第10話
真っ暗な海が目の前に広がる。
その海にはぐったりと、だがこちらに向かって手を伸ばし、助けを乞う小さいな子どもの姿。
ルーは必死にその手を取ろうと伸ばすが掴むことができず、徐々に真っ暗な海に沈んでいく。
そして言霊のように多数の声が聞こえてくる。
なんで私たちが死んで、お前が生き続けてる。
私たちは何もしていないのに。
レプリカのくせに。
人間もどきのくせに。
ナンデナンデナンデ。
ルーはその聞こえてくる声に、耳を塞ぐ。
だが、それは脳内に響き渡り消えることがない。
かたかたと震えていると、ルーの背後に気配を感じ、恐る恐る振り向くとそこにはあの時レムの塔にいた、犠牲になったレプリカ達の姿。
皆、目は虚ろだが、その目の奥には激しい憎悪があり、それは全てルーに向かっていた。
びくりと震えるルーを前に、レプリカ達は口々にルーを責め立てる。
なぜおまえはあの時逃げ出した。
私たちと同じ造り物なのに。
私達を犠牲にしてお前は助かった。
お前もあの時、死ぬはずだったじゃないか。
ウラギリモノ。
「っ!!」
ルーはハっと目を覚ます。
すぐに目に入ってきたのは自室の天井。
はぁはぁと息を切らし、徐に自分の胸ぐらを掴む。
心臓が壊れてしまうのではないかと思うほどバクバクと音を立てている。
「はぁ…はぁ…っ、…ゆ、めか…」
落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。
そしてびっしょりと汗を掻き、重く感じる体を起こす。
辺りはまだ夜明け前でまだ薄暗い。
その薄暗さにどうしようもない不安感を感じたが、ふと辺りを見渡すと頭上の辺りに寄り添うようにミュウが眠っていた。
その幸せそうに眠る姿を見て、僅かに力が抜けるのを感じた。
ルーはふと顔を上げ、ゆるゆると立ち上がり、窓へ近づく。
そこに広がる音符帯のない夜空。
…なんで、俺は…
「ご主人様、具合悪いですの…?」
「大丈夫だよ、ちょっと眩暈がするだけだから」
ルーを心配そうにのぞき込んでくるミュウに苦笑いを浮かべる。
あの夢をみてから一睡もできなかったせいだろうか、頭がぼんやりとし、軽いめまいを感じる。
それに加え、なんとなく体が重だるい。
寝不足なだけなのか、それとも風邪でも引いてしまったのか。
あまりいうことのきかない体調の悪さに、念のためアニーに診てもらおうかなと考えながら、ルーはミュウを肩に乗せ、廊下を歩いていた。
足が重い…。
ぼんやりとそんなことを考えていたとき、ルーは何もない場所で突然足が縺れ、その場で躓く。
「!」
ハッとして次に来るはずの衝撃に目をぐっと閉じ備える。
だが、次の瞬間ぱしっと音がしたかと思えば、特にその衝撃はなく、恐る恐る目を開くと、左右片方ずつの腕をユーリとルークが掴んでいた。
「間一髪だな、大丈夫か?」
「あっぶねー…って、お前顔色悪いぞ!?」
「ユーリ、ルーク…?」
どうやらユーリとルークに助けてもらったようだ。
二人の存在に気が付かなったことに、驚きつつ、みっともない所を見せてしまったとなんとも恥ずかしく感じる。
「ご、ごめん、助かったよ」
「そんなことより、お前また具合悪いんじゃないのかっ!?ふらふらしてたぞ!?」
「坊ちゃん落ち着け。」
ガッと食い気味にルーに迫るルークを、ユーリが制する。
それにイラッとしたルークは今度はユーリに食い下がる。
「ああ!?じゃあお前はルーが心配じゃねぇのかよ!?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ。…ルー、大丈夫か?」
至極心配そうに優しく問われ、ルーは申し訳ない気持ちでいっぱいなり、小さく頷く。
「ん、大丈夫。ちょっとめまいがするだけなんだ。それにこれから念のためにアニーに診てもらおうかなって思ってたところで…」
ルーが二人に状況を話している途中で、ふと視界に入ってきた青い服に目を奪われる。
そこには、ルーがアッシュ達と同様に会いたいなと思っていたジェイドがいた。
「!ジェイド!?」
「げっ!」
ルーは驚き目をぱちくりさせ、ルークはぎょっとした様子で思わず身を引く。
そんな二人に気付いたジェイドは、あの食えない笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「久しぶりの挨拶なのに随分ですねぇ、ルーク。」
「うっせーっ!!」
「それと…あなたですか、他の世界からきたルークというのは」
「え?俺のこと知ってんのか?」
「ええ、ガイからの報告に書いてありましたから。あのルーク様が他の世界のルークを随分気に入っ…」
「それ以上しゃべんじゃぬぇ!!!」
厭味ったらしく様づけで、しかもさりげなくカミングアウトしようとするジェイドをルークが阻止する。
そんなルークを面白そうに笑みを浮かべながら明らかに楽しんでいるジェイドに、ルークは唸りながら心の中でこの陰険鬼畜眼鏡と悪態をつく。
「ルーク、顔に出ていますよ。私は親切にあなたの気持ちを…」
「余計なお世話だっ!!」
つーか何こいつに変な報告入れてんだガイの奴!!
