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第18話




陽が落ち始め、辺りが夕焼けに染まる頃、ルー達は日中別行動をしていたジュディスとレイブンとも合流し、ガルバンゾにある宿屋にいた。
今は夕食をとるためにその宿屋にある食堂で腰を落ち着かせながら、注文した料理を待っている最中で、皆で談笑している中レイブンはふと思い出したようにそういえばと口を開く。

「ルーちゃん達、早速騎士団と揉めちゃったんだって?」
「!なんで知ってんだ?」
「さっきフレンから聞いたのよ」
「そっか」

ジュディスの回答に納得したルーはふと昼間の出来事を思い出し、ぷくっと頬を膨らませる。

「なんかすげームカついたんだ。めちゃくちゃ威張っててさ。貴族だって言ってたけど、ルークとかウッドロウ達だったらあんなことぜってーしねぇもん」

頬を膨らませてながらムスッとするルー。
その姿にユーリ達はふっと笑みを浮かべる。
確かにアドリビトムで出会った王族・貴族の面々はルーの言う通りあんなことはしないと言い切れるだろう。
あの我儘お坊ちゃんのルークでもとんでもない斜め上の我儘を披露することはあるが、ああして人を侮辱するようなことをしているのは見たことがない。
アドリビトムの仲間達やこのルーを見る限り、王族だからとか貴族だからとか一括りにするのは違うのだとユーリは改めて思う。
そう考えられるようになっていることに、以前の自分では考えられないとユーリは他人事のように内心驚いていた。

その中、カランと音を立てながら入り口の扉が開くと、一際大きい鞄を持っている少年が現れる。
少年はきょろきょろと辺りを見渡し、誰かを探しているようだったが、ふとユーリ達の方に見るなりあっ!と大きい声を上げた。

「いた!」

少年はすぐにユーリ達の方へ駆け寄ってくる。
その姿を見たエステルはパッと笑顔を向ける。

「カロル!お久しぶりです!」
「エステル!久しぶり!」
「元気そうだな、カロル先生」
「うん、元気だよ!ユーリ達も元気そうだね」

元気な笑顔を見せるカロルにこの人は誰だろうと首を傾げるルー。
そんなルーの視線に気づいたカロルは、ハッとした様子でジュディスの方を見る。

「もしかしてこの人がジュディスの言ってたルーって人?」
「そうよ。ルー、紹介するわ。私達の首領のカロルよ」
「!そうなんだ!」

合点がいったルーは納得した様子でなるほどと頷く。

「はじめまして、僕はカロル・カペル!よろしく!」

笑顔で手を差し出されたルーはそれに答えるように笑顔で握手を交わす。

「こちらこそよろしく!俺の事はルーって呼んでくれ」

嬉しそうにニコニコと笑みを見せるルーはとても可愛らしく、それを直視したカロルはそのまま顔を赤く染め、ルーを凝視したまま固まってしまった。
手を握った状態で反応のないカロルにルーは首を傾げる。

「?どうしたんだ??」
「ん~ちょっと刺激が強すぎたのかもね。」
「刺激?」
「少年、自分の為にも帰ってこ~い」
「…はっ、えっ、ひっ!!」

レイブンの呼びかけにハッと我に返ったカロルだったが、その目に飛び込んで来たものにびくりと体を大きく震わせ、顔を真っ青にする。
カロルの視線の先にあるのはどことなく黒いオーラ放つユーリの姿で、その視線の極寒具合に改めてぶるりと体を震わせ、本能的に危険を察知したカロルは勢いよくルーから離れた。

「ユーリ、大人げないよ」
「……。」

小さくため息をつき釘を刺すフレンにユーリはふいっと顔を背ける。
そのやり取りを見たカロルは目を丸くさせ驚く。
一方で全く状況の読めていないルーは訳が分からずキョトンとした様子で首を傾げた。



