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第9話




突然現れたミュウの存在は、あっという間にバンエルティア号に広まり、艦内にいた仲間達がぞくぞくとルー達の元に集う。
あまりの大人数にルー達は場所を比較的広い食堂に変えることにした。
その移動の最中も、ルーにがっちりとしがみつくミュウに、ルーは苦笑いを浮かべつつもどこか嬉しそうだった。


「これが言葉を話す魔物ね、興味深いわ」

ルーの膝の上にちょこんと座っているミュウを興味深げに見始めるハロルド。
その目はどう研究材料にしてやろうかといっているようにぎらぎらしており、ルーは焦りながら少しミュウを隠す。

「えっと、ミュウが話せるのはこのソーサラーリングがあるからなんだ」
「ふ~ん、これがねぇ~」

ますます目を光らせるハロルドに、ルーは困っていると、それまで珍しく静かに様子を見ていたリタが口を開く。

「そのリングも確かに気になるけど…、ねぇあんた、どうやってここに来たの?きっと私たちが見つけた空間の歪みはあんたが原因だと思うのよ。ルーが来た時と同じ波形だったから」
「!そうだ、ミュウ、お前どうやってここに…」

皆の視線がミュウに集まる。ミュウはその視線を受け、キョロキョロと見渡すなりしゅんとする。

「みゅ、わからないですの…。」
「なんでもいいわ、思い出せることを話して」
「みゅ~…。みゅ!そういえば、ミュウ達の森にアッシュさんが来て…」
「!?アッシュが…っ?!」

突然大きな声を上げたルーに驚いた皆が視線を向ける。
ルーはバッとミュウを抱き上げ、自分と目線が合うように向かい合わせにする。

「森に来たってことは…アッシュは生きてるのかっ?!」

必死の形相で縋りつくように問うルーの言葉に、その場にいる皆が反応する。
それは、元気にしているかどうかではなく、生きているかどうかという、重みのまるで違う問いかけだ。
一方でその問いにミュウはみゅ!と居住まいを正し、きりっとした面持ちで垂直に片手を上げる。

「はいですの!ピンピンしてたですの!」
「う…嘘じゃ、ないよな…?」
「嘘じゃないですの。本当ですの!」
「じ、じゃあ…ロー、レライは…?」
「みゅ!ローレライさんはかいほうされたからもう大丈夫だって、ジェイドさんが言ってましたの!」
「…っ!」

自信に満ちたミュウの言葉を聞いたルーは、その場でへなへなと脱力する。
その顔にはひどく安堵したようで力なく眉が下がっている。

「…っよかっ…た…っ」

今にも泣きだしそうな震える声で呟かれた言葉に、今のルーの思いが全てが集約されていた。
でも、それならなんで自分は生きているんだろうか。
ミュウの言葉に嘘はないはずだ、そうなると矛盾していることになる。
こうして自分が存在していいることに
暗い顔で考え込むルーにユーリとルークは眉を顰める。


「…ルー、続きを聞いてもいいかしら?もしかしたら、ルーが元の世界に帰るのに重要なことがわかるかもしれないの」

真剣な面持ちのリタに、ルーはハッとして小さく頷く。

「ご、ごめん。…ミュウ、アッシュが来て何かあったのか?」
「みゅ!アッシュさんがミュウ達の森に来て、ミュウに会いに来たんですの。その時、ご主人様を探してる、どこかで見なかったかって言ってたんですの。」

その言葉を聞いたユーリはピクリと反応する。
ルーは思いがけないアッシュの行動に驚く。
なぜ自分を探しているのだろう。

「…アッシュが俺を…?」
「ミュウはわからないって言ったら、物凄い怖い顔で舌打ちされたんですの!すっごく怖かったんですの…!!」

その時がよほど怖かったのか、思い出しながら青ざめてふるふると震え始めるミュウにルーは乾いた笑いを浮かべる。
うん、アッシュが本気で怒ったとき、スゲー怖いよな、わかる。

