第14話
早めに帰ると言ったユーリだったのだが、気付けば日も暮れ、空は星空が広がっていた。
それもこれも今回の同行者であるアーチェとチェスターが途中しょうもない些細なことで大喧嘩を勃発させ、それに対してマオが更に油をそそぎ、収拾がつかない程大騒ぎしたせいだ。
ユーリはそれを一喝し、やっとの思いで依頼物を依頼主に持っていけば、依頼主から食事の誘われた。
ユーリとしてはさっさと帰りたい一心ではっきりきっぱり断ったのだが、あの手この手で引き留められ、結果ユーリのイライラ度は増していくばかりだった。
これは流石にやばいと悟ったマオ達は先ほどの汚面返上とばかりに、達者な口で依頼主を言いくるめてなんとか帰還した。
バンエルティア号に到着し、報告を済ませるなりユーリは直ぐに部屋へと戻る。
流石にもう夜も遅いし、ルーの二日酔いも落ち着いているだろうと思ったが、それに反比例するようにぐんぐんと足速になる。
部屋の前に到着すると、もしかしたらもう眠っているかもしれないと思い立ち、ユーリはノックをせず静かに扉を開けると、部屋の中は薄暗かった。
だが、真っ先に目に入ったのは、窓辺に腰を掛け、外をぼんやり眺めているルーの姿。
月明りを受けたその姿はとても神秘的に見え、ユーリは声を掛けるのも忘れ、引き寄せられるように自然と歩みを進める。
その足音にルーはぴくりと反応するなり、ユーリの方を振り向く。
「!ユーリ、おかえり」
「ただいま。何見てたんだ?」
「何ってわけじゃないけど…俺、空眺めんの昔からの癖なんだ」
そう笑顔を浮かべるルーを見てユーリはどこか違和感を覚える。
「ルー、何かあったのか?」
そう思ったことをそのまま問うと、ルーは少し顔を強張らせた。
それに気づかないはずがないユーリは、ルーとの距離を詰め目線を合わせる。
「どうした?」
優しく問いかけてくるユーリに、ルーは僅かに息を飲む。
ルーはルークと別れたあといろいろと考えていたが、やはりどうにも脳裏を掠める昔の記憶からマイナス思考へと向かってしまっていた。
なんとか少しでも紛らわすように屋敷にいたときの癖で空を眺めていたのだが、ユーリにはすぐに気付かれてしまったようだ。
また心配をかけてしまった。
その事実にルーは申し訳ない気持ちになる。
だがそこでふとルークの言葉を思い出す。
そうだ、ここで俺がグダグダ考えても、逆に迷惑になる…。
ルーは意を決して、口を開く。
「…あのな、俺…ユーリに迷惑かけてるんじゃないかと思って…」
「は?迷惑?」
ルーから迷惑を受けた記憶など微塵にもないユーリにとってそのあまりにも唐突過ぎる話に、思わず首を傾げる。
一体何の事を言ってるんだろうと考えていると、ルーは俯きながら続ける。
「…今日だってクエストいかないといけないのに、俺が具合悪かったから…」
それを聞いて、ああなるほどとユーリは理解する。
「迷惑なわけないだろ。俺がしたいと思ってやってるだけだ、気にする必要ねぇよ。」
そう素直に思っていることを伝えたユーリだったが、ルーの顔は晴れない。
「でも、ユーリは優しいから…。俺馬鹿だから迷惑かけてるのも気付かないで、ユーリに甘えてる気がするんだ。それに、また知らない内に俺は…嫌な思いをさせるかもしれない…。」
ふと暗い影を落とすルーを見て、ユーリはローレライの話を思い出した。
ルーは以前仲間から見捨てられ、独りぼっちになってしまったことがあるのだと。
それからルーは人が変わったように、皆の為に仲間の為にと身を粉にしていたのだと。
そう淡々と話していたローレライは、どこか悲しげだった。
生まれてからずっといた鳥籠から突然追い出され、見たこともない未知の世界で唯一信じていた人を信じ、それは結果として最悪の形でルーを追い詰め、心に傷を負わせた。
心に負った傷はそう簡単に消えるものではない。
きっとルーは未だに恐れているのだ。
またいつか見捨てられ、一人になることを。
ユーリとしてはルーを見捨てることなど毛頭にもなく、ありえないことだと断言できるのだが、それを言ったところであまり変わることはないだろう。
言葉は時に有力であり、時に無力でもある。
ルーには言葉は勿論のこと、態度でも、体でも伝え続けなければ、その傷を癒すことはできない。
ユーリは手を伸ばし、ルーを引き寄せ抱きしめた。
突然の事にルーは目を見開く。
事態について行けず困惑していると、耳元でユーリが囁く。
「俺としては、もっと甘えて頼ってほしいって思うけどな」
「!」
全く想像していなかった言葉を聞き、バッと顔を上げる。
そこには変わらず優しい眼差しを向ける綺麗で芯の通った黒い瞳。
ルーは思わず息を飲み、見入っていると、ユーリはルーの額にキスを落とす。
流れるようなそれに、頭がついていかず、きょとんとした様子のルーにユーリは笑みを浮かべる。
「迷惑だって思ったらそん時はちゃんと言う。それならどうだ?」
ユーリからの提案に、ルーはハッと我に返り、そしてこくこくと頷く。
それを見たユーリはいつもの調子でルーの頭をポンポンと撫でると、ルーは子ども扱いされたと少しむくれたような表情を浮かべる。
どこまでも素直な反応を返すルーに、ユーリは笑みを深める。
「…先に言っとくが、俺はお前を子ども扱いなんてしねぇからな。」
「?ユーリ…?うわっ!?」
突然視界がぐらつき、ルーは咄嗟にユーリにしがみ付くとそのまま体が宙に浮く。
それがユーリに横抱きという名のお姫様抱っこをされている状態であることに、ルーは気付かず、ただ目をぱちくりさせる。
そんなルーをユーリは大切そうにベッドへと運ぶと、壊れ物を扱うような手つきでゆっくりと降ろし、その上に覆い被さった。
「…恋人扱いはするけどな」
「!!」
甘く低い声で告げられた言葉にルーはボッと顔を真っ赤にし、口をパクパクさせる。
その姿が可愛くて、愛おしくて、ユーリはその赤く震えている唇を自分のそれで塞いだ。
ルーは自分の存在がどれだけ人を惹きつけ、愛されているのか理解することができない。
それ程までに以前の記憶に囚われたまま、心の奥深くの傷に苦しんでいるのだろう。
それならば、その傷に気付く暇もないくらい、この愛おしい存在を愛し、愛を注ごう。
続く
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