その後、皆で食事を取りながら、お互いの近況報告をしあう。
初対面のルーに対して最初こそ遠慮気味だったカロルだが、友好的なルーと会話を交わしていく内に徐々にいつもの調子を取り戻し、談笑は絶えなかった。
食事を終え、食後のお茶でくつろいでいると、ふとカロルが口を開く。

「皆明日はどうするの?まだいるんでしょ?」
「はい、明日は皆でお買い物をする予定です!カロルも是非一緒に行きませんか?」

にこにこと笑みを浮かべたエステルのお誘いにカロルは頷く。

「うん、いいよ!」
「よかったです!楽しみですね!」
「うん!」

エステルの言葉に同意するようにルーも笑顔で頷く。
実年齢が比較的近いルーとカロルはこの短時間で大分打ち解けたようで、明日も一緒だと嬉しそうなルーにカロルはほのかに頬を赤らめ照れる。
その姿にレイブンやジュディスは「流石ルー(ちゃん)」と感心し、ユーリは何とも複雑な顔をしていた。

その後、カロルとは改めて明日落ち合うということで一度別れると、フレンとレイブン、ユーリとルー、エステルとリタとジュディスの組み合わせで部屋割りをするなり各自部屋へと向かった。



























音のない黒い背景の中、ルーはいた。
辺りを見渡すと、ぽつりとある人影に自然と歩み寄る。
するとそこにいたのは、今日出会った下町のテッドと同じくらいの子どもたちの姿。
だが、皆後ろを向いたままこちらを見ない。
ルーは近づき手を伸ばすがその時、突然子供たちが立っている床が崩れ落ちる。
それに驚き咄嗟にその地面を見ると、そこにはアグゼリュスが崩壊した時と同じ黒く底の見えない闇を連想させる海。
ルーは目を見開き、必死に子どもたちに手を伸ばすが、それに比例するようにどんどんと深く暗い海に飲み込まれていった。
それを目の当たりにし、心臓が押しつぶされるような感覚に襲われその場に蹲る。
するとどこからともなく頭の中に響き、聞こえてきたのは、崩壊していく音と人々の悲鳴、そしてルーを責め立てる人々の憎悪の声。
身を縮こませながら、何度も謝罪を繰り返す。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!

「ルーっ!」
「っ!!」

ハッと目を覚ますと、すぐ視界に飛び込んで来たのはユーリの必死な顔。

「はぁ…はぁ…ゆ…り…?」

息を切らしながら掠れた声で名を呼ぶと、ユーリは僅かに安堵した表情を浮かべる。
ルーは無意識にそろそろと視線をさ迷わせると、そこは今日泊まることになった宿屋の一室。
そこで、ルーは今のは夢だったのだと悟ると急に力が抜けた。
何度か深呼吸をし、ゆっくりと体を起こす。
未だバクバクとならせている心臓にルーは耐えるように俯き、汗でびしょびしょになってしまったシャツの胸元をぎゅっと握る。

「ひどくうなされてたが…大丈夫か?」

ユーリは隣に腰掛け、心配そうに顔を覗き込みながらルーの背をゆっくりと撫でる。
浅い呼吸を繰り返し、小刻みに体を震わせながらルーは小さく頷く。

「…ごめん…ちょっと夢、見て…」

俯き小さい声でそう告げ、口を閉ざすルーにユーリはそれ以上問うことはなく、そっとルーの頬に手を当て指で涙を拭う。
そこでようやく自分が涙を流していることに気付く。
そしてそのまま優しく抱きしめられると、あやすように背中をポンポンと一定のリズムで撫でられた。
ルーはその温かい手の安心感と心地良さに自然に身を委ね、ゆっくりとそれに呼吸を合わせながら少しずつ心を落ち着かせていく。




