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第11話


ギルドのメンバー全員が話を聞けるよう、一同はバンエルティア号の甲板の上に移動し、皆が揃ったところで、ルーの体を通してローレライは語り始めた。

オールドラントに存在する音素のこと。
世界を統治する三大勢力であるマルクト帝国、ローレライ教団、キムラスカ・ランバルディア王国のこと。
そして…

「オールドラントを最も支配していたものは預言だ」
「預言…?それって占いみたいなもの?」

ハロルドの問いにローレライは首を振る。

「預言は譜石に刻まれたオールドラントの星に詠まれた星の記憶。それは未来が詠まれたものであり、その確率は絶対とされ、人々はその預言で未来何が起こるかを前もって知ることができる。」
「!?」
「預言は一人一人に存在する。それ故、人々は己で考えることを止め、預言の通りに生きるようになる。それはどんな場所で育ち、どんな職に就くのか、どんな相手と生涯共にするのか。ありとあらゆる預言が用意されている…その日の食事さえもな」
「なんだ、それ…」

思わず零したルークの言葉にその場にいた皆が同じ心境だった。
どう考えたって異常だ。操り人形にされていると言っても過言ではない。
でもルーの世界ではそれが当たり前だったのだろう。

「人々は預言を崇高し、それは国さえも預言の思うままだ。」

『ND2002。栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅す。名をホドと称す。この後、季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう』

「それは…」
「これが預言。…キムラスカとマルクトはこの預言に則った」
「!則ったとは、それはどういうことですの!?」
「そのままの意味だ。人々は預言の通り戦争を起こした」
「他に理由はっ」
「ない。預言に詠まれた、だから戦争を起こした。そこに意味など存在しない。」

ナタリアの言葉にローレライは迷いなく言い切る。
その内容にその場にいた誰もが耳を疑う。

「では、その季節が一巡りした後、戦争は終わったと?」
「そう。預言に詠まれていたから。」
「…戦況によっては劣勢になったり優勢になったりするものです。もし優勢であったとしても?」
「どういう形であろうと関係ない。預言の通り二国は戦争を止めた」

ジェイドの言葉を肯定するシンと静まり返る。
あまりの異常さに言葉を失うしかなかった。

「それだけあの世界では預言が絶対だったのだ」
「…だった?」

ジェイドの鋭い視点にローレライは小さく頷く。

『ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ=ランバルディアを、新たな繁栄に導くだろう』

ローレライの口から出た預言に皆はっとする。
“赤い髪の男児”そして“聖なる焔の光”それはつまり。

「この預言も遥か昔、ユリアによって詠まれたもの。そして、その預言の通り聖なる焔の光がキムラスカの王族に誕生した。…その赤子の名を、“ルーク”と呼んだ。」
「…預言の通りって訳か」
「そう。だが、事態は変わる。ルークが生まれ10歳になった頃、ルークは栄光を掴む者によってある場所へ連れていかれた。その時、栄光を掴む者によって、ルークは禁忌の術を掛けられる。そして、ルークの完全同位体が“造られた“」
「完全同位体、を…?」
「その後、キムラスカから連れ出されたルークはローレライ教団に身を隠され、キムラスカにはその代わりに造られた子を戻した」

そこまで聞いてユーリはハッとする。

「!…まさか…っ」
「…ローレライ教団に身を寄せることになったルークはその後“アッシュ”と名乗り、造られた子は“ルーク”と呼ばれるようになった」

ルークとアッシュは目を見開き驚愕の色に染まる。
それに追い打ちをかけるようにローレライは続ける。



「ルークとアッシュは元は同じ…一人の“ルーク”だった。」

告げられた事実にその場にいた者達は驚愕の色に染まった。

「待って!完全同位体を造ったってどういうことよ!?」
「禁断の技術、【フォミクリー】は被験者…オリジナルとするものから、同じ器を作り上げる技術。そしてその造られたものを模造品、レプリカと人は読んだ。ルークは、“オリジナルのルーク”であるアッシュから造られたレプリカだ」

リタの問いに答えたローレライの言葉はとても衝撃的なものだった。
シンとその場が静まり返り、そして思い出すルーの言葉。

『ふ、双子の…弟…?アッシュが…?』
『そ、そういうわけじゃなくて…。…そうか、兄弟…か…。』
『…違うよ、俺とアッシュは…そんなんじゃ…。』

ユーリとルークはぎゅっと己の手を握りしめ、湧き上がる衝動にじっと耐える。

「…それは何かの目的のためですか?」

冷静に、だが僅かに険しいジェイドの問いかけに答えるようにローレライはすっと目を閉じる。

『ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。』

「!!」
「この預言の通りに行けば、ルークは死ぬことになる。…だが、栄光を掴む者は己の計画を成功させるために、私の力を持つ【ルーク】が必要だった。だから、預言用の【ルーク】を造ったのだ」
「ちょっと待て、じゃあルーは最初から」
「そう、預言成就の為、殺すつもりでルークを造ったのだ」

