第13話
バンエルティア号にあるルーの部屋。
その静かな部屋にちょきん、ちょきんと音が響いていたが、それがふと止まる。
「…はい、これでいいわ」
ティアは持っていたハサミを机の上に置き、自分の手鏡を取り出すとそれを椅子に座っているルーに渡す。
ルーは鏡を覗き込むと、先ほどまでの長髪からいつものヒヨコ髪に戻っていた。
「ありがとうティア!」
すっかり軽くなった頭に安堵し、笑顔で礼を述べるルーにティアは微笑みを返すが、その内心は可愛いものを作り上げたという達成感に満たされていた。
床に散らばった綺麗な朱髪をホウキで掃き、一ヵ所にまとめていたアニスはそれを見ながら、でもと続ける。
「折角綺麗な朱髪だったのに、なんか勿体ないな~」
「はは、なんか前にもガイに言われたなぁ。短くしてからはこっちの方が楽なんだ」
初めは自分を変えたいという思いで切った髪だったが、今ではむしろこの位の長さじゃないと落ち着かず、以前もティアに切ってもらったので、今回もティアに頼んだのだ。
目を輝かせながら切るティアがちょっと怖かったのは内緒だが。
「二人ともありがとな。あとは俺の方で片付けとくよ」
「そう?じゃあお願いするわ。」
「よろしくー!」
「うん」
ルーはアニスからホウキを受け取り、二人を見送る。
すると、その見送っていた方の方角からユーリがこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、ユーリ!」
ルーは元気よく手を振り声を掛けるとユーリはルーの姿を見るなり笑みを浮かべ、ルーの元へ足を運ぶ。
「丁度切り終わったところだったか。タイミング良いな」
「?どうかしたか?」
「今日からお前は俺と同じ部屋な」
「へ?」
「さっきアンジュ達と話して、これまでお前ひとり部屋だったけど、また何あるかわからないから誰かと同室にした方がいいって話になったんだよ。俺もひとり部屋だったし、
丁度いいかってことになった」
話を聞いたルーは驚きぽかんとした様子で、それにユーリは笑いながら顔を覗き込む。
「嫌だったか?」
ユーリの問いかけにハッとしたルーは首をぶんぶんと振る。
「!い、嫌じゃない!でも、ユーリ良いのか…?」
恐る恐る聞いてくるルーに目を瞬かせたユーリだったが、すぐにその意味に気付くと小さくため息をつき、ルーのおでこに軽くデコピンする。
「いだっ!」
「良いに決まってるだろ。何度も言ってるが、俺はお前の傍にいたいんだよ。」
まっすぐに告げられるユーリの言葉を受け、ルーはおでこを押さえながら顔をみるみる赤く染めていく。
その姿が可愛くて、ユーリの体は自然と動いた。
が、それを裂く勢いで水色のものが目の前を横切る。
「ご主人様―――――――っ!!!」
どこからともなくすっ飛んできたミュウは顔を真っ青にしながらルーの腕にしがみつく。
そうだった、こいつがいたんだった…。
内心落胆するユーリに気付くはずもなく、ルーは目をぱちぱちさせながらミュウを見る。
「え、ミュウ、一体どうし…」
「おやおや、逃げられてしまいましたね」
「!」
声のする方をみると、そこにはジェイドの姿があり、こちらへ歩み寄ってくる。
その姿を見るなりミュウはすぐさまルーの背後に隠れる。
…一体何をされたんだ…?
ルーとユーリは怪訝そうな目をジェイドへ向けると、それに対してジェイドは胡散臭そうな笑みを浮かべる。
「別にいじめてなんていませんよ。ちょっと毛を採取させてもらっただけです。」
「毛?」
「はい。もしよければ、そこにあるあなたのもいただいてよろしいですか?」
「え?」
ジェイドは床に纏められているルーの髪を指差す。
それに対してルーは不思議そうに首を傾げた。
「??別にいいけど…そんなの何に使うんだ?」
「髪の細胞を使って音素について調査したいと思っています。今回のように何が起こるかわかりませんから。何も知らないよりは、幾分知っておいた方が後に役に立つでしょう。」
「そっか…ありがとう、ジェイド」
「いえ、…それよりも音素については公の場では発言を控えるようにしてください。」
「??なんで?」
「この世界の中心はマナです。…ですが、星晶が減り、マナも枯渇する可能性がある今、それの次を探し始めている研究者たちもいます。元々私たちは音素というものを知らずにいたので良かったのかもしれませんが、音素の存在を知ってしまった以上、もしそれが外部に漏れだすと厄介なことになりかねません。」
「…音素の力を悪用する奴が現れるかもしれないってことか」
それまで静かに聞いていたユーリの真剣み帯びた声に、ジェイドは小さく頷く。
「残念ながら悪知恵を働かせる人もいますからね。そうなればルー、あなたの身に危険が及ぶことに繋がります。最悪な事態を回避するためにも守ってください。あと、ローレライの鍵については肌身離さず持っていてください。」
「うん、わかった」
素直に頷くルーを見たジェイドは、徐にしゃがみ床にあるルーの髪を一束手に取る。
「とりあえずこちらはいただいていきます。ルークの頭痛を治すのにも役に立ちそうです」
「!…ルーク、大丈夫かな…」
ルーは俯き不安げな表情を浮かべる。
ローレライがいなくなった後になって知ったが、ローレライが現れてからルークの体調はあまり優れないらしく、今は医務室で横になっているらしいのだ。
それを聞きすぐにルークの元に行こうとしたのだが、体調は落ち着き始めて丁度眠ったところだとティアに言われ、まだ会えていない。
「頭痛で体力が削られてる中、アッシュとじゃれ合って疲れただけですよ。」
「そう、なのか?」
「はい。それに今はガイとアッシュが付き添ってますから心配ないでしょう」
大丈夫だというジェイドの言葉に、僅かに安堵したルーはホッと胸を撫で下ろす。
「それならいいんだけど…」
「にしても、坊ちゃんとアッシュは仲悪かった気ぃしたけど、なんか意外だな」
あの二人の仲の悪さはこのギルドでも有名だ。
そのアッシュが今ルークの付き添いをしているという事実に、ユーリは少なからず驚ていた。
「恐らくアッシュはオールドラントのアッシュと自分を重ねてしまったのかもしれません。」
「え?」
「…どんなに願っても、オールドラントにいるアッシュの元に、あなたは帰ってきませんから。」
「……」
ジェイドの言葉を受けたルーは思いつめた顔で僅かに俯く。
「そんな顔をさせたいわけではないんです。むしろあなた方には感謝しているんですよ。」
「…?」
「失ってからでは遅いこともあると、学んだんです。そしてあなた方の存在を知り、あの子たちは自分たちの状況を客観的に見ることができたんだと思います。これは簡単に見えて、意外と難しいんですよ。…もしかしたら何か他にもあったのかもしれませんが」
視線をずらし何か考え込むジェイドにルーは首を傾げる。
それに気づいたジェイドはにっこりと笑顔を浮かべる。
「まぁ、結果としてあの二人の仲が改善するなら願ったり叶ったりです。私にとって、あの子たちはまだまだ世話のかかる子どもですから。では、失礼します。」
そう言い残すとジェイドはくるりと体の方向を変え、来た道を引き返していった。