第10話
部屋に朝日が差し込み、その眩しさに固く閉じられていたルーの瞼がゆっくり開かれる。
まだ半分夢の中にいるルーは、寝ぼけながらも無意識に近くにある温もりに擦り寄った。
あったかい…。
すると、その温もりは自分を引きよせ、包み込まれるような感覚を受ける。
そして、ひどく安心する香りがルーの鼻をかすめる。
それにぴくりと反応するなり、徐にゆっくりと顔を上げると、そこには優しく見つめてくる深い紫紺色の瞳があった。
「ルー、おはよう」
「…おはよう…」
・・・・・・・・・・・。
!!!!??
一気に覚醒したルーはバッと起き上がる。
「ゆゆゆゆユーリ!!?」
デジャヴだ!!前にもあったなこんなこと!!!
顔を真っ赤にして完全パニック状態のルーに、ユーリは吹きだし笑う。
「本当、お前面白いな。」
「え、え?!」
「昨晩のこと、覚えてないのか?」
ユーリの問いかけに、ルーはハタと止まる。
昨日の夜…。そうだ、昨日の夜はユーリが部屋に来たんだ。
そして帰るのかどうかを聞かれて、キ…。
「っっっ!!!」
ボンと顔を真っ赤にするルーに、ユーリは覚えてたかと内心安堵する。
「お前、あのまま寝落ちしたんだぞ」
「えっ!?」
こともあろうことか、ユーリから告白されてキスまでされてそのまま眠りこけたと!?
「あの空気の中よく眠れんなとも思ったけど、まぁルーらしいっちゃ、らしいな。お前、またちゃんと寝てなかったんだろ」
ユーリはなんてことないように話しているが、ルーはそれどころではない。
あまりの恥ずかしさに居た堪れない気持ちでいっぱいになる。
何やってんだ俺!!!
顔を真っ赤にしながら、頭を抱えるルーを見ながらユーリはふあっと欠伸をする。
それを見たルーはきょとりとする。
「ユーリ、もしかしてあんま寝てないのか…?」
「ん?そんなことねぇよ」
まぁいろいろ葛藤はあったけどと心の中で呟く。
本当はあのまま…とも考えたが、寝ながらもルーに引っ付いていたミュウの存在が邪魔をして手を出すことができなかったのだ。
今もルーの横で丸まって眠っているミュウを恨めしそうにユーリは一瞥しつつ、ゆっくりと起き上がる。
「…ま、忘れてないようだから、良しとするか」
「へ?」
「昨日言ったこと、本気だからな」
きっぱりと言い切るユーリに、ルーは目をパチパチさせた後、みるみるうちに顔を赤く染める。
ユーリはちらりと時計を見るなりベッドから出る。
「そろそろ行くわ、今日クエスト入ってんだよ。」
「!ご、ごめん!時間大丈夫か?!」
「大丈夫だよ。むしろ丁度いいタイミングだったから、気にすんな」
ユーリは軽く身を整え、自分の愛刀を装備する。
さて行くかと部屋を出ようとするユーリにルーは慌てて声を掛ける。
「あ、ユーリ!」
「ん?」
いそいそとベッドから降りたルーはぱたぱたとユーリに駆け寄る。
なんだろうと見ているとルーは笑顔を向ける。
「いってらっしゃい、気をつけてな」
笑顔で告げられた見送りの言葉に、ユーリは呆気にとられたが、自分の中でなんとも言えない温かくこそばゆい気持ちが広がるのを感じる。
普段一人でいるからか、こうして見送られることに慣れていないだけかもしれないが、それでも嬉しく感じるのはそれだけじゃないだろう。
反応のないユーリにルーは首を傾げていると、ふとユーリの手が頬に当てられる。
なんだろうと考える間もなく、そのまま引き寄せられ、キスをされた。
ルーは目を見開きながら固まる。
それを良いようにそのままぺろりと唇を舐められる。
流れるようにすっと顔を離したユーリと目が合う。
「いってくる」
そう言い残し、なんともいい笑顔を浮かべながらユーリは部屋を出て行った。
パタンとドアの閉まる音の後、しんと静まり返る。