「…でも、ミュウもご主人様に会いたくて…勇気を出してアッシュさんの道具袋に気付かれないように入れさせてもらったんですの!」

なるほど、無理やりアッシュに着いていったわけか。
あのアッシュがミュウの存在に気付かないはずがないのだが、そこはアッシュなりのやさしさなのかもしれない。
自慢げに話すミュウの話に、相槌を打ちながら聞くルーはそんなことをぼんやり考える。

「その後いろんな場所に行ったですの。途中でティアさんたちにも会ったですの!」
「そっか…、みんな元気にしてたか?」

ルーの問いにミュウはしゅんとしながら首を振る。

「…みなさん、元気なかったですの。」
「!えっなんで…まさか、病気…!?」

顔を青ざめるルーにミュウはふるふると首を振る。

「違いますの。…ご主人様がいなくなって…皆さんとても悲しそうでしたの。」

しゅんとしながら呟かれたその言葉にルーは息を飲む。
まさかそんな風に思ってもらえてると思っていなかったから。
ルーは僅かに視線を落とし、黙り込む。
そこでハッとミュウは顔を上げる。

「みゅ、みゅ!思い出したですの!」
「?」
「ここにくる少し前に、アッシュさんと一緒にタタル渓谷に行ったですの。その時、アッシュさんの道具袋から落ちてはぐれてしまったんですの!ボク、アッシュさんを探したんですの。でも夜で道が真っ暗で全然見つからなかったんですの…。その時ですの、とっっても明るい光を見たんですの!!」
「明るい光…?」
「そうですの!オレンジ色のあったかい光だったんですの!でも、その後は覚えてないんですの…気付いた時にはここにいたんですの」

ミュウの言葉にリタとハロルドは考え始める。
するとぱたぱたと廊下から複数の足音が聞こえてくる。
そちらの方を見ると、そこにはライマのティア、アニス、ナタリア、ガイ、そしてアッシュがいた。
ミュウの話を聞きつけ、駆け付けたようだ。

「みゅ!みゅ!みゅ!みなさんもいらしてたんですの!!」

ティア達はミュウの存在に気付くと驚いた表情を見せる。
ミュウはそんなティア達に気付かず嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

「よかったですの!みなさんもご主人様に会えましたの!これで元気になりますの!」
「ミュウ…」
「みゅ?みなさん、どうしたんですの?ご主人様?」

首を傾げるミュウをルーは優しく抱き上げ、首を振る。

「違うんだ、ミュウ。ここにいるみんなは、ミュウの知っているみんなじゃないんだ」
「みゅ?みゅ?」

ミュウは困惑した様子でティア達を見る。
そんなミュウにルーは僅かに悲しげな眼差しを向けるのを、ユーリは静かに見ていた。




















その日の夜も更けた頃、ユーリはルーの部屋の前にいた。
ノックすると、中からルーの声が聞こえてくる。
静かに扉を開けると、ラフな格好でベッドに腰を掛けるルーがいた。

「ユーリ?」
「ルー、今少しいいか?」
「?うん」

ルーはぽんぽんと自分の横を叩き、ここに座ってくれとジェスチャーをする。
ユーリはそれに従い、ルーの横に腰を掛ける。
見ると、ルーの膝の上には眠っているミュウがいて、その寝顔はルーの存在があるからか安心しきっているようでとても幸せそうだ。
すやすやと眠るミュウを優しく撫でているルーの表情も穏やかで。
ユーリの中でじわりと広がるものを感じた。

