第1話
程なくして、ユーリ達は短髪のルークをハロルドとリタの元へ連れて行き、これまでの経緯を伝える。
ハロルドは特に驚く様子はなく、いくつか短髪のルークに質問をする。そして受け答えの後、ハロルドから返ってきたのは…
「い、異世界…?」
「そうよ。恐らくあんたはこの世界とは違う世界、異世界から来た。そう考える方がいいわ。」
天才科学者のハロルドは躊躇うことなく、そう言い切った。
ルークは自分がいた世界、オールドラントでは当たり前にあった譜石や音素など話をしたが、ここにいるメンバーは首を傾げるだけだった。世間知らずの自分でさえ知っている言葉や物が通じないことに衝撃を受ける。それがわかりやすいほど顔に出ていたのか「あんた嘘つけないタイプでしょ」と呆れ顔でハロルドに突っ込まれてしまった。
また、その場にいたリタも先ほど何か強力な空間の歪みを感じ、調べている最中だったと話をつなぐ。
異世界。その衝撃的な事実に当のルークは言葉を失った。
全く考えもしなかったことだったから。
だが、それが本当ならばいろいろと合点がいくとも思った。
今自分の目の前にいる昔の自分の姿をした彼の存在に、そして今ここにある自分の存在に。
「そ、うか…だから…」
「だから、って何?何か思い当たることでもあるの?」
無意識に近い状態でぽつりと呟かれた言葉を様子を見ていたリタは聞き逃すことなく、ルークを問う。その場にいた皆の視線も自然に向けられるが、ルークは俯いていて表情を見ることはできなかった。
だが、その姿はとても弱弱しい。
「…お、れは、…消えるはずだった、から」
震える声で告げられた言葉に、その場にいた皆息を飲む。
今なんと言った?消える?消えるとは…とユーリは口を開こうとした。
だが、それよりも先に今にも泣きだしそうなエステルが口を開いた。
「消えるって…それは一体…」
それに対して目の前のルークは眉を下げて微笑む。それはあまりにも儚げで、悲しそうで。
暗に最悪な事を指しているように見え、嫌な胸騒ぎをユーリは覚える。
「それはどういう状態のこと?消えるっていったって色々あるでしょ」
何も答えないルークにリタは構わずに突っ込む。ルークは目を泳がせ、言葉を探す。
「…多分…死ぬことと同じ、かな」
実際はそれ以上かもしれない。乖離を起こして消える自分自身があの世界に残せるものはこれまで生きてきた記憶くらいしかない。
それを口にしなかったが、その場にいたメンバーには充分すぎるものだった。
途端にその場が静まり返り、沈んだ空気になる。それをすぐさま察したルークは、でも、と続ける。
「でも俺は後悔してないから。自分で決めたことだ」
「…自分で決めたって、それは自分で死ぬことを選んだってことか」
ユーリは感情を押し殺して問えば、それに対してルークは苦笑いを浮かべる。それは肯定を意味することに気付き、思わず眉を顰める。
するとこれまで黙っていたガイはルークに歩み寄る。
「なぁ、さっきの様子だとそっちの世界にも俺はいるんじゃないのか?」
「うん、いるよ。」
「どんな関係だったんだ」
「ガイは、ずっと俺を支えてくれた…俺の親友だ。」
「なら…なんでそれを止めなかった」
真剣な面持ちでガイにルークは少し驚いたように目を開き、そして眉を下げ微笑む。
「…ガイはとめてくれたよ、なんでお前ばっかりって。」
「じゃあっ!」
「でも、仕方なかったんだ」
「仕方なかったって…!」
「…世界を救うには、もうそうするしか、俺がなんとかしなきゃいけなかった。だから…」
「っふざけんな!!」
突然荒げた声をきき、一同はそちらの方を向く。そこにはわなわなと小刻みに体を震わせながら俯くこちらの世界の、長髪のルークがいた。
「なんでっ!意味わかんねぇよ!死ななきゃいけない理由なんてっんなのあっていいと思ってんのか!おかしいだろっ!」
自らの拳を固く握りしめ、顔を上げた長髪のルークは感情が高まっているためか、今にも泣きだしそうな表情でルークを睨みつける。突然のことに驚いた。だが…。
「…本当に、仕方なかったんだよ。…時間もなかったし…。いろんな人たちが協力してくれたし、考えてくれた。…だけど、もうそれしか方法がなかったんだ。だから、俺は…、俺がそれを選んだ。」
頭の中にこれまで協力してくれてきた人たち、仲間たちを思い出しながら、ルークは寂しそうに微笑んだ。
「だから、そんな顔しないでくれよ。…優しいんだな」
突然現れた異質なはずの自分に、自分の話を聞き信じて、そして顔を歪め泣きそうな目の前にいる別の世界の自分。人に心を砕いてくれるその優しさを感じた。
だから思ったことをそのまま伝える。するとこの世界のルークは目を見開き驚いた表情を浮かべ黙り込んでしまう。
そんな彼を見て、自分の気持ちを整理し口を開く。
「…本当に後悔はしていないんだ。そりゃあ、消えるのは…怖かったし、もっと生きたかったよ。もっとたくさんの事を知りたかったし、学びたかった。誰かの役に立ちたかった。みんなともっとずっと一緒にいたかった」
