第15話
「…暇」
ルークは軽く欠伸をしながらバンエルティア号をふらふらと歩いていた。
今日はルーとロイドが一緒のクエストに行っており、クレスもギルドの買い出しで不在。
完全に暇を持て余していたルークは特に目的もなくダラダラと歩き回っていた。
そんな中、ふと視界に入ってきたものにルークは歩みを止める。
それは見覚えのあり過ぎる、自分の弟であるアッシュの姿。
…なんでいんだ?あいつ。
確か今日はルー達と一緒にクエストに行っていて、帰りは遅くなるはずだとジェイドから言われたのは今朝の事だ。
近くの窓から外を見てもまだ陽は高く、青空が広がっていて夕方でもない。
本来ではここにいるはずのない人物がいることに首を傾げていると、そのアッシュは僅かに俯きながらこちらへ足早に向かってくる。
まるで何かから逃げているようにも見えるアッシュの姿にルークは眉を寄せる。
「おい、アッシュ」
「!」
ルークの呼びかけにハッとしたアッシュは顔を上げる。
そしてルークの存在を認識するなり、顔を引きつらせてバッと顔を逸らした。
あからさまなそれにルークはカチンとくる。なんだこいつ!
文句を言ってやろうとしたルークだったが、よくよく見るとその顔は青いような赤いようななんとも複雑な顔を浮かべていた。
「…お前、なんか変だぞ」
「………………そんなこと、ねぇ」
「いやあんだろ。」
なんだよその間は。ありますって言ってるようなもんだろ。
若干呆れたような表情を浮かべながらルークは先程からの疑問をぶつける。
「つーか、ルーと一緒だったんじゃねぇのかよ」
なんでこんなとこにいんだよと続けようとしたルークだったが、その前にアッシュは“ルー”という単語を聞くなりびくっと体を震わせる。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
目を伏せ黙り込んでしまったアッシュ。
ルークはますます眉を寄せる。
まさかルーに何かあったのか?
ルークはアッシュを問い詰めようとするが、それよりも先にアッシュはぼそりと呟く。
「……悪かったと、思ってる」
「は?」
あまりにも小さい声だったので聞き取れず、首を傾げるルークだったが、ふと見えた光景にぎょっとする。
そこには驚くほど顔を真っ赤にしているアッシュがいて、湯気でも出るんじゃないかと思うほどの赤さだ。
そのアッシュはそのまま逃げるようにすたすたと足早にその場を後にする。
緊迫感はないが今まで見たことのないアッシュの姿にルークはポカンとしながら、その後姿を見る。
「…なんだ?あいつ」
呆然としていたルークだったが、ふと耳に入ってきた音にぴくりと反応する。
それは背後の方から物凄い速さでこちらに向かってくる誰かの足音。
なんだろうとそちらの方に振り向こうとした、その時だった。
「ルークウウウウウウ!!!!」
「うおっ!?な、なんだぁ!?」
叫び声と共にルークの腰辺りに向かって何かが突進し、その衝撃を受けたルークは前のめりになるが、体が倒れる前になんとか踏ん張ることができた。
ルークは驚きつつも反射的に背後を振り返ると、そこにあったものを見るなり目を大きく見開く。
「っ!?」
「ルーク!助けてくれ…っ!!」
そこには、朱く短い髪に翡翠色の大きな瞳の可愛らしい美少女がいた。
その美少女は目に涙を溜め、必死の形相でルークの服をぎゅっと掴んでいる。
自分より10cm程背も低いようで、自然と上目遣いに見つめられる。
その破壊力にルークは顔を真っ赤にした。
だが、この特徴的な髪と目は…。
「な、おま、まさか、ルーか!?」
ルークは思ったままにそれを口にすると、その美少女ことルーはこくこくと何度も頷く。
その返答を受けたルークはただただ驚き、唖然とする。
ルーは男だ。男のはずだ。けれど今目の前にいるのはどこからどう見ても女で。
よくよく見るとルーが身に着けているのはいつもの服ではなく、コレットの服。
一体何が…。
あまりの衝撃に固まってしまったルークだったが、一方でルーはと言えば、ちらちら背後を気にしながら更にルークに密着させる。
それにハッと我に返ったルークは、狼狽しつつも疑問をぶつける。
「~っ!つーかなんでお前女になってんだよ!一体何があったんだ!?」
