第22話
ルーは急いでバンエルティア号に戻るなり、そのまま自室に向かう。
ユーリは今日は特に何もない休暇日と言っていたはずだ。
部屋にいてくれたらと思いながら、部屋の前に着くなりノックもせずバンと勢いよく開ける。
すると、部屋の奥の窓辺に外の方を向き座っているユーリの姿が目に入る。
ユーリがいてくれたことに安堵しつつも、違和感を感じる。
普段ならすぐに反応を返してくれるはずなのだが、全く反応が返って来ないのだ。
「ユーリ…?」
ルーはユーリの元に駆け寄り、顔を覗き込む。
するとユーリは目を閉じたまま顔を真っ赤にさせ、息苦しそうに呼吸をしており、その姿を見たルーは目を見開く。
「!ユーリ!?」
思わず大きな声を上げると、ぴくりと瞼が動き固く閉じられていたそれが開かれる。
そしてルーの姿を見るなり、がくりと体が揺らめくなりそのままルーの方に倒れ込んだ。
「風邪ね」
あのすぐあと、たまたま部屋の前を通りかかったリフィルに助けを求め、ユーリをベッドに寝かせた後、そのまま診察してもらった。
その結果は「風邪」だった。
半泣き状態で様子を見守っていたルーだったが、その内容に思わずぽかんとしてしまう。
「か、風邪…?」
「ええ。大分高熱が出ているけれど、ちゃんと栄養を取って、薬を飲んで、しっかり寝ていれば治るはずよ」
「そ、そっか…良かった…」
リフィルの言葉を受け、ルーは安堵しほっと肩を撫で下ろす。
一方リフィルは小さくため息をつく。
「…でも、我慢強いのはいいことかもしれないけれど、ここまで拗らせてまで何もしないのは、あまり褒められたものではないわね。とにかく暫くは安静にしてた方がいいわ」
「うん…」
ルーは小さく頷くなり心配そうにユーリを見る。
ベッドに寝かされ具合の悪そうなその姿に、なんで気付いてあげられなかったのかと後悔の念を抱く。
しゅんとするルーに、リフィルは小さく微笑む。
「ルー、ユーリの体調が良くなるまで、なるべく傍にいてあげてもらえるかしら?」
「え?」
「それがきっと一番の薬になると思うわ。弱っている時は特に人恋しくなるものだから」
ルーは目を瞬かせそしてオールドラントの頃に自分が風邪で寝込んでしまったときのことを思い出す。
いつも以上に一人で寝ているのが怖くて嫌で、大分無理を言ってガイに一緒にいてもらったことがあった。
「…うん」
しっかりと頷いたルーに、リフィルは薬をもらってくるわと言い残し、部屋を後にした。
その時ルーはふと思いつく。
そうだ!
熱い、怠い、考えるのも億劫。
そう感じるこの感覚は久しぶりだ。
体も人よりは頑丈でタフな方だという自覚があったため油断していた。
まぁ風邪くらい寝ておけばその内治る。
そう、いつものように寝ていれば。
ふと額の辺りに冷たい感覚を受ける。
それに気持ちが良いと思いつつも、突如感じたそれにユーリの意識が浮上した。
「あ、起こしちゃったか?」
「ルー…?」
ユーリの視界にまず飛び込んで来たのは驚いた表情から笑顔を見せるルー。
その姿になんでここにいるのだろうかと考えたが、額に乗せられた冷たいタオルの方に意識が向く。
冷たいと感じたのはこれのようだ。
「ごめんな、今ちょうどタオル変えてたんだ。」
ルーの話になるほどとぼんやりとした頭で理解する。
そして頬にルーの手が当てられるとひんやりとしたその手に気持ちいいと感じ、目を閉じる。
「うーん、やっぱりあんまり熱下がんないな…。」
心配そうにぽつりと呟くルーの言葉を聞き、徐々に今自分の置かれた状態を理解し始めたユーリは、みっともない所をルーに見せてしまったということに内心ため息をつく。
「ユーリ、大丈夫か?あ、水飲むか?」
一方で至極心配そうに声を掛けてくるルー。
その姿を見てどこか安堵する自分がいるのを感じた。
ユーリは頷くなり、ゆっくりと体を起こすと、ルーから手渡された水を飲む。
からからだった体にはありがたく、飲み進めているとルーはその姿を見て僅かに安堵する。
「あ、あと粥も作ったんだけど、食べられそうか?ちょっと冷めちゃったけど…」
サイドテーブルに置いてある小鍋に目線を送りながら問われたユーリはそれを見る。
「…ルーが作ったのか?」
「うん。薬飲んだ方が良いって言われたからさ、食べてからの方がいいだろ?」
だからさっき作ってきたんだと当たり前の様に笑顔で言うルーに、ユーリは目を瞬かせたが、すぐに笑みを浮かべる。
「そうだな、少し食うわ」
「うん!」
ユーリの返答を受けたルーは張り切って用意していたお粥を器によそう。
確かにもうすでに冷めているようで湯気は出ていないようだが、ルーは念のためそれをスプーンですくうなり、息を吹きかけユーリの口元へを持っていく。
ごく自然にそれをするルーに、笑みを深めたユーリはそれを口に入れる。
「…、…ん?」
が、それを口にした瞬間、すぐにユーリは訝しげに首を捻る。
それに気づいたルーも思わず首を傾げる。
「?どうしたんだ?」
「…ルー、これ何か味付けしたか?」
「あ、うん、味ないのもあれかなと思って、ちょっと塩入れたけど…」
「これ、塩じゃなくて砂糖だろ」
「へ!?」
ユーリの言葉にぎょっとしたルーはすぐに自分でも食べてみる。
すると、たしかに塩から遠くしかもかなり甘いお粥になっていて、ルーはサッと顔を青ざめる。
「ごごごごごめん!!!」
「いや、これはこれでうまいから」
「え」
ケロッとした様子で次を催促するユーリに、ルーの心境は複雑だ。
自分で作っておいてなんだが、正直そんなに美味しくないと思う。
けど、ユーリの表情から言葉の通り全く抵抗はないようだ。
塩と砂糖を間違えてしまった上に味見もしないでそれを出す自分もだが、ユーリの甘党にもちょっと問題があるのではないだろうか。
けれど、それを作ってしまったという負い目もあり、ユーリが良いと言うのであれば…と催促されるがまま次を口に運んだ。