第2話
あの3人が日頃からよく稽古をしている場所に向かうと賑やかな話し声が聞こえてくる。
その声の方に足を進めると、案の定4人はそこにいた。
ルーは3人に囲まれて何か話しており、その顔には笑顔が浮かんでいる。
それになんとなくイラつく気持ちを感じつつ、更に足を進める。
「あ、ユーリじゃん!」
「よお」
「げっ」
「げってなんだよお坊ちゃん」
真っ先にユーリに気付いたロイドは友好的な笑顔を見せたが、ルークは逆に嫌悪感丸出しの顰めた顔を向けてくる。
「ユーリがここに来るなんて珍しいね」
「あー、まぁ、な」
「?」
クリスの問いに内心ぎくりとしつつ、ちらっとルーの方を見ると、ルーは首を傾げながら成り行きを見守っていた。くそ可愛いな。
「何かあったのか?」
「いや、別に」
「ふーん?あ、なら、ユーリも一緒に稽古しないか?」
「はぁ!?なんでこいつも一緒なんだよ!!」
「いいじゃないか、ユーリ強いし!」
ロイドの意見に同意するように頷くクレスにルークは納得いかないとむすっとしている。
だがユーリが強いということについてルークが特に否定しないということは、本当にそういうことなのだろう。
「ユーリ強いんだ?」
「…別にそこまで強くねぇって」
「いや強いって!このギルドの中でも絶対上の方だぞ」
「うん、僕もそう思う」
「…ケッ」
「へー!すごいな!!」
純粋に向けられるキラキラとした視線と笑顔に、思わず目をそらすユーリ。
やべぇ可愛い。
自然とにやけそうになる口元を手で覆い隠す。
「あ、じゃあルーとユーリで手合わせしてみたらどうだ?」
「へ?」
「上手いやつとやると勉強になるし、楽しいし!」
「そうだね、ユーリが参加することってあまりないからいい機会かも」
もうロイドとクレスの中ではユーリは参加メンバーとなっているようだ。
「えっと、俺は嬉しいけど…ユーリは良いのか?」
「ああ、構わないぜ」
ユーリも特に断る理由もないし、むしろここにいる口実ができたようなものだ。
承諾すると嬉しそうに笑顔を見せるルー。それを見たルークは面白くなさそうにしている。
一言二言言葉を交わし、ユーリとルーは稽古用の木刀を手にすると、向き合う。
お互いの実力は未知ということもあり、少しばかり緊張感が漂う。
「二人とも準備はいいかい?」
「ああ」
「うん」
「さっきも言ったけど技は禁止だからな!じゃあ、俺の合図で始めるぞ」
二人は各々木刀を構える。
そしてロイドは手で合図を送った。
真っ先に動いたのはルーだった。ダッと走り出し、一気にユーリに詰め寄り木刀を振り落とす。
剣筋を見極めながらユーリは木刀を横にし、受け止める。
だが、その一撃の重さにユーリは目を瞠る。ずっしりとした、まるで大剣を受け止めたのではないかと思うほどの衝撃。
「はぁっ!」
「!」
その後もルーは木刀を振りかざし、攻撃を続ける。剣術事態はルークと同じ、パワー系で大きな動きが多い型。だが、動きは驚くほど軽やかに見える。無駄のない動きで木刀を振るう姿はまるで剣舞でも踊っているよう。
最初こそは驚いて防御ばかりだったが、戦闘狂と周囲から言われることもあるユーリは、血が騒ぎ、少しずつ攻撃を繰り出し始める。
それに対してルーも集中した様子で受け止めたり受け流したりして攻撃を紡いでいく。
お互い引かず、徐々にヒートアップしていく剣さばきとそのハイレベルさに3人は思わず目が釘付けになる。
暫し木刀のぶつかり合う音が響いていたが、徐々に二人の息は上がってくる。
そんな中、ユーリの鋭い突きを避けようとしたルーであったが、ずるっと足を滑らせ体勢を崩してしまう。
もらった!とばかりに、ユーリは隙のできた方に攻撃を入れる。
完璧なタイミング攻撃に3人もそれを見てユーリの勝ちかと思った。
だが。
「「「「!!!?」」」」
ルーはその攻撃をなんなく木刀で受け止めてしまった。
それに対して放った方のユーリは驚き目を見開く。
それが一瞬の隙を作り、ルーはそれを見逃さなかった。
ルーの纏う空気が変わり、一心不乱に攻撃を仕掛ける。
そしてそれは、剣舞や対魔物用の動きではなく、対人間の実践的な動き。
騎士経験のあるユーリはそれに更に驚く。
普通の人間なら、貴族の人間なら絶対に習得しえない動きと剣筋。
なぜ、このルーがと思わず思考を巡らせてしまう。
その僅かな迷いに反応したルーは一気にユーリの懐に入り込み素早く木刀を振り上げ、ユーリの木刀を弾き飛ばす。
ユーリはその反動と自衛の条件反射で、素早く身を引き、地面に膝をつきながら着地した。
弾き飛ばされた木刀は二人の間にカランと音を立てて転がる。
はぁはぁとルーとユーリの息づかいだけが響くように、辺りが静まり返る。
「強ぇ…」
あまりのハイレベルさと、結果にルークは呆然とし自然と呟きが零れる。
ハッと我に返ったルーはユーリの元に駆け寄る。
「あの、大丈夫か?ケガは…」
「あ、ああ…大丈夫だ」
ユーリはルーを見ると先ほど纏っていた空気はなく、心底心配そうな表情を浮かべて顔を覗きこまれる。
即座に受け身をとったのが幸いだったのかケガはなかった。
「そっか、よかった」
ホッと安堵したようなルーから手を差し出される。
ユーリは差し出されたその手を取ってゆっくり立ち上がる。
その時、ユーリは気付いた。
初めて手を取ったときは右手だったが、今握っている手は左手。
その手は自分のものよりも小さかったが、その手のひらには手袋の上からでもわかるほどの剣ダコが作られていた。それは一つ二つどころではない。相当な努力が作った証だ。
思わずそちらに気を取られ、じっと手を見つめる。
握られたままのルーは不思議そうに首を傾げる。
「…?ユーリ?」
ハッと我に返りルーを見ると、その表情にはどうしたのかと書いてある。
分かりやすすぎるルーに思わず笑ってしまう。
「…いや、お前がすげー努力してきたんだなって、その手みて思っただけだ」
素直に感じたことを伝えるとルーは目を瞬かせた。
そして悲しみ気にも見える笑みを浮かべる。
「必死、だったから…な」
ぽつりと呟かれた言葉。
それにユーリの心はざわつく。
「でも、そう言って貰えてうれしいよ」
にっこりと笑うルーに、ユーリは返す言葉を探したが見つからなかった。
そしていつの間にか、ルーの周りにわらわらとロイド達があつまってくる。
興奮状態の3人に対してルーは戸惑っていたが、徐々に子供のような笑みを浮かべる。
見事な剣さばきを見せるルー。
悲しげでどこか影を落とすルー。
無邪気に笑うルー。
どれもが同じルーだ。
同じはずなのだ。
けれど…。
考えれば考えるほど、もっと、ルーのことを知りたくなる。
いつものほっとけない病だと思っていた。
だが、それ以上のものが自分に芽生え始めている。
ああ、もう引き返せないと、ユーリは思った。
続く