第9話
夜明けの薄暗い空が広がり、ほとんどの者がまだ夢