第3話
「うっせーな!大罪人は引っ込んでろ!!」
怒り任せに吐き出されたルークの言葉。
ルーはビクッと体を揺らす。
抱き着いていたルークはすぐにそれに気づきルーを見ると先ほどとは打って変わって笑顔はなく、青ざめており、小さく震えている。
その場にいたユーリ達もルーの異変に気付く。
「ルー?どうした、具合でも悪いのか?」
「だ、だい、じょうぶ」
ユーリの問いに、明らかに大丈夫そうではないルーに力ない笑みを浮かべて首を振る。
「顔が真っ青よ、無理はしない方がいいわ」
「ごめ…でも、ほんとうに大丈夫だから…」
「どこがだよ!?すげー震えてんじゃねぇか!おい、大罪人、」
ルカを呼んで来いとルークが続けて言う前に、ルーはまたもびくりと体を震わせる。
それを見たユーリ達は【大罪人】という言葉に反応していることに気付く。
【大罪人】はルークがジェイドに吹き込まれてユーリをそう呼んでいるだけであまり意味はない。
確かに酷い呼び方ではあるが、当のユーリは訂正も面倒だと気にすることはなかったのだが、ルーはそれに過敏に反応している。
「べ、別にルーのこと言ったんじゃぬぇぞ?大罪人ってのは…」
焦ったように弁解するルークの言葉に反応するようにルーはびくりと体を大きく震わせる。
顔を俯かせて、両腕で自分を抱きしめるようにし、それは何かに怯えているようだった。
皆その異常さに眉を寄せる。
勿論ルーは皆が不審がっているのは分かっていた。分かってはいるが、この体の震えは止まらなかった。
大罪人。
それは正しく自分自身を指すものだ。
無知で無力な自分は取り返しのつかないことをたくさんした。
アクゼリュスで罪もない多くの人たちを死に追いやり、そしてレムの塔で多くのレプリカ達を…。
忘れたわけじゃない、忘れられるわけがなかった。
己の犯した罪の深さを。助けられなかった命の重さを。
それを自分の一生をかけて背負うと決めた。
決めたのに…。
たった一言、その言葉に反応してしまう愚かな自分。
言われて当然なのに、逃げ出したくなる衝動。
そして幾度となく夢の中で繰り返されるあの日の記憶がフラッシュバックする。
息苦しさを感じ、目の前が暗くなってくる。
その時、頬に暖かなものが当てられる。
それに誘われるようにそろそろと目をやると自分より大きな手。
「ルー、落ち着け。ゆっくり息を吸うんだ」
耳元に響く心地よい声に、言われるがままゆっくりと息を吸い、吐き出す。
それを何度か繰り返していくと徐々に視界がクリアになってくる。
ゆっくりと顔を上げると、すぐ近くに真剣な面持ちのユーリがいた。
その瞳は力強く美しい深い紫紺の色を宿しており、ルーはそれに見てひどく安心した。
過呼吸状態から徐々に落ち着き始めたルーに、内心安堵するユーリ。
だが、ルーの頬はまだ冷え切っており、震えが止まったわけではない。顔を伺えば今にも泣きそうな、けれど泣けない、そう言っているように見えた。
なぜ?
そんな気持ちが沸き起こるが、今はそれよりもこの震えを止める必要がある。
ユーリはルークに強い視線を送るとそれに気づいたルークはその意味を汲みとる。
バツが悪そうに顔を歪めるが、ルーを見てぐっと飲み込む。
「っあーもー!わーったよ!もうこれからはぜってー言わねぇ!それでいいだろっ!!」
強い言い方ではあったが、それとは裏腹にルークの目はルーへの気遣いが見て取れる。
ルーはそれに小さく頷き、呟くように「ごめん…」と口にした。
暫くして落ち着きを取り戻し、顔色も回復したルーはその場にいた皆に謝罪し、遅くなってしまった朝食を取ることにした。
念のため一度休んだ方がいいのではという皆の言葉に、ルーは大丈夫の一点張り。変なところで頑固なルーに「じゃあはいそうですか」となるはずはなく、その場にいた皆も見守る目的も兼ねてルーを囲うように食事をすることにした。
のだが。
「なんで、黒ロン毛と食事しなきゃなんねーんだよ!」
「お前な…」
相変わらずルーに引っ付くようにルーの隣を陣取るルークはイライラを全面に出して、同じくルーの隣を陣取るユーリを威嚇する。それにユーリはといえば、ただただ呆れ顔を浮かべる。
なんだそのネーミングセンスは。普通に名前で呼べ名前で。
食事が始まるなり、それにあわせて二人の喧嘩も始まる。
傍から見るとルークからの一方的なものだが、ユーリはユーリでルークが突っかかってくるであろうところを分かっている上でそこをピンポイントで刺激するものだから収集がつかなくなる。
フレンは相変わらず王族への態度ではないとユーリ叱責しているが、ジュディスやレイブンは人に対して淡泊だったユーリの変化に生暖かい目で見守っている。
そんな中、ルーはといえば、この状態に慣れたのか何事もないかのように食事を進めている。
スープをゆっくりと口にしつつ、コントのように絶妙なやり取りを繰り返すルークとユーリに自然と笑みが零れる。
「ユーリとルークって仲良いよな」
「「どこがだ!!」」
爆弾発言ともいえる言葉に冗談じゃないと二人は目くじら立てるが、ルーにすぐさま返す言葉は見事にシンクロしていた。
それにルーはきょとんとしたかと思えば、思わず笑い出す。
「ははっ息ぴったりだな」
至極楽しそうに笑うルーに、二人は眉を寄せつつ脱力し溜息をつく。
この笑顔を見ると言い争いをする気が萎えるのだ。
先ほどのルーを見てからは殊更だ。
一体ルーが何を抱えているのか、まだわからないことばかりだ。
だが、それでも彼には笑顔が一番似合う。それはわかっている。
ならば、自分たちがその笑顔をまもりたい。
あっという間に空気を変えてしまった二人を見て、レイブンはやれやれと小さく笑みを浮かべ呟いた。
「ルーちゃん最強だわね…」
続く