「じ、実は…」
少し言いづらそうに目を泳がせ眉を下げながら、ルーは話し始めた。
***
「アッシュ!!」
突如現れた大きな植物は、意志をもっているようでアッシュ目がけて襲いかかる。
それに反応が遅れたアッシュは次に来る衝撃に身構えた。
だが、それよりも早くルーは動き、その植物目がけて自分の剣を突き立てた。
すると植物はその攻撃の衝撃に悶えるように大きく体を動かし、ツタを激しく操りルーを攻撃し始める。
いろんな方向からくるそれをルーは条件反射のように切り落としていく。
が、途中その切り落としたツタを踏んでしまい、足場を崩したルーは近くにあった池に勢いよく転落した。
「うわっ!!」
「っ!ルー!」
アッシュはすぐさまルーの方へ駆け寄る。
その間に詠唱を終えたジェイドのメテオスウォームで植物達を倒した。
池に転落したルーは僅かにキラキラ光る水の中へと沈んでいく。
その時、突然の衝撃と息苦しさに、その水を僅かに飲みこむ。
幸いにも水深はそこまで深くはなく、ルーはすぐに水面に顔を出した。
「ぷはっ!」
「手を取れ!」
アッシュは手を差し出し、ルーがそれを手に取るとぐいっと引き上げる。
なんとか池から地上に上がったルーは、その場で手をつきげほげほ咽返しながら飲んでしまった水を吐き出す。
「おい、だいじょ…」
「げほげほ…っ…はー…びっくりした…アッシュ、大丈…、ん?アッシュ?」
ルーは顔を上げアッシュを見ると、アッシュは目を見開いた状態で固まっていた。
その目はまるで信じられないものを見ているような様子で、ルーは首を傾げる。
すると、駆け寄ってきたジェイドは僅かに目を瞠ったが、すぐに感心したような表情を浮かべる。
「おやおや」
「…??二人ともどうしたんだ?」
二人の反応に疑問符を浮かべていたルーだったが、ふと違和感を感じる。
ん…?なんか声の調子がいつもと違うような…
普段自分の声など気にしないが、なんとなくいつもと違うような気がして首を傾げる。
すると、離れた所に落ちていた道具袋から出てきたミュウがぴょんぴょん跳ねながら興奮した様子で目を輝かせている。
「みゅー!ご主人様!女の子になってるですのー!」
・・・・・。
「・・・・・・・・・・は?」
今なんて言った。
俺の耳がおかしくなければ…。
いや、もしかしたらさっきので耳がおかしくなっているのかもしれない。
だが、ふと視線をずらすと未だ固まった状態で自分を凝視しているアッシュと、いつも以上に喰えない笑みを浮かべているジェイドがいて、二人とも何も言ってこない。
ルーは背中に冷や汗が流れるのを感じる。
いやいやそんなわけは…。
「・・・・・・・・・・。」
ルーは恐る恐る自分の体を見る。
そこにはあるはずのない二つのふっくらした山が目に入る。
「~~~~~~~~っつ!!!!????」
声にならない悲鳴を上げる。
なんだこれ!!!こんなもんさっきまでなかったぞ!!
そうだ、これは幻…。幻…!
そう自分に言い聞かせながらその山に手を持っていくと、そこにはふっくらした胸が確かにあり、ルーは再び声にならない悲鳴を上げる。
そんな中、一人楽しそうにその様子をみていたジェイドは池の方に歩み寄り、その僅かにキラキラと光る水を持っていた瓶に汲み取って眺める。
「こんなところで湧き出ていたんですね。」
ジェイドの発言にルーとアッシュはバッと顔を向ける。
「!!?ジェイド知ってんのか!?」
「はい。あなたのそれは恐らく…というよりは十中八九この水が原因です。さきほどここに落ちたときにこの水を飲んでしまったのではないですか?」
「う、うん、少し…」
「なぜそれが原因だと言い切れる」
怪訝そうな顔で問うアッシュにジェイドは淡々とした様子で答える。
「以前、知り合いの馬鹿にこの水を盛られそうになったことがあったので、よく覚えています。」
それを聞いたルーはジェイドに盛ろうとする強者がいることに地味に驚く。
「…飲んだのか?」
「いえ、もう一人鼻たれの馬鹿がいたのでそちらに飲ませました。その時も今と同じように男だったのが女性になっていました。愉快でしたよ」
そこまで聞いたアッシュは、それらが恐らくピオニーとディストのことだとを悟り、何やってんだこいつらと呆れたような何とも言い難い顔をする。
