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第12話



アッシュの身にまとっていた闘気は消え、緊迫していた空気が緩む。
だが、アッシュの顔は険しいままだ。

「…おい、あいつのいる世界は変なところじゃねえだろうな」

目を鋭くさせ、ぎろりとローレライを睨むアッシュ。
その視線は自分たちに向けられているような気分になり、ギルドの面々は気が引き締まる気分だ。
そして、自分の世界の神に剣先を向けたり、超振動で脅したり、睨みつけたりと、随分と肝の据わっているオールドラントのアッシュを凄いと思う。

「あいつは人だろうが魔物だろうが傷つけたくねぇと常に手加減するような甘ちゃんだからな。しかも誰の言うことでもいとも簡単に鵜呑みにして信じちまうほどの馬鹿だ。」

アッシュの馬鹿発言に、ルーはしょぼんと肩を落とす。
分かってはいるが改めて言われると凹むものは凹む。
だが。

「心配か?」
「…悪いか」

ローレライの問いかけに、アッシュは少し躊躇ったようにだったが、すぐにぼそりと呟かれた言葉にルーは驚く。

「ルークのいる世界は光り輝く者達が多く集う世界。そして音素が存在しない世界だ。」
「!音素が存在しないだと…?お前、あいつの体がどうなっているか知ってるはずだろう。音素のない世界であいつが生きていけるとでも思っているのか!」
「音素が存在する世界はこの世界のみ。…他の世界も同じく音素はないのだ。」
「…ちっ」

凄みのきいた舌打ちをしたアッシュだったが、目を伏せ暫し考え込む。
そして何か思いついたような表情を浮かべたアッシュは持っていたローレライの鍵を見るなり、それを地面に突き立てた。

「おい、これをあいつに渡せ。音素のない世界であいつは生きられないだろう。…なら、あいつに必要な音素を送ればいいだけの話だ」

思いがけないアッシュの提案にルーは大きく目を見開き、驚く。
アッシュはローレライの鍵を見ながら、冷静に話を続ける。

「これは音素を集結させ、宝珠は分散させる。お前がこれに向けて第七音素を流し込めば、あいつの体へ流すパイプにすることができるはずだ。…あいつのことだ、どうせどこへ行ってもまた無茶して第七音素を馬鹿みたいに使うはずだ。そうでなくても、あいつは屋敷にいる間、自分の音素のコントロールさえ教えられていなかったと聞いている。ようやく自分の中の力に気付きコントロールの訓練をし始めたのは旅に出てからだ。本来何年もかけてやる訓練を僅か数か月しかしていない。…恐らく何もしていなくとも微量ずつ流出し、お前が再構築した第七音素も使い果たすのは時間の問題だ。」

ローレライの鍵から視線をローレライへ戻し、睨みをきかせる。

「嫌とは言わせねぇ…てめぇがやったことだろ。俺があいつの面倒見れない分、てめぇが最後まで面倒見やがれ!」

アッシュから告げられた予想外の言葉にぽかんとするルー。
アッシュが…俺の面倒を…?
ユーリやルークに至っては顔をぴくりと引きつらせる。
これはもしかしなくても…

「お前は本当にルークが好きだな。最初から素直に「うるせぇ!!」」

ローレライの言葉を遮るように怒鳴りつけたアッシュだったが、その顔は真っ赤だ。
ルーは目を見開き驚く。
ずっとアッシュから嫌われていたと思っていたルーとしては寝耳に水だ。
アッシュは軽く咳払いをし、居住まいを正す。

「わかってんだろうな」
「…わかった、ルークの為だ。引き受けよう」

ローレライが言い終えると、ローレライの鍵は光を帯び、その場から消える。
それを見届けたアッシュはふと視線を逸らした後、真っ直ぐローレライを見る。

「…そいつを渡す時でいい、あいつに伝えてほしいことがある。」
「なんだ」

暫し沈黙するアッシュだったが、小さく、だがはっきりと言った。

「…『すまなかった』」

ルーは思わず呼吸を忘れる。
たった一言。
だが、そのたった一言の謝罪には多くのものが詰まっていて、ルーは溢れ出てくる涙で頬を濡らす。
いろんなことがあった中、ずっと自分を認めてもらいたかった一番の人に“自分”を認めてもらえたのだと。
改めて感じることができた。


