第14話
「うう…頭がガンガンする…気持ち悪い…」
ルーはベッドの中で襲い来る頭痛と何とも言えない吐き気になすすべなく、ただ耐えていた。
事の発端は昨日の歓迎会だ。
ローレライの力によって一命を取り留めたルーはその時この世界に残ることが明らかになった。
そして、普段より忙しいギルドのメンバーが珍しく一堂に会したことも相まって、改めてルーの歓迎会が開かれた。
沢山の仲間たちと楽しいひと時を過ごしていたルーだったが、途中、スタンから貰った飲み物を飲んだ後、正直ほぼ記憶がない。
ルーが目を覚まし、気付いた時には既に自分の部屋にいて、すぐ傍にはユーリがいた。
そこでユーリからスタンが誤ってアルコール度数が異常に高い酒を皆に振舞ったのだということを知らされる。
そのスタンはと言えば、今頃被害を受けたメンバーの保護者達から厳しいお叱りを受けているという。
それを聞いたルーは苦笑いを浮かべながら、あの物凄い甘いのが酒なのかと、ぼんやり考えているとこれまでにない鈍い頭の痛みと吐き気に襲われた。
ユーリはそれを察するなり用意していた水と二日酔いに効く薬をルーに飲ませる。
とはいえ、それがすぐに効くはずもなく、ユーリはルーの背中を摩ったり、汗を拭いたり、適度に水を飲ませるなど、傍に寄り添った。
そうこうしているうちに少しずつだが落ち着き始めたルーに、食事を取りに行ってくるとユーリは部屋を出て行ったのはつい先程だ。
至れり尽くせり過ぎるユーリの対応にルーは嬉しくも、完全にユーリのお荷物な状態の自分に対して落ち込む。
けれどユーリに触れられていた所を意識するとなんとも言えない気恥ずかしさと熱を感じ、同時にそれに寄り添っていたいとも思ってしまうのだ。
だが、それが結果としてユーリに迷惑をかけてしまっているのであれば話は別だ。
もしユーリの負担になってしまっていたらどうしよう。
いや、もう既に充分な程の負担になっている可能性の方が高い。
頭痛と吐き気を前にいつも以上にネガティブな考えに陥ってくルーはベッドの中で丸く蹲っていると、コンコンと部屋にノックの音が響く。
布団から顔を出し、返事をすると扉が開く。
「ルー、大丈夫か~…?」
「スタン…?」
そこにいたのはスタンだ。
だが、いつもの元気さはなく、若干よぼついていた。
どうしたんだろうとルーはゆっくりと体を起こしスタンの方に体を向けると、途端スタンが土下座する。
「え!?」
「ごめんルー!!」
突然の事にぽかんとしていたルーだったが、スタンの言葉を頭の中で反復させると、ああ!っと気付く。
「だ、大丈夫だから、スタン顔上げ…」
「本当っマジでごめん!俺全然気づかなくてっ!!!!」
「う、うん、あれは偶々運が悪かっただけで、ワザとじゃないのはわかってるよ」
「ほ、本当か…っ?怒ってないか!?」
「うん」
だからそんなに謝らなくてもと言うルーにスタンはバッと顔を上げる。
その顔は完全に半べそ状態で、一体どんな目にあってきたんだろうと思いつつ、怖くて聞けなかった。
一方で他の面々からは鉄槌を受け続けたスタンは、ルーの神様のような言葉に感動を覚える。
そしてその衝動のまま、バッと立ち上がるなり、ルーの所まで一気に間を詰めた。
そのあまりの俊敏さにルーは目を瞬かせる。
スタンは先ほどとは打って変わってルーの手を取り、キラッキラした目を向ける。
「ルー!ありが…いだっ!!」
「調子に乗んな」
「!ユーリ!?」
いつの間に戻ってきたユーリに、髪を思いっきり引っ張られたスタンは悶絶しながらその場に蹲る。
目をぱちぱちとさせながら驚いているルーに、ユーリは何事もなかったように近づく。
「何もされてないな?」
「へ?あ、う、うん…」
むしろ今はスタンの方が大変な状態なのではないだろうか。
未だ頭を押さえてプルプルしているスタンに心配の念を送っていると、ユーリは持ってきた食事をベッドのサイドテーブルに置き、顔を覗き込む。
「ルー、具合はどうだ?食べられそうか?」
「うん、さっきよりは大分いいよ。ごめんな、ユーリ、いろいろ…」
「気にすることねぇよ」
優しく微笑みルーの頭を撫でるユーリ。
そんなユーリを見たスタンは自分のまいた種とはいえ、この扱いの差!と口には出せないが、心の中で叫んだ。
そんな中、スタンはふと頼まれていた伝言を思い出す。
「あ、そういえばユーリ、今日のクエスト行けそうかってアンジュが言ってたぞ?」
「あ?ああ、そろそろ行く」
なんてことないように話している二人の会話にルーは驚く。
「!ユーリ、もしかしてクエスト入ってたのか?」
「ん?ああ。つっても近場だけどな。」
「え、で、でも、もうお昼近いし、他の皆は…」
普段クエストを受ける時は難易度や条件にもよるが大半が早朝からの出発する。
夜になれば魔物も活動が活発になるし、視界もわるくなるからだ。
また、クエストは基本的に複数人で向かうことにしていることから、本来クエストを受けているユーリがここにいるということは、他のメンバーにも少なからず影響が出ているはずだ。
そんなルーの心配をよそに、ユーリは特にこれといって慌てる様子もなく、淡々とした様子で答える。
「先に行ってもらってる。俺は後で合流することも言ってあるし問題ねぇよ。それに俺は行かなくてもいいんじゃないかっていう依頼内容だったしな」
「へ~、じゃあ行かなくていいんじゃないか?」
スタンは思ったことをそのまま口に出すと、ユーリはうんざりした様子でため息をつく。
「そうしたいのは山々だが、クエストの依頼主に指名されてんだよ。」
「へー、あれか?お得意さんってやつ?」
「さあな。あんま覚えてねぇけど、そうなんじゃねぇか?名指しだったらしいから」
「そ、うなのか…。ごめん…俺がこんなんだから…」
面倒くさそうにしているユーリに対してルーは申し訳なさそうに俯く。
完全に仕事の邪魔をしていることを知り改めて落ち込む。
そんなルーを見るなりユーリはすぐさま否定した。
「大丈夫だよ、今からでも充分間に合うし。ルーが気にすることじゃねぇよ。」
「そうそう!」
「お前が言うなよ…」
うんうんと頷くスタンにこいつ本当に反省してんのかとユーリは呆れつつ、壁に立てかけていた自分の剣を手に取る。
「なるべく早めに切り上げてくる。もし何かあったらアニーのとこに行けよ?」
「う、うん…」
「じゃあいってくるわ」
「うん、いってらっしゃい、気をつけてな」
ルーの言葉を受けたユーリは笑顔を浮かべる。
そしてルーの頭を優しく撫でるなり、スタンの首根っこを掴む。
「え?」
「もう用事は済んだだろ」
「え、ちょっ!?ぐ、ぐる゛じ…っ!!!」
ユーリは問答無用でズルズルとスタンを引っ張って部屋を出ていく。
その間苦しそうにするスタンがルーに助けを求めようとしたが叶わず、そのまま扉の向こうに消えていった。
残されたルーはきょとんとした様子で暫く扉を見つめていた。