ジェイドはイライラMAXのルークから、自分を見つめてくるルーに視線を移す。
「私の顔に何か?」
「あ、いや…この世界のジェイドも俺の知ってるジェイドにそっくりだなぁ~と思ってさ。…いろいろ」
「そうですか。それは是非話を伺いたいところですね。それに…」
「みゅ?」
「この魔物が言葉を話す魔物ですか。」
「あ、ああ。ミュウっていうんだ」
「ミュウですの!」
「ふむ。なかなか興味深い研究ざいりょ…ああいえ、研究対象です」
こいつ今完全に材料って言おうとしなかったか!?つーか言ったな!
ミュウは自分の身の危険を感じ、急いでルーの陰に隠れるようにしがみつく。
「おやおや、警戒されてしまいましたね。大丈夫です、ちょ~っと液体を飲んでもらったり、透明なケースに入ってもらったり、台の上で寝ていてもらうだけなんで。死にはしませんよ、多分。」
「「全然大丈夫に聞こえねぇよ!!」」
ルーとルークは見事にはもる。
そんな二人の反応に明らかに楽しんでいるジェイドに、ユーリは小さく息をつく。
だがその時、ふと視界に入ったルーの腕が、一瞬透けて見えた。
ユーリは目を見開き、衝動的にその腕をつかむ。
「ルー!?今っ!!」
「!ユーリ?どうし…」
突然のことに驚くルーだったが、振り向き際にジェイドの背後に僅かに見えた影が目に入り、ドクりと心臓が鳴る。
それは高鳴るものではなく、恐怖に近いもの。
バクバクと心臓の音が早まっていく。
まさかまさかと思わず自分の胸を掴み、後ずさりをする。
「…ルー?」
ユーリは明らかに先程とは違うルーに気付き問いかけるが、ルーはそれに答えず顔を真っ青し、ある方向を見てカタカタと震え始める。
それにユーリとルークは眉を顰め、ルーの視線の先を追う。
そこには…
「!ヴァン師匠…」
そこにいたのはジェイドとともに長期で不在していたヴァン。
その姿を見たルークは名を呟くと、ルーはそれに反応するようにびくりと体を揺らす。
ヴァンはルーク達の存在に気付き、こちらへ近づいてくる。
ルーは尋常じゃないほどに体を震わせ、その表情にはこれまで見たことのない恐怖の色が浮かんでいる。
「おい、どうしたっ!?ルー!!」
「ぅ、ぁ…っ」
“愚かなレプリカルーク”
その単語が頭の中で木霊する
決して忘れることのないあのアグゼリュスの崩壊する光景が目の前に鮮明に広がる。
建物、大地、全てが崩れ落ちていく音と人の悲鳴、助けを求める声が全ての聴力を奪う。
たすけて、いたいよ、なにもわるいことしてないのに。
おかあさん、どこ、たすけて。
オマエサエイナケレバ!
「っ!!!」
ルーは顔を歪め、突然駆け出しその場から逃げ出す。
「!ルーっ!!」
ユーリはすぐにその後を追い、駆けだす。
突然のことに呆然と動けずにいたルークだったが、それまでルーの傍にいたはずのミュウがルークの足元に着地するなり、両手を広げてヴァンの前に立ち、いきなり火を噴いた。
それにその場にいた皆が驚く。
「ご主人様に近づかないで欲しいですの!これ以上ご主人様をいじめたら、ミュウが許さないですのっ!!」
「何…?」
ヴァンは眉を顰めながらもミュウを見る。
だが、その強い口調と眼差しからミュウが本気だというのがわかる。
ジェイドはそんなミュウを見た後、ルーが走り去っていった方を静かに見ていた。