第23話
ルーは恐怖を紛らわすために寝ているミュウをぎゅっと抱きしめながら薄暗い廊下をバクバクと心臓を鳴らしながら、足早に移動する。
なんとか到着した目的地の扉の前に着くなり、その扉を申し訳ない程度の音でノックする。
しんとした静けさに改めて心細くなっていると、程なくして扉が開く。
そこにはいたのはガイ。
「ルー?」
「えっと…」
突然の訪問者にガイは僅かに目を瞬かせたが、腕の中で眠りこけているミュウをぎゅっと抱きしめながらも目を泳がせているルーを見て、ピンと何か気付いたような表情を浮かべると、すぐにいつもの優しい笑顔を見せた。
「まあ、立ち話もなんだ、中に入ってくれ」
笑顔で招き入れてくれたガイにルーはほっと安堵しつつ、おじゃましますと小さく口にし中へと入る。
部屋の中はランプの灯が灯っていて薄暗さは感じず、どこか温かい空間だった。
ガイは部屋にあった椅子にルーを座らせるなり、ちょっと待ってろよと部屋の奥へと向かう。
ルーは部屋をきょろきょろと見渡すと、二つあるベッドの内その一つにルークが布団にくるまって眠っているのに気付く。
「ルークはついさっき寝付いたばかりなんだ」
「そうなんだ」
もしかしてガイももう寝てたのかなとルーは不安に思ったが、ガイは部屋の奥から戻ってくるなり、ルーにマグカップを手渡す。
「熱いから気をつけろよ」
思わず受け取ったそのマグカップは温かく甘酸っぱいような香りがした。
キョトンとしたルーはマグカップとガイを交互に見る。
「これなんだ?」
「ホットのはちみつレモンだよ。味見はできてないが、ルークはいつも飲んでるから大丈夫だと思うぞ」
「そうなんだ」
ルーはお礼を言いつつふーふー息を吹き冷ましながら飲む。
それは甘くてほんのりすっぱい、ほっとできるルーの好きな味だった。
こくこくと飲み進めていると、それを見ていたガイはそういえばと口を開く。
「昼間、クレスから怪談話聞いたんだってな」
「!し、知ってるのか!?」
「ルークが結構ビビッてたからなぁ。さっきまで寝付くのも大変だったんだ」
「そ、そうなのか」
クレスの怪談話にビビっていたのは自分だけではないという事実にルーは若干安堵する。
そしてここに来てしまった理由をガイは最初から気付いていたということに恥ずかしさを感じる。
けれど、ガイはそれに対してこれ以上に触れることはなく、日頃のなんてことない話をし始めた。
内容としては本当に雑談で、けれど話の仕方や流れはルーにとっては解りやすくて楽しく感じるもので。
ガイとの会話は気兼ねすることなくいい調子でおしゃべりに花を咲かせた。
暫くするとルーの中にあった怪談話の恐怖はなくなっており、それと比例するように徐々に眠気を感じ始める。
うとうととし始めたルーに気付いたガイはふと思い出す。
「そういえばユーリは部屋にいないのか?」
「あ、うん、深夜のクエストで今日は宿屋に泊まるかもって言ってた」
「なるほどな。なら今日はここに泊まってくか?」
「え、でも、それだとガイの寝るところないし…」
とはいえ今の状態で部屋に戻りたいかと言われたら、正直戻りたくはない。
ふとベッドの方を見ると、顔は見えないがすやすやと眠るルークが目に入る。
「ルークのベッドに入れてもらうのもなぁ…」
「そうだなぁ、それは後で大騒ぎになるな」
うーん…と考えながら呟いたルーの言葉に、ガイは想像できる未来に苦笑いを浮かべる。
それにルーは大騒ぎ?と頭上にハテナを飛ばしていると、ガイはふっと笑みを見せる。
「ありがとうな」
突然の礼の言葉にルーはきょとりとした表情を浮かべ、首を傾げた。
「え?何がだ?」
何のことを言っているのかわからず、ただ不思議そうにしているルーに、ガイは笑顔を見せ、ルークの方に目を向ける。
「ルーの存在はルークにとって、とても大きい支えになってるからな。」
「!俺が…?」
「ああ。ここに来てからのルークは毎日が楽しそうだ。ルーが来てからは特にな」
「そ、うなのか?」
「ああ」
ガイはしっかりと頷き、そしてルークからルーの方へ視線を戻す。
「ライマにいた時は、毎日が退屈そうだった。…そうなってしまうような環境だったからな」
「環境?」
「上層階級になると権力争いや派閥争いに巻き込まれがちだからな。ルークは特にその手の話題になると中心になりやすいんだ。」
王位継承第一位ともなれば、それを媚びようとする者、利用しようとする者、強要する者、いろんな人間が周りを取り囲むように集まってくる。
それらからの視線、声は大きなプレッシャーともなり、そして刃物になる。
ルークの場合最初から比較対象があったのも大きかったのかもしれないが、それは年々強くなっていき、ルークはそれに反発するように、部屋に塞ぎ込むようになって、自分を保とうと「我儘」な自分を押していくようになった。
それを静かに聞いていたルーに、ガイは優しい笑みを見せる。
「ルークは本当にいい奴なんだ。言い方とか態度で皆を誤解させるんだけどな。でも、人一倍人の気持ちに敏感で気にしいだってことも、気持ちを伝えるのが不器用なんだってことも、優しい奴なんだってこともずっと一緒にいればわかる。」
「うん」
ルーは素直に頷く。
ルークと一緒に過ごして行けば、ルークという人なりが見えてくる。
なんだかんだ言いつつも、意外とその人の事を見ていて、困っていれば最後に手を差し出してくれる、とても優しい人だと。
そう感じる度に、ルーは自分の中で痛む何かを感じていた。
それはユーリに感じるものとは違う何かで、これはなんなんだろうかと思うことが間々ある。
ルーはそれをぼんやりと考えていると、ガイは小さくため息をつきながらぽつりと呟く。
「ライマにもルークの理解者がいないわけじゃないんだが…、あまり頻繁に会えなかったりもするからな。だから、ルーやロイドやクレスの存在はありがたいんだ。」
そう笑顔を見せるガイに、ルーはなんとなく照れ臭くなって目を泳がす。
「そうだといいな…。でもルークもガイがいてくれるから凄い安心してるんじゃないかな」
自分の事を気遣ってくれる人の存在はとても心強いし、安心する。
オールドラントの頃、自分もガイの存在にはとても助けられた。
きっとルークもそうなんだろうな。
すると、ガイは嬉しそうに、だか困ったような表情を浮かべた。