暫くして大分震えも落ち着いてきた頃、ユーリはゆっくり体を離す。

「…とりあえずシャツくらいは着替えた方が良さそうだな」
「ん…あ、でも俺着替えあんまないし…」

この体に合う服を持っていないルーはカノンノ達から借りているが、それも申し訳ないと思い、今は必要最小限の服しか持ってきておらず、エステル達にお願いするしかないのだがこんな夜遅くに頼むわけにもいかない。

「それなら俺の替えを使えばいい、サイズ合わねぇだろうけど寝る時だけならいいだろ」

そういうとユーリはベッドから離れ自分の荷物から替えのシャツを取り出し、ルーに手渡す。
ルーはそれを受け取るとシャツとユーリを交互に見る。

「え、でも…いいのか…?」
「ああ」
「…」

確かに汗でびっしょりと濡れている今の状態は気持ち悪いが、それでも我慢すれば問題ないし、何よりユーリに申し訳ないと思う。
そんなルーの心中を悟ったユーリは少し考え、口を開く。

「なんなら着替えるの手伝うぜ?」
「!」

想定外の問いかけにバッと顔を上げるとニッと笑みを浮かべたユーリがいて、それに対してルーはなんとなく気恥ずかしくなり顔を赤らめる。

「だ、大丈夫だよ!自分で着替えられるからっ!」
「そりゃ残念」

本音なのか冗談なのかわからない軽口を叩くユーリに、馬鹿にされたとルーはぷくっと頬を膨らませ、ぷいっとユーリに背を向けるとせっせと着替え始める。
そんなルーを見守りながらユーリは小さく微笑んだ。

着替え終えたルーは、ユーリのシャツに着せられてる感があるくらいダボダボの状態にコンプレックスが刺激され、顔を引きつらせる。

「…これは今俺が女だからであって…」
「何ぶつぶつ言ってんだ?」
「え、おわっ!?」

突然ひょいと軽々抱き上げられたルーは驚きの声を上げる。
一体何事かと考える間もなく、ルーはユーリの使っていたベッドに降ろされた。

「ゆ、ユーリ?」
「シーツも今のじゃ使い物にならねぇだろ。一緒に寝るぞ」

ユーリも同じベッドに入ると、ルーを抱きしめるように横になる。
展開について行けず、呆然としていたルーだったが、気付けばすぐ目の前にはユーリの胸板があり、そして顔を上げるのが難しいほど体を密着させた状態に、かああっと顔を赤らめた。
ばくばくと先程とは違う音をたてるが、間近にあるユーリの存在と自分を包みこむ安心できる香りに徐々に力が抜け、気持ちが落ち着いていく。
ルーはその温もりに縋るように体を擦り寄せ、そっと目を閉じた。
目を閉じると先ほどの夢の光景が浮かび上がりそうになるが、その度に頭を撫でる優しい手に意識が向く。
まるで大丈夫だと言ってくれているような気がして、それは眠気を誘う。

「おやすみ、ルー」

耳元で囁かれた優しい声にルーはゆっくりと意識を手放していった。












暫くして小さいが安定した寝息が聞こえ、ユーリはふと小さく息をつく。
ちらりと下に視線を向けると、僅かに体を縮こませてユーリの服を申し訳ない程度に小さく握り締め眠るルー。

ルーが先程のように夢にうなされているのを見たのは初めてではない。
同じ部屋になって知ったことだが、ルーは不定期的に見る“ある夢”でうなされることがある。
苦し気にただひたすら謝罪を繰り返す寝言に、恐らく昔の経験がフラッシュバックしているのだろうと思う。
ユーリはその度に今のように寄り添い続け、徐々にだが再び眠りにつくまでの時間が短くなってきたのを感じた。
だが、同時にその痛々しい姿を見る度に、悲しみと矛先のない憤りを感じていた。
過去を消すことはできない。
ならば現在から未来にかけて少しずつでもルーの心の傷が癒えればいいと思う。
その為に自分がルーにしてやれることは一体なんだろうかと考えながら、腕の中で眠る愛しい人の朱髪にキスを贈った。



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