本当は死にたくなんてなかった。
本当は死ぬことが怖かった。
本当は生きたかった。
あの鳥籠の世界から初めて外に出て、そして初めて世界を感じて、自分の無知さを知って、人の暖かさを知った。
旅に出て初めてばかりで、毎日目まぐるしくて、大変だった。己の犯してしまった罪に向き合うことも…。それでも。
「…けど…それでも、それ以上に守りたいものがあったんだよ。」
「守りたい、もの…?」
「うん。それは今でも変わらないよ。だから、俺がそれを選んだことには後悔してない。本当だ。」
「……」
「それに…、…アッシュに、返したかったから、な」
ぽつりと呟かれたアッシュの名を聞いて、長髪のルークは僅かに目を見開く。
「アッシュ?あいつもそっちの世界にいるのか」
まぁありえない話じゃないなと思いつつ、ユーリが問うと短髪のルークは驚いた表情を見せる。
「!こっちにもアッシュはいるのか?」
「ああ、アッシュはルークの双子の弟で…」
「へ!?」
補てんするようにガイが答えるとそれに対して目を見開き驚く短髪のルーク。
その目はまるで信じられないものを見ているようで、ポカンと口を半開きにしている。
「ふ、双子の…弟…?アッシュが…?」
「?ああ」
弟を肯定するともう開いた口が塞がらないんじゃないかと思うほどその状態で固まってしまった。そして呆然とした様子でゆるゆると長髪のルークを見る。
「なっなんだよ!俺が兄っぽくねぇって言いたいのか!?」
「そ、そういうわけじゃなくて…。…そうか、兄弟…か…。」
周囲の人間のように馬鹿にされたのかと思い憤慨する長髪のルークだったが、短髪のルークはゆるゆると首を振る。
そして兄弟という言葉を噛みしめながら呟くが、その表情は何か思いつめたような、うらやましそうな複雑そうなもので、一同は首を傾げる。
「あんたとそっちのアッシュは兄弟じゃないのか?」
「…違うよ、俺とアッシュは…そんなんじゃ…。」
皆の疑問を代弁するようにユーリが問えば、ルークは少し俯きながら首を振り否定した。
だが、それ以上については口を開こうとしなかった。
思い詰めたような悲しげな姿を見て、これ以上聞いてはいけない、そんな気がした。
「で、これからあんたどうするの?」
暫し、沈黙が続いたが、それを打ち砕くようにハロルドは短髪のルークに話しかける。
それにきょとんとした表情を浮かべた後考え込む仕草をする。
その一つ一つの動作に幼さを感じらせた。だが、次の瞬間ふと顔を曇らせ、己の手のひらを見せる。
それは先ほどとは打って変わって大人らしくも見える。
そのアンバランス差にユーリや一部の人間には困惑をする。
一方でルークは今自分が置かれている状況に改めて不安を呼び戻していた。
ここに存在しているということは…
「また…失敗したのかな、俺…」
「?どうした?」
ぽつりと呟いたルークに問えば、首を軽く振り、なんでもないという。
「できれば戻りたい、けど…アッシュたちがどうなったのかが分かればそれでいいかな。」
もし、自分のしたことが成功したならば、もう居場所はないだろう。だが、それでもあの世界が、ローレライが、皆がどうなったのか知りたかった。そんな資格はないかもしれないが。
だが、そもそもどうやってここに来たのかもわからないのだから、戻る方法なんてわかるはずもない。
これからどうすると言われても、ルークにはどうすることもできなかった。だからどうするかという回答よりは、願望に近いものだった。
「それなら、私たちがあんたのいた世界に戻れる方法を見つけてあげるわよ」
「へ?」
至極当たり前のように淡々とした様子のハロルドに思わずぽかんとするルーク。
「そ、そんなことできるのか?」
「あんたがこっちの世界に来たんだから、向こうの世界に行くこともできるはずよ」
「それともなに?私たちにはできないとでも言いたいの?」
ぎろりとリタに睨まれ、ルークは首をぶんぶんを振る。
なんとなくこの二人を敵に回してはいけないと本能で察知した。
「そ、そんなんじゃなくて…でも…」
「なによ」
「えっと…その…迷惑じゃ…」
「じゃああんた一人でどうにかなるの?」
「う…それは…」
「もうっうだうだ言ってんじゃないわよ!ここは私たちに任せなさい!」
「「いいわね?」」
リタとハロルドの見事なコンビネーションの掛け合いと最後に二人同時に迫力のある念押しをされたルークは思わずこくこくと頷く。
その様子に僅かながら同情した男性陣はその様子を遠目からみていたが、次第にそわそわとし始めるルークに首を傾げる。
「なに?まだ何かあるの?」
「えっと…。」
「はっきり言いなさい」
「あ、うん…その…、…ありがとな」
まるで花の咲いたような笑顔をルークは二人に向ける。それを見たハロルド以外の皆はピシリと固まり、顔を赤らめた。それはもの凄い破壊力だった。
固まってしまった一同を見渡してハロルドは感嘆とした様子でルークを見る。
「あんた、すごいわね」
「へ?」
続く