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第2話




元の世界に帰る方法を探すことは勿論容易なことではない。
原因分析や方法を導き出すためには、いくら天才と呼ばれる頭脳を持つ人間が複数いるとしても、それ相応に時間が必要となってくる。

ユーリ達はルークをアンジュに紹介することにした。行くあてのないルークには当面ここに居る方がよいからだ。勿論、ここにいるということはギルドに入ることになるということで。ギルドを知らないルークにギルドの仕事について説明するとそれに対してルークは快く快諾した。

「人助けにもなるなら俺もやりたい!俺でよければだけど」

なんとも謙虚な答えだった。

そんなルークをアンジュやロックス等のメンバーも歓迎した。
その後この船での決まり事や施設の説明などが始まり、ルークは真剣な面持ちで聞いていた。

「…こんなところかしら。」
「うん、わかった」
「何かわからないことがあったら聞いてね」
「うん、ありがとう」

笑顔で礼をのべるルークにアンジュ達も思わず笑顔になる。
別の世界のルークとこちらの世界のルークとのギャップ感はすごく感じたりもしたが。

運良くたまたま空き部屋があり、ルークはそこを使うことになった。
ある程度話が落ち着いたところで、ユーリはふと疑問に思った。

「そういや…お前も貴族なのか?」

思わず他のメンバーはバッとユーリに視線が集まる。
元より貴族嫌いのユーリ。
これまでの人生経験上、彼の中でどうしても許せない存在になってしまった『貴族』。
冷静で頼れる兄貴分と言われるが、貴族だということがわかるなり態度を一転させることもしばしばある。
一抹の不安がメンバーによぎる。

だが、当のユーリはといえば、比較的穏やか…というよりは興味本位なものだった。
この言葉に一切のトゲがないかといえば、肯定しにくいがこのギルドでの生活を過ごしていくうちに、以前よりは耐久性や慣れができていたのを感じていた。
ここはいい意味で皆が平等で、その中には貴族も存在する。最初は色眼鏡を掛けて見ていたこともあったが、それを恥ずかしく感じる程いい奴もいた。
今まで考えていた傲慢で身勝手な奴ばかりが貴族ではないと知ることができていたのが大きな要因だったのかもしれない。
それに、もしこのルークが貴族だとしても、これまでの様子や話を聞く限りはユーリ自身が嫌いとする貴族ではないだろうと思った。
単純にこちらのルークも貴族なのなら、他の世界のルークも同じなのだろうかというただの興味。
だから特に嫌味ではなくそれとなく聞いた質問だったのだが、それに対してルークは困ったような表情を浮かべる。

「…そう、かもしれないけど…。…元々、俺はそういうんじゃ、ないから」

歯切れの悪い回答と悲し気な笑みを向けられ、ユーリは眉を僅かに顰める。
それにすぐさま気付いたルークは申し訳なさそうに微笑みを見せるだけだ。


「違うんです?」

首を傾げながら問うエステルにルークはただ微笑みを浮かべるだけで返事は返さない。
ユーリにはその微笑みに何か影があるように見えた。
先ほどの話といい、このルークは一体何を抱え込んでいるのだろうかと思う。自分の中でジワリと広がるものを感じ、ああこれは持病である「ほっとけない病」が発病したのかと他人事のように考えていた。

なんと言葉を返そうか思慮していたとき、にぎやかな足音が聞こえてきた。
そちらの方へ目を向けると扉が開く。



「あ!こんなところにいたのか!探したぞルーク!」

そこにいたのはロイドとクレス。どうやらこちらの世界のルークを探していたようだ。

「…へ?」
「ル、ルークが…二人…?」

笑顔を浮かべて部屋に入ってきた二人だったが、短髪のルークを見るなり表情は一転し、目をぱちくりさせる。
二人を見るなりキョトンとしていた短髪のルークに代わって長髪のルークが髪をがしがし掻きながら、面倒くさそうに説明し始める。

