隣に座る。
手元には生クリーム、チョコレートがたっぷりのイチゴのクレープが2つ。
「で、何考えてたんだ?」
「んー、ユーリのこと」
ルーは素直にそう答えすると、ユーリは笑顔を浮かべたままピシリと固まってしまった。
今とんでもないことを言われた気がする。
ルーが俺の事を?
改めてそれを意識すると徐々に顔に熱が集まってくるの感じる。
やばいやばいとユーリは焦りつつ、なんとか平常心を保とうと必死だ。
一方で変なところで鈍いルーはユーリの変化に気づかず、前方を見ながらむーっと唇を尖らせる。
「ユーリってモテるよなー」
「…そうか?」
「さっきも女の子達がずっとユーリの事見てたしさ。」
すこし不貞腐れたように告げられたそれに、ユーリは口を噤む。
それは所謂嫉妬というものではないだろうか。やばい、にやける。落ち着け俺。
しん…と静まり返ってしまったユーリに不審に思ったルーは、のぞき込むように顔を向けると、間髪入れずにぐいっと目の前に差し出される。
それは先ほどユーリが持っていたクレープで、とても美味しそうな香りを漂わせている。
途端にルーはぱっと笑顔を見せ礼を言いながら受け取る。
完全に興味の対象が移ったらしく、先ほどまでとは打って変わってクレープに釘づけなルーになんともいえない残念な気持ちが沸き起こる。
だが、それと同時にホッとする自分もいたりでユーリの心中は複雑だった。
俺がモテるねぇ…。
ユーリからしたらルーの方が目立つし視線を集めていると思う。
燃えるような朱い髪に翡翠色の大きな瞳は見る者の目を引くものがある。
顔も整っており美少年という言葉が似合うのだが、感情のままにコロコロと変わるその表情は、かっこいいというよりは可愛らしく見える。
結果として比較的男からの視線が多い。
現に今がまさにそうだ。ちらちらこちらに向けられるそれにイラッとする。
その事実に全く気付いていないルーは手元のクレープを頬張っている。
「うまーい!」
「そりゃよかった」
にこにこと笑顔を浮かべるルーに、ふっと笑み見せユーリもクレープを食べ始める。
うん、糖分最高。
黙々とクレープに舌鼓をうっていると、やっぱりとルーが呟く。
「ユーリが甘いもの好きってなんか意外だよな。」
「それよく言われるわ。そんなに意外かねぇ。」
「うーん、ユーリって落ち着いてるし、なんか大人!って感じだしなー」
「そりゃあルーから比べたらな」
「なっ!?それってどういう意味だよ!」
ぷくっと頬を膨らまして睨むルー。それが小動物のようで思わず笑ってしまう。
「そうやってすぐ反応返してくるところとかな」
「うっ…」
自覚があるのか口ごもるその姿もまた可愛らしく構い倒したくなる。
「ユーリ意地悪だ」
「そういう性分なんで。…あ」
「?」
それまで笑みを浮かべていたユーリはルーの顔を見て何かに気付いたようにぴたりと止まり、じっと見つめられる。
なんだろう?
首を傾げユーリの動向をみていると、暖かな手が頬に当てられる。
そのまま流れるように親指で頬を撫で上げ、離れる。
釣られる様にその指先を見ると、少量のクリームが付いており、そのままユーリの口に運ばれた。
「ごちそうさん」
にっといたずらっ子のような笑みを浮かべるユーリ。
事態が飲み込めず、ルーはポカンと口を開け固まる。
え…今…、え、えっ!?もしかして、今、舐め…っ!?