ルーはさーっと顔を青ざめさせ、立ち上がるとパニック状態でジェイドの腕を掴み体を揺らす。
「どどどどうしよう!!!?これ治るのか!?」
「そうですねぇ、成分的に命には影響ないと思いますが、効果は地味に消えず続いたはずです。まぁ1年くらいすれば元に戻ると思いますよ。」
「1年っ!!???」
想像以上に長いその期間にルーは強い衝撃を受け、その顔は絶望の色に染まる。
そんなルーを前に今回の件について自分の落ち度を感じているアッシュはなんと声を掛けていいか分からず、ぐっと口を紡ぐ。
静まり返る二人。
「解毒剤のようなものなら以前作ったことがありますよ。」
「「!!」」
「あの馬鹿があまりにも煩かったので仕方なく。ですが、効果はちゃんと消えて元通りになったのは実証していますから、大丈夫でしょう。」
「ほ、本当か!?」
「ええ、ただ材料を取り寄せて生成するのに1~2週間程度はかかると思いますが」
「1年より断然そっちの方がいいよ!頼むジェイド!それ作ってくれーっ!!!」
必死の形相でジェイドの服を掴み縋るようにじたばたと体全体を使って懇願するルーに、ジェイドはおやおやと笑みを浮かべる。
「それは構いませんが…とりあえず今はあまり暴れない方がいいと思いますよ。」
「へ?」
「今のあなた…服のサイズあってませんから」
ジェイドが言い終えた瞬間、ずるっとルーのズボンと下着が脱げ落ち、下半身だけ生まれたばかりの姿になったルーを三人はばっちりは見る。
「あ」
「っ!!!?」
「ぎゃーーーーーっっ!!!!!!!!」
その後、ルーの悲鳴を聞き、駆けつけてきたリフィル達に今回の事態を説明るなり、ひとまず比較的体型が近いコレットが持っていた替えの服を借り、クエストを中断して帰還したのだと。
そこまで聞いたルークは不憫そうな目でルーを見る。
「…お前のそのトラブル体質すげーな…」
「うう…」
ルークの言葉を受け、ずぅんと落ち込むルー。
だが、若干涙目のその姿は異様な可愛さで、庇護欲を煽る。
それを目の当たりにしているルークは顔を赤らめながら、視線を外す。
「そ、そういや、さっき助けてっていってなかったか?」
「そ、そうなんだ、実はっ」
ルークの問いにハッとしたルーは顔を上げ縋るようにルークに詰め寄る。
すると。
「ルー!」
突然呼ばれたルーはびくりと体を震わせると、どこからともなくエステルやティア達ギルドの女子が集まってくる。
その手には各々の服があり、目をらんらんと輝かせていた。
ルーはそれを見るなり顔を引きつらせて、ルークを盾にするように背後にまわり、ぎゅっとルークの服を掴み隠れる。
それを見てなんとなく察したルークは呆れた顔で女子達を見る。
「お前らな…ルーが嫌がってんだろ!?んなもん着せようとしてんじゃねぇ!」
庇う様に苦言をさすルークにルーは感動するが、女子達は変わらずジリジリと近付いてくる。
「ルークは見たくないんです?ルーの可愛い姿!」
メイド服もあります!と力強く言うエステルの言葉に、ルークは一瞬たじろぐ。
正直、見たいか見たくないかと言われたら見たいに決まってる。が。
ちらっとルーの方を見ると、上目でじっと必死に見つめてくるルーと目が合う。
それを見てルークはぐっと息を飲む。
見たい…けど…!
ぐらぐら揺らぐルークを見たティアはそれならばと提案する。
「それならルーク、あなたが変わりになってくれる?」
「はあ?」
「大佐がルーの飲んだ水を試料用として持ち帰ってきたらしいわ。」
それを聞いたルークは一瞬にして顔を強張らせる。
それは何か?俺もルーと同じ様に女になれって言ってんのか?
んな馬鹿なとルークは考えながらティアを見ると、目が本気だった。
これは確実に盛られる。
ぞっと自分の身に危険を感じたルークは、無言のまま背後にいたルーをそっと差し出す。
するとエステルとティア達は待ってましたとばかりに、ルーの両腕を片方ずつがっちりと掴む。
「え」
「…わりぃ」
「!?ルークの裏切り者――っ!!」
ずるずると引きずられ連行されるルーは半べそを掻きながら叫ぶ。
そんなルーの姿を見た、ルークは憐れむような目を向けながら、マジでごめんと呟いた。