所々端折りながらの説明だったが、このルークが異世界からきたということやギルドのメンバーになったなど要点は掴んだものだった。
それを二人は疑うことなくすぐに信じ納得したようだった。

「じゃあ君もルークなんだね」
「あ、う、うん」
「はじめまして、僕はクレス・アルベイン、よろしく」
「俺はロイド・アーヴィング!よろしくな!」
「よ、よろしく」

お人よしの代表格な二人は人の良さそうな笑顔を浮かべ、ルークに手を差し出し握手を交わす。

「なんかルークそっくりだな~と思ったけど、なんかちょっと違うよな。髪型か?」
「でもルークはルークだし、こっちのルークと違うところも多いんじゃないかな」
「そうだよな、ルークって言っても、こっちのルークとそっちのルークじゃ違うよな」
「そうそう、同じ名前の人は結構いるしね、あ、でもルークは異世界のルークのなんだよね」
「あー、そっか。んじゃあルークはルークだけどルークじゃなくて、あ、いやルークはルークか?」
「だーっ!ルークルークってどっちの事言ってんのかわかんぬぇーつーの!!」
「え、えっと…」

ルークという単語が飛び交い、会話が会話にならなくなってきた。一体どちらのルークのことを話していて、どちらに同意を求めているのか。
もしかしたらどちらに対してかもしれないが、混乱をするには充分だ。
髪をガシガシ掻きながら地団駄を踏む長髪のルークと困惑気味の短髪ルーク。
謎な会話を聞き若干呆れつつ、本当に別人のようだなと赤毛たちを見ながらユーリは考えていると、そうだとクリスはきり出す。

「ルークは確かにルークなんだろうけど、呼び名が“ルーク”だとこっちの世界のルークと呼び名が被ってしまうから、呼び方は変えた方がよさそうだね。どうだろう?」
「へ?」
「それいいな!ん~、ルークの愛称ってルカだけど、ルカはもういるしなー…。」
「そうだね…うーん、何がいいかな…。ルークは何かいい案ないかい?」

突然始まった呼び名決め。
うんうんと悩み始める二人をきょとんとした様子で短髪のルークは見ていると、長髪のルークはそのルークをじっと見据え、口を開いた。

「…ルーでいいんじゃね?」
「ルー?」

それは安直すぎないかとそれまで見守っていたユーリやガイ達は一瞬思った。が。

「お!それいいな!ルー!うん、いい名前だ!」
「そうだね、どうかな?」

ロイドとクレスはノリノリだった。
問われた短髪のルークは目をぱちぱちとさせる。そして、ルー…と噛みしめるように呟く。


「ルー…か…うん」

小さく頷きふわっと嬉しそうに微笑む。その笑顔はとても愛らしくも綺麗で、その場にいた皆は思わず見とれてしまう。
それに気づいていない短髪のルークはといえば、初めて自分だけの名前をもらったように感じ、嬉しさがこみあげてくる。レプリカでもない、被験者の名前でもない、自分だけの名前。きっと皆が当たり前に持っているはずのもの、けれど自分にはなかったもので欲しかったものだった。心の中でもう一度貰った名前を呟く。思わず顔が緩んでしまう。

「へへ、ありがとな」
「・・・・」

名前を考えてくれた3人に対して、お礼を言いつつ、にこにこと頬をほのかに赤らめた笑顔を見せる。
だが、3人は返事をすることもできず、顔を赤くして固まってしまった。
その様子を見て、短髪のルークことルーはこてんと首を傾げる。

「?どうしたんだ?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「そ、そうそう!!」

ハッと我に返ったクレスとロイドはなんでもないと繰り返す。
ルークはといえば、手で顔を隠しそっぽを向いているが、僅かに見える耳は赤みがかっていた。


不思議そうに3人を見つめてくるルーの視線に耐えきれなくなったのか、ロイドは話を変えることにした。

「そ、そういえば、ルーも剣を使うのか?」
「あ、うん」
「そうなんだね。僕らこれから剣の稽古をしようと思ってルークを探しにきたんだ。よければルーも一緒にどうかな?」
「へ?」