言い捨てられた言葉を受け、その場が静まり返る。
皆戸惑いを隠せないでいた。

「…その栄光を掴む者って誰だ」

ユーリは溢れ出る怒りを抑えるように、低い声でローレライを問う。
ローレライは暫し沈黙したが、ゆっくりと口を開く。

「【栄光を掴む者】、オールドラントの古代イスパニア語で【ヴァンデスデルカ】」

その言葉を聞いたライマの者達は驚愕し、目を見開く。
その名は、まさか。

「そう…お前だ、【栄光を掴む者】よ」

ローレライはヴァンを酷く冷たい目で見る。

「!!」
「そ、んな…っ」

ショックを隠し切れないルークはふらりとよろめく。
ガイとアッシュが咄嗟に支えるが、二人の顔にも困惑の色が隠せていない。
そして名指しされたヴァンも。

静まり返るその空間を裂くように、ローレライは目を閉じ、ゆっくりと語り始める。
ルーの歩んできた、聖なる焔の光の悲しい物語を。














ルーの体を借りたローレライの口から淡々と感情なく紡がれていく、ルーが歩み、経験してきた苦しみと悲しみ、そして憎しみの連鎖。
閉ざされた世界で唯一信頼していたものからの裏切り。
そして失ってしまった多くの命と仲間の信頼。
自分が生まれた理由、生きる理由を探しながら、それでも希望を捨てず世界の為に奔走した短すぎる生涯。
それは思わず耳を塞ぎたくなる、聖なる焔の光の物語。

ある者は涙を零し、ある者は怒りを露わにし、ある者は思いを馳せる。

「…これが、この子が歩んできた世界だ」

泣き崩れ、言葉を失っている者がいる中、ローレライは己に強い眼差しを向け続けるユーリに顔を向ける。

「…ルーがあんなに生きたいと願ってるのに、生きていることに苦しんでいるのか、なんでアッシュに還したいと言っていたのか、なんでヴァンを見て怯えてたのか…よくわかった」
「…この子の真実に触れ、お前の中の覚悟は変わったか」

ローレライの問いかけに、ユーリは不敵な笑みを浮かべる。
だが、その目にはこれまで以上に強い光を秘めていた。

「変わんねぇよ。ルーはルーだろ、レプリカだろうが何だろうが。あいつが背負わされてるものの重みも苦しみも、…俺たちの理解を超えているかもしれない。それでもそれをあいつ一人に負わせたままに絶対しねえ。俺はあいつの傍にいて、俺もそれを背負う。あいつが望まなかったとしても、それを変えるつもりはねえ。ルーはもう俺にとって、なくてはならない奴なんだよ。」
「ユーリだけではありません。私たちもルーの傍にいたい、助けたいんです。ルーは私たちにとって大切な仲間なんです」

ユーリとエステルの言葉に同調するように皆が同じ目でローレライを見る。
その思いを一身に受けたローレライは、一人一人の顔を見た後、とても穏やかで優しげな笑みを浮かべた。
そして目を閉じ空を仰ぐように顔を上に向けると、ルーの頭上に大きな譜陣が浮かび上がる。

「!」

譜陣が光を帯び輝き出すとルーに纏っていたオレンジ色の光がその上に丸い玉のように集まっていく。
手のひらほどの大きさに玉が出来上がると、ルーの体から光が消え、そのままぐらりと体がよろめく。
それをいち早く気付いたユーリは駆け出し、倒れる寸前に受け止めた。

「ルー!大丈夫か!?」

ユーリが切羽詰まったように声を掛けると、ルーの指先がピクリと反応し、すっと目を覚ます。
そろそろと顔を上げられ見えるのは綺麗な翡翠色の瞳。

「…あ、れ…?ユーリ…?」

近くにあるユーリに気付いたルーは、ぼんやりと寝ぼけたようにユーリの名を呟く。
自分の腕の中にいるルーが自分の名を呼び、そしてしっかりここに存在している事にユーリは思わずルーを強く抱きしめた。

あたたかい…。

未だ覚醒しきっていない状態であったが、自分を包み込むその温もりにルーは身を委ね、擦り寄った。
そんな中、ふとルーの視界に入ったのは外の景色。

…外…?

そして視線を移動させると見えてきたのはギルドの皆の姿。
とても優し気な笑みを浮かべてこちらを見ている。

・・・・・??・・・・見、・・・・・・・っ!!!!????

ハッと我に返ったルーは、今自分が置かれた状態をすぐに察する。
皆の目の前でユーリに抱きしめられているということに。
そしてそれを見られているということに。
ボンっと音が聞こえてくるように一気に顔を真っ赤にさせる。

「えっ!えっ!なっ!!?えっ!!??」

なんだこの状況!!
突如忙しなくワタワタと慌てふためき始めるルーにユーリが思わず笑うと、ギルドの面々からも笑い声が聞こえてくる。
そんな中、ルークは再発した頭痛に耐えながら一際恨めしそうな視線を向けている。

「っくっそ…っあいつ、どさくさ紛れに…っ」
「ルーク、大丈夫か!?」
「ガイ…ああ…さっきよりは大分マシだ…、つーかそれよりもあいつをルーから離っ」
「…どうやらあれがルークの頭痛の原因のようですね。」


ルークの言葉を遮るように、ジェイドはルーの真上にいる光の塊を見る。
初め見た時よりも大分小さくなっている光の塊。
するとその塊はルーの目の前に移動する。

「!ローレライ…」

ユーリが腕の力を解くと、ルーはローレライの元へ歩み寄る。

「ルーク、私の愛し子よ。今お前に私の第七音素を分け与え、定着させた。これで暫くは問題ないだろう。…だが、先も言ったが元々私はお前に十分な程の音素を与えていたはずなのだ。この世界に来て、お前はまた無茶をし過ぎているのではないか?」
「え、無茶なんて…」
「乖離も今に始まったことではないのだろう。体内の音素をみた限り、以前から乖離をしていたように見える」
「!…そうなのか?」
「そ、それは…」

ユーリからの問いに、ルーは俯き口ごもる。
それは肯定の証であり、ユーリは眉を顰めた。


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