ボッと音がするほど一気に顔を真っ赤に染め、声にならない悲鳴をあげる。
それを満足そうにニヤニヤ見ているユーリに、ルーは恥ずかしさは倍増し、耳や首までも真っ赤になった。
「~~~っユーリーっ!!」
「ははは」
笑ってるユーリを小さく唸りながら睨む。
その間も心臓はバクバクと音を立てる。
これは一体何なのか。
それを考える余裕さえ、今のルーにはなかった。
食べ終わってからも暫くの間じゃれ合っていた二人だったが、ふと聞こえてきた子供の泣き声にぴたりと反応する。
その声のする方に視線を向けると、小さな男の子がしゃがみこんで泣いているのが見える。
ルーはバッと立ち上がりその場から駆け出して子どもの元へ向かい、ユーリもその後を追った。
「どうした?ケガでもしたのか?」
膝に手をつき、子どもの顔をのぞき込むルーが心配そうに声を掛ける。
ルーの存在に気が付いた男の子はふるふると首を横に振る。
「おかあ、さ、いないの…っ」
しゃくりあげながらも呟かれた言葉。どうやら迷子のようだ。
ぽろぽろと涙をこぼす男の子に、ルーはポケットからハンカチを取り出し、目元を優しく拭いてやる。
「大丈夫だって、絶対見つかるし、見つけてやるから。だから泣くなって」
不安げに見つめてくる小さな瞳に優しい笑みで返し、ぽんぽんとあやすように頭を撫でる。徐々に落ち着いてくる子供にホッと安堵する二人。
とはいえ、はてさてどうしたものか。
二人はお互いの目を合わせ、小声で相談する。
「…どうしよう?」
「そうだな…、ここは結構広い街だし検討つかないまま探し回るのもな」
恐らくこの子の母親も今頃探し回っているだろう。
こういう時はあちこち探すよりも、あまり動かない方がいいことが多い。
とはいえ、待つだけでいいかと言われると悩むところがある。
とりあえず何か手掛かりをと、男の子にどこではぐれたのかとか、何をしていたのかとか聞いても分からないしか返ってこず、近くにいた店主に聞いても知らないと首を横に振るだけだった。
何かいい方法はないものかと思慮する二人。
それを見た男の子は再び不安を覚えたのかせっかく泣き止んだはずが、また泣き出しそうに涙をため始める。
「わわ!な、泣くなって!うーん…あ!」
ピンと閃いた様子のルーはポケットをごそごそと探る。
不思議そうに見てくる男の子にルーは手を差し出す。
「ほら、これやるよ」
だから泣くなと言いながら手渡ししたのは綺麗な包み紙にラッピングされた飴玉だった。
受け取った男の子はルーとそれを交互に見比べると、こくりと頷き、飴を口に入れ舐め始める。
よほど美味しいのか笑顔が零れる。ルーはホッと胸を撫で下ろす。
「それ、どうしたんだ?」
「この前ゼロスから貰ったんだ。」
それは本当に大丈夫なものなのかとユーリは若干不安に思った。
ゼロスはルーク同様にルーへのスキンシップ過多のメンバーの一人なので尚更だ。
ルーの気を引こうとして渡したものに違いない。
それはそれで腹立つが、如何せんあのスケベ野郎からのものだ。
変なものじゃないだろうな。
一抹の不安を覚えるユーリだったが、ルーは笑顔で子供の様子をうかがっていた。
「うまいか?」
「うん」
「そっか、よかった」
にこにこと優しい笑みを浮かべるルーを前に、男の子から不安げな様子はすっかりなくなっていた。
流石ルーパワー。
優しくされてこの笑顔を向けられたら大体の奴らはイチコロだろう。
こうやってあの我儘ルークも手懐けたのかもしれない。
ぼんやりと二人のやり取りを見守っていたユーリが考えを巡らせていると、ふと若い女性の大きな声が聞こえる。
飴に夢中だった男の子がそれに反応し、忙しなく辺りを見渡し始める。
「!おかあさん!!」
男の子は叫びバッと走り出すと、その先にいた若い女性は子どもに気付き、飛び込んできた小さな体を抱きしめる。
どうやら無事再会できたようだ。
ワンワンと泣きながらもしっかりと母親にしがみついている男の子の姿を見て、ほっとした笑みを浮かべるルー。
その優しい眼差しを横目に見ながらユーリも微笑みを浮かべた。
母親から礼を受けつつ親子とは分かれ、散策を再開する。
元々お昼を過ぎてからの買い出しだったため、もう帰路に着くには程よい時間が近づいており陽が傾き始める。
空は夕焼けへ変化し始めていたが、ユーリは違和感を覚える。
本来なら日が暮れるにつれて人だかりは減っていくはずだが、逆に増えているように思う。
また、お店の方もまだまだ活気に溢れていて閉まるような様子はない。
何かあるのかと考えていると、ふと目に入ったのはお店の壁に貼られた紙。
ちらっとルーを見ると相変わらず目を輝かせながら、店主と話している。
話に夢中なルーを尻目にユーリは含む笑みを浮かべた。