ルーはただただ呆然とそのドアを目をまん丸くして見つめたままだ。
い、いま…
「みゅ~…ごしゅ」
「わーーーーーっ!!!!」
「みゅ!?」
顔を真っ赤にして大声を上げるルーに、ようやく起きたミュウはびくりと跳ね起きる。
「みゅ!みゅ!?ご主人様どうしたんですの!?」
「いいいいいいま!!!キっ!なめっ!!?」
完全にパニック状態のルーは先ほどのことが頭の中でぐるぐると回る。
あまりの気恥ずかしさで半泣き状態のルーに起きたばかりのミュウはただただ困惑していた。
*****
「…はぁ…」
ルークは憂鬱な気持ちで、いつもの稽古場に一人いた。
ヴァン師匠が帰ってくる
ティアから聞いたその報告に、嬉しいと思う気持ちと、不安な気持ちが同時起こっていた。
次の王になるのを見定めるためルークとアッシュは対峙し、その結果、どちらも不合格だと下された。
その際に感じたなんともいえない焦燥感と不安感。
それは未だに払拭できずにいた。
だが、ルーがこの世界に来てからというもの、毎日に変化が現れ、目まぐるしくも今までにない“楽しい”と思う気持ちで過ごすようになった。
それ故、これまで忘れていたその感覚を思い出すと同時になんとも言えない程の憂鬱な気持ちがルークの心を支配していた。
ヴァン師匠もきっと…。
無言のまま俯いていたルークだったが、ふと足音が近づいてくるのに気付き、びくりと反応する。
こんなところに一体誰が…?
ロイドやクレスが来たのだろうか。
だが二人はクエストで留守にすると言っていたはずだ。
ルークは重い腰を上げ、そろそろとその足音の方に向かうと、そこにはルーがいた。
「あ、ルーク!」
ルーはルークの姿を見るなり、笑顔でぱたぱたと近づいてくる。
想定外なルーの登場に、ルークは驚きすぐさま反応を返せずにいた。
それに対してルーは首を傾げる。
「ルーク?」
「お、おう。こんなとこで何してんだよ」
「あ、えっと、気分転換に体動かしたいな~と思って…。」
ほんのり頬を赤らめながら目を泳がすルーにルークは眉を寄せる。
じっと怪訝そうに見つめてるくる視線に慌ててルーは話を変える。
「そういえば、さっきガイ達がルークを探してたぞ?朝起きたらいなかったって。朝稽古でもしてたのか?」
「え、あ、ああ、まぁ…」
口ごもりながら返答するルークにルーはきょとんとした様子で見る。
「ルーク、何かあったのか?」
「な、なんでだよ」
「んー、なんかいつもと違うからさ。何か悩み事か?」
ルーの直球の問いかけにギクリとする。
そんなにわかりやすく出ているのだろうか。
無言になるルークを見て、ルーはもし…と続ける。
「俺でよかったら話聞くぞ!つってもあんまり役に立たないだろうと思うけど…少しは気が楽になるかもしれないし。」
ルークはルーの言葉に僅かに驚いたように目を瞬かせたが、真剣な表情のルーを見て、ルーにならいいかと小さく頷いた。
二人はそのままの足で稽古場に戻り、適当に腰を下ろす。
そして、暫し沈黙が続く。
何を話せばいいのかわからない。
自分の考えていることを人に話すのは苦手だ。
どこから何をと暫し考えたが、ちらりとルーの方を見ると、真っ直ぐに自分を見つめてくるルーの目と合う。
急かすわけでもなく、ただ自分の言葉に耳を傾けようとしているルーに、何か安堵し自然と緊張が解ける。
ルークはぽつりと話し始めた。
「…俺、こう見えても王位継承権第一位ってことになってんだ」
「?うん」
「…でもよ、それはあくまで俺がアッシュより少しだけ早く生まれたからに過ぎねぇんだ」
よくある世襲制に則って位が高い人間の中、一番早く生まれた自分が王位継承権第一位になった。
そしてその数分後にアッシュが生まれた。
幼い内はよかった、比べられることなどほとんどなく、皆から親しまれた。