突然のお誘いにきょとんとするルー。剣の稽古は好きか嫌いかといえば好きだ。
自分が育ったあの鳥籠のような屋敷で唯一の楽しみだった。だが…。

「で、でも…」
「…なんだよ、何かあんならさっさと言えっつーの」
「あ、いや…その…剣の稽古、三人でやるつもりだったんだろ…?」
「ん?そうだけど、ルーなら大歓迎だ!な?」
「うん」
「え、でも…」
「もしかしてルーは剣の稽古嫌いだった?」
「い、いや、そういうんじゃなくて、どっちかっつーと好きだけど…」
「じゃあいいじゃん!皆でやろうぜ!」
「え、えっと、だからその…」
「「?」」
「…俺がいたら、その…迷惑じゃ…」
「~~~~~っ!いつまでもうじうじしてんじゃぬぇーっ!さっさと行くぞ!!」
「うわっ!?」

元々短気のルークはうじうじするルーにイライラが最高潮に達し、ルーの腕をガシッと掴み強引に引っ張り歩き出す。驚き困惑するルーはルークとクレス達を交互に見ながら引き摺られるように部屋を後にする。それを見ていたクレスとロイドはお互いの顔を見合わせ、頷くと笑顔でルーク達の後を追っていった。
一部始終をみていたユーリにエステルが慌てて駆け寄ってくる。

「ユーリ!ユーリはいいんです?」
「は?何が」
「このままではルーを取られてしまうかもしれません!こういうのは初めが肝心なんです。こんな所でぼーっとしていては遅れをとってしまうかもしれないです。」

早く追った方がいいと思いますと急かすエステルに、顔を顰める。
突然何を言い出すのだろうとユーリは思う。
取られるって、いったい何に。
そもそもあの少年は自分のものではない。
ましてや数刻前に会ったばかりだ。
確かに今自分の中になんだかもやっとしたものを感じてはいるが、それはいつものほっとけない病的なもの。だと思う。

「いや、意味わかんねぇから」
「え?もしかしてユーリ、気付いていないんです?」
「何のことだ」
「ユーリ、ルーのこと好きですよね?」
「・・・・・・・・・・は?」

直球で爆弾を投げつけてきたエステルに、今度こそユーリは固まった。
いまとんでもないことを言ってきたぞこのお姫様。
俺が、ルーを?好き?

「大丈夫です、こういうものに性別や期間は関係ありません。好きだと思ったならば行動起こすべきです。ルーはあの通りとても可愛らしいですし、優しい心をお持ちです。他の誰かに先を越されてしまうかもしれません!ユーリはそれでもいいんです!?」
「ちょ、待て待て待て!!」

ぐいぐいと説教めいた様子で詰め寄るエステルにユーリは我に返り、身を引く。

「ちょっと落ち着け。そもそも、なんで俺があいつのこと好きなんだってことになってる」
「ユーリを見ていればわかります。」

きっぱり言い切られ、ユーリは眉顰める。
答えになっていない。
見ていればわかるとはどういうことだ。


「ではユーリ、ルーがこのまま他の方とず~~~っと一緒にいるようになってしまってもいいんです?」

だからなんで俺がと、口にしようとしたが、ふとエステルのいうことを頭の中で連想してしまった。あの花の咲いたような笑顔を誰だかわからない奴に向けている光景。
ずくりと自分の中に湧くなんとも言えない黒い靄のようなもの。
なんだろう、スゲーむかつく。

エステルを見るとニコニコと笑顔を向けていてなんとなく居た堪れなくなる。

「…はぁ、行けばいいんだろ」
「頑張ってください!」

なんとも納得しがたい気持ちを抱きつつ、それでも自然と速度を上げ足早にその場を後にする自分に思わずため息を漏らした。



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