「…わかった、必ず伝えよう」

ローレライの言葉を聞いたアッシュは僅かに肩の力を抜く。
すると徐々に映像が地上から離れ、アッシュを見下ろすようにして離れていく。
見守っているアッシュの姿が小さくなっていく、が、突然ぴたりと動きが止まる。
それに気づいたアッシュは眉を寄せる。
だが、すぐにぴくりと反応し、バッとある方向を見る。
すると映像もそちらの方へ向けられるとそこにいたのは、アッシュの方に走ってくるティア、ガイ、アニス、ナタリア、ジェイドの姿。
それを見たルーとライマ勢は目を丸くする。

「!…お前ら、つけてやがったか」

忌々しそうにアッシュが口を開くと、アニスはむっとした表情を浮かべる。

「もー!アッシュは一人でなんでも済ませようとしてさ!ルークの事心配してるのはアッシュだけじゃないんだからね!!」
「そうですわ、なぜ声を掛けてくださらなかったのです!?」

プンプンと怒り気味のナタリアに詰め寄られ、アッシュはぐっと口を噤む。

「まぁ、あなたがあれだけオールドラント中を駆け回ってルークのことを調べていれば、嫌でも私たちの耳に入りますよ。あなたならそれくらいわかるはずですが」
「アッシュってルークのことになると本当周り見えなくなるよね。ガイもだけど」
「ルーク…あいつ一人で大丈夫だろうか、やっぱり俺がついてないと…」

アニスの嫌味も今のガイには聞こえていないようで、ぶつぶつと呟く。
そんなガイにアニスはイタイものを見る目を向ける。

「子はいつか巣立つものです。それにガイ、今でも毎日“ルーク”と楽しくやってるではありませんか」
「それはブウサギの“ルーク”だ旦那!」
「おや、でも随分可愛がっているように見えましたが…毛並みなんて他のブウサギ達より随分と際立っていましたよ?」
「ルークの方が100倍可愛いに決まってるだろ!?まさかこんなに早くひとり立ちさせなきゃいけないなんて…」
「出た、ガイのルークバカ。もういい加減に子離れした方がいいと思うよ~。」
「ああ…手塩にかけて育てたあんなに可愛いルークがどこぞの馬の骨かわからない奴にとって喰われるかもしれないと考えると…」

ずぅんと暗くなり、この世の終わりのような表情を浮かべるガイに、皆呆れた顔を浮かべる。

「あーあ、だめだこりゃ」
「ですが、確かにルークは見た目こそは大人ですが、中身はまだ7歳児。時折抜けているところもありますし、心配ですわ…」
「それナタリアには言われたくないと思うよ~?」
「まぁ!それはどういうことですのアニス!?」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すアニス達に、イライラし始めるアッシュはこめかみを押さえる。

「…うっせぇ…!!あいつはどうやってこいつらを纏めてたんだ…っ」

唸るように呟くと、それを聞いていたアニス達はぴたりと話すのを止め、お互いの顔を見合わせる。

「ルークだし」
「ルークですもの」
「ルークだしな」
「ルークだもの」
「ルークですからねぇ」

見事に皆の言葉がハモる。

「アッシュだってルークに飼いならされてたじゃん」
「なっ!?どこがだ!!」

アニスの台詞に聞き捨てならないとアッシュは食い下がるが、アニスはそれに特に怯むことなく、「えー」と続ける。

「だって、アッシュっていっつも口開けばレプリカレプリカ言ってるし。ルークの前ではツンツンしてるのに、ルークが他の人と話していると直ぐ突っかかってくるし。」
「…そんなことね「で、ルークがいないってなるとすーぐ『レプリカどこ行った!』って不機嫌全開で探し始めるし。無駄に回線繋げてルークと話したがるし~」
「アニース、それを世ではツンデレっていうんですよ♪」
「誰がツンデレだ!!!」
「なるほど~!これが噂のツンデレ!勉強になりまーす☆」
「~っおい!こいつら黙らせろ!!」
「ああ、ルーク…」
「ガイ、みっともないですわよ。ティアも何か言って差し上げて」
「えぇ?!わ、私?えっと、その…ガイ、ルークはあなたのものではないのだから…」
「ぐっ!!」
「ティア、ティア、その通りだけど言っちゃダメだって。それ悪化させるだけだから」

再び騒がしくなるオールドラントの仲間達に、ルミナシアの面々はぽかんとした表情を浮かべる。

「…なんか、ルーの世界のあいつらすげーな…」

皆の気持ちを代弁するように呟いたユーリの言葉に、ルーは乾いた笑いを浮かべる。

「あはは…。…でも」
「ん?」
「…皆元気そうでよかった」

未だ騒いでいるアッシュ達を見ながら、本当に嬉しそうに微笑むルー。
その姿を見て、この子は大物だなとこの場にいた皆が思う。

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