だが、成長を追うごとに周囲は自分たちを評価し始め、扱い方も変わっていった。
「俺とあいつとじゃ、知識も考え方も剣術も…何もかも全然出来が違げえし、…本当はあいつの方が向いてるんだ」
分かってる。
幾度となく比較され、でもそれを覆すことが自分には出来なかった。
対抗心から全力でやってみても、アッシュに勝てた試しがない。
同じ血が流れているはずなのに、どうしようもない壁を感じるのだ。
なんでもできる弟のアッシュに何もできない兄の自分。
一国の主としてどちらを選びたいかなんて、誰だってわかる。
ゆっくり、そう自分の考えていることを言い終えたルークはふと顔に影を落とす。
だからヴァン師匠もきっと俺でなく、アッシュを選ぶんだろうな…。
静かに聞いていたルーは俯いているルークをじっと見つめ、そして口を開いた。
「俺はそんなことないと思う。」
ルーの言葉に、ルークはピクリと反応する。
ルーはゆっくりと語りかけるように続ける。
「俺からしたら、ルークはルークですごいし、アッシュはアッシュですごい。二人とも博識だし、決断力あるし…それにとても優しい。」
「優しい…?」
お世辞にも優しいとは思えない性格を自覚しているルークは怪訝そうにルーを見る。
だが、ルーは真っ直ぐにそして力強く頷く。
「俺がここに初めて来たときのこと覚えてるか?」
「ん?ああ…」
突然現れた自分そっくりなルーにあの時は大層驚いたと、当時の事を思い出す。
そういえばあの時も俺はルーに対していきなり怒鳴りつけてたな…。
ずぅんと暗くなり俯くルークにとは裏腹に、ルーは嬉しそうに当時を語る。
「あの時ルークは、『俺が死ぬはずだった、仕方なかったんだ』って言ったとき本気で怒ってくれた。いきなり現れたよくわかんない奴だったはずなのにさ。それってルークが優しいからだよ。」
ルーの思いもよらぬ言葉に、ルークは思わず顔を上げると、嬉しそうに笑顔を浮かべるルーと目が合う。
「どんな人が王様に相応しいとか、俺馬鹿だからよくわからないけど…、ルークなら大丈夫だよ。」
「…なんでそんなこと言えるんだよ」
よくわからないとむすっとした表情を浮かべるルークに、ルーはだってと続ける。
「アッシュの方がいいってルークは言うけど、それって国の皆にとってそっちの方がいいって、皆の事を思って、考えて出したルークの答えだろ?皆の事を考えない王様は、そんなこと考えねぇよ。」
むしろ自分の権力や肥やしを満たすためにしか動こうとしないだろう。
それが人を傷つけたり犠牲にすることになっても。
ルークはそういうことは絶対にしないと、今まで見てきたルーは思った。
それはきっと他の皆もそう思っているに違いない。
でなければ、口ではああだこうだいうティア達がルークへ送る優しい眼差しの説明がつかない。
一度仲間から見放された自分だからこそ、ルークが皆から大切に思われているのがわかる。
「ルークはルークだ。ティアもガイも、アッシュ達も、ロイド達や俺だって、ルークだから一緒にいるんだよ。」
「…そう、かな…」
「そうだよ。ルークと一緒にいれば、ルークがどんな人かわかるから。ああだこうだ言う人たちはルークを知らないだけなんだよ」
きっぱりと言い切ったルーにルークはぽかんとする。
「…でも、いつかルーク達の国、ライマだっけ?行ってみたいな。ルーク達が大切に思う国だ、きっといい国なんだろうな!」
にこにこと笑顔を浮かべるルーに、呆然としていたルークは小さく息を飲み、そして飛び切りの笑顔を見せる。
「…おう!スゲーいいところいっぱいあるんだぜ!ルーにはとっておきの場所に連れてってやる!」
「!うん、楽しみだ!」
わいわいと賑やかになる二人に少し離れた所から様子を伺っていたガイとティアはやれやれと、だが優しい笑みを浮かべた。