「…ルー」

ルーは呼びかけに答えるようにユーリに顔を向ける。

「お前は、もし元の世界に帰れるようになったら、帰るのか?」
「!…それは…」

突然のユーリの問いかけに、ルーは視線をそらす。

初めこの世界に来たとき、オールドラントの世界がどうなったのか、仲間やアッシュがどうなったのか知りたかった。
だから戻りたいと思ったのは確かだ。
だが、ミュウが現れ、皆の無事と自分がちゃんとやり遂げたという事実を知ることができた。
自分の目で直接みたわけではないが、この純粋そのもののミュウが言い切るのだから間違いないだろう。
そうなれば、元の世界に帰る必要はなくなった。
でも、帰りたいかといわれたら…帰りたい気もする。
ミュウと再会して、皆の話を聞いて、会いたくなった。
けれどそれはこの世界の皆とも、ユーリとも別れなければならないことに繋がる。
帰ればもう二度とここには戻れない可能性の方が高い。

それに乖離の進む自分の体はもう時期…。

俯くルーをユーリは暫し見つめていたが、ゆっくりと口を開く。

「…もし、お前が元の世界に帰るのであれば、俺もついてく」
「!」

バッと顔を上げると真剣な眼差しのユーリがいて、次の瞬間ユーリがぐいっと顔を近づいたかと思うと、唇をあたたかなものが塞いだ。
それが一瞬だったのか、長かったのか分からない内にゆっくりと離れる熱。
未だ至近距離すぎる距離にあるユーリの顔を、ルーはただただ呆然と見つめる。
そこには強い意志を宿した瞳があった。
頭が真っ白の状態になっていたルーだったが、今一体何が起きたのかを徐々に理解し始める。

「…え…、い、い、いま…っ!?き、キ、ス…っ!?」

口にするなり、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。
そんなルーをユーリは真剣な目で見つめたまま、告げる。

「俺はお前が好きだ。お前を愛してるんだ、ルー」

突然のユーリの告白にルーは目を見開き固まる。

「…お前が何を抱えているのか、俺はまだ知らない。けど、お前が帰っちまうかもしれないって考えた瞬間に、目の前が真っ暗になった。…お前がいない世界なんて耐えられない。」

そこにはいつも冷静で飄々したユーリの姿ではなく、真っ直ぐにだが必死にも見えた。
ユーリの言葉が徐々に頭に浸透し始める。
それと同時に心臓がばくばくと煩いくらいに音を立てる。

「お前がこの世界に留まるのも、元の世界に帰るのも選ぶのは自由だ。ただ、どちらを選んだとしても、俺はお前の隣にいたい。お前の傍にいさせてくれ、ルー」
「ユー、リ…」

嬉しい…けど…っ

「…俺…、お、男、だし…、…ユーリに、思ってもらえるような奴じゃ…。」
「それは俺が決めることだ。…俺は、お前と一緒に過ごして、お前の傍で見てきた上でそう思ったんだ。」
「…でも…俺は…っ」

自分は沢山の人を殺してきた大罪人で、レプリカだ。
それを伝えることもできない、最低で最悪な弱い自分。
こんな真っ直ぐで、綺麗で、芯のあるユーリにふさわしいと到底思えなかった。

嬉しい…嬉しいのに…っ

ルーは俯き、ぎゅっと手を握り耐える。
そんなルーの頬にユーリは手を当て、優しく包みこむ。

「ルー」

優しい声で名を呼ばれ、ルーは躊躇いながらもゆっくりと顔をあげる。

「お前を苦しめているもの、お前が抱えてるもの、全てを俺は受け止めてやる。お前ひとりに背負わせねえ。…今は無理でも、言えるようになったらで構わねえから。」
「ユーリ…」

真摯なユーリの言葉に、ぽろりと涙を零す。
ユーリは涙を優しく拭いながら、触れるだけの何度もキスを贈る。
ルーはそれに答えるように静かに目を閉じた。










その頃、自室で日記を書いていたルークの部屋にノックの音が響く。
それに気づき扉の方を見ると、そこにはティアがいた。

「…なんだよ、こんな時間に」
「遅い時間にごめんなさい。でも伝えておいた方がいいかと思って…。今日、連絡が入ったの。」
「連絡?」
「ええ、そろそろ兄さんたちが戻ってくるって」






続く
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