第16話
「そうです!折角のお休みです、私の国に遊びに行ってみませんか?」
突然の提案にルーは勿論皆の視線が集まる。
「エステルの…?」
「はい!ルーは以前行ってみたいって言ってましたよね。丁度いい機会だと思うんです!一緒に行きましょう!」
にこにこ笑顔で誘うエステルの言葉にきょとんとしていたルーだったが、徐々にその言葉が頭に浸透していく。
「…っ!うん!行ってみたいっ!」
さっきまで凹んでいたのが嘘かのように今度は目をキラキラと輝かせ、ユーリの方を見る。
ユーリはそれを受けて笑みを浮かべる。
「そうだな、お前が行くなら俺も行く。今のルーはいつも以上に危なっかしいからな」
「なっ!?それどういう意味だよ!」
ユーリの危なっかしい発言になんとなく子ども扱いされたような気分になり、ルーはぷくっと膨れる。
「あ、あの、エステリーゼ様、もし誰かに気付かれたら…」
「大丈夫です、気付かれなければいいんです!」
フレンの心配をよそにエステルは行く気満々だ。
フレンはエステルに気付かれない程度の小さいため息をつく。
「わかりました…。では私もお供します。」
そうじゃなきゃ認めないと言わんばかりのフレンにエステルは笑顔ではいと頷く。
そんな様子を見ていたジュディスとレイブンは笑みを浮かべる。
「私たちも久しぶりに向こうのギルドに挨拶しにいきましょうか」
「そうね、たまにはいいかもね」
「私も行く、ちょっと荷物取りに行きたかったのよ」
次いでリタも立候補し、このまま他の面々も行きたいと言い出しかねないこの状況に、アンジュはどうしたものかと考えていると、先ほどまでここにいなかったジェイドがすっと姿を現した。
「随分楽しそうですね。」
「ジェイド!」
ジェイドの存在に気付いたルーはジェイドの元へパタパタと向かう。
「先ほど材料の手配が終わりましたので、恐らく1週間で薬は完成します。その頃までには戻ってきてください」
「!うん、わかった!」
1週間で薬ができるという言葉を改めて聞き、ルーは安堵する。
心置きなく…とはいかないものの、それでも安心感を得たルーはますます出かけるのが楽しみになるのを感じ、思わず笑顔を浮かべた。
それを見たジェイドも笑みを浮かべたが、すぐにルークの方に目を向ける。
「ルークはここに残ってください。」
「はあ!?なんでだよ!」
「調べたいことがあるので。…というのと、私が持ち帰ってきた、あなたが先日国に帰らなかった分のあなたしかできない仕事が溜まっていること、勿論知っていますよね。」
「・・・・・・・・・・・。」
さっと目を逸らすルークにアッシュはまだやってなかったのかと呆れた表情を浮かべる。
「ミュウもここに残ってください」
「みゅ!?」
「この世界では町中に魔物がいることは…ほぼまず、ないんです。そしてあなたが危害を加えることがない魔物であると知っているのは私たちだけです。もしうっかりあなたの存在が町中でバレたらそれこそ大騒ぎになりますよ。」
ジェイドの意見を聞いた面々は確かにと納得する。
そしてそれはミュウも同じで僅かにしょんぼりとしつつも頷く。
「みゅ~…わかりましたですの…」
すると、ミュウはぴょんとルークの肩に乗った。
「うわっなんだよ!?」
「ミュウ、ルークさんと一緒にお留守番するですの!」
「はぁ!?なんで俺がお前と一緒にいなきゃいけねぇんだよ!このブタザル!!」
ルークはミュウを引き剝がそうとするが、ミュウは器用にするするその手から逃げるようにルークの頭の上にちょこんと乗る。
「ルークさんといるとご主人様の次に安心するですの!」
「ざけんな!!冗談じゃねぇ!!俺はイライラすんだよっ!!」
ルークはイライラ全開で、ぎゃんぎゃんと文句を言い続けているが、当のミュウはルークに構ってもらえるのが嬉しいようで笑顔を浮かべている。
そんなルーク達を見てルーは自然と笑顔が零れた。
「ルー達がガルバンゾへ行くのは問題ないわ。けど、これ以上のメンバーが行くのはダメよ。」
ギルドのお仕事もあるのだからこれ以上は許さないとアンジュがきっぱりと言い切ると、他の面々はえーと声を上げつつも、ごもっともな話に渋々承諾する。
その後ルー達は話し合い、出発は明日の朝にして、今日は出かける準備をすることに決めた。
わくわくとした様子のルーを見て、ユーリはふと思いつく。
「ラピードにルーを紹介すっか」
「ラピード?」
首を傾げるルーにユーリは誇らしげに笑みを浮かべる。
「ああ、ラピードは俺の相棒だ」
「!そうなのか!どんな人なんだ?」
「ん~人っていうかワンコだけどね。結構渋い感じよ?」
レイブンが補足を入れると、ルーはへ~っと感嘆とした声を上げる。
「そうなんだ!俺も会いたい!」
目を輝かせるルーに皆思わず笑みを浮かべる。
そしてその穏やかな空気のまま、ルー達は準備の為に各々の部屋に向かい、そのまま解散となった。
ルーとユーリは部屋に戻ると軽く身支度をする。
元々ルーは体一つの状態でこの世界に来たこともあり、ルーの荷物は少なく、またユーリ自身もそこまで私物を持っておらず、すぐに準備が終わってしまった。
ルーはベッドに腰掛けながらそわそわとしながらユーリの方を見る。
「ガルバンゾってどんな国なんだ?」
「そうだな…まぁ大国って言われてるだけあって結構でかいな」
「へ~!」
「つっても日数も限られてるし、今回はその中でも城のある首都に行こうとしてんじゃねえかな」
「そっか!」
楽しみだとにこにこと笑顔を浮かべていたルーだったが、ふと表情が固まる。
「ん?どうした?」
「…うん、あのさ…“遊ぶ”って何するんだ?」
「は?」
ルーの言葉の意味が解らず、ユーリは首を傾げる。
「エステルが“遊びに行こう”って言ってたけど…、それって何かするのか?」
不思議そうに首を傾げるルーを見て、ユーリはその言葉の真実に気付く。
ルーはまだ生まれてから7年と少し。本来であれば遊び盛りの子どもだ。
けれど、ルーは生まれてすぐに屋敷に軟禁状態で、しかも【記憶喪失の10歳のルーク】として扱われてきた。
これからを担う王族の一人として勉学や剣術は教えられたに違いないが、その分普通の子どもが経験することやその期間がほぼなかったのだろう、“遊ぶ”ということも含めて。
そしてそれは旅に出てからも。
その代わりに経験したのは大の大人でも目を背けたくなる過酷で辛い事ばかり。
あまりにも理不尽で悲しい現実を前にユーリは自身の中で沸き起こる衝動を抑えようと奥歯を噛み締める。
なぜルーが、こんな純粋で優しい子がそんな目に合わなければならないのか。
「?ユーリ、どうし…わっ」
静かになったユーリの顔を覗き込むと、そのまま引き寄せら抱きしめられた。
ぎゅっと強く抱きしめられたルーは訳が分からず目を瞬かせる。
「…俺が教えてやる」
「え?」
耳元でぽつりと呟かれた言葉にルーは首を傾げると、ユーリは腕の力を解き体を少し離す。
そしてそのままコツンと額同士を合わせた。
「俺が“遊び方"、教えてやるよ」
「!」
ニッと笑うユーリに、ルーはぽかんとした表情を浮かべていたが、すぐに破顔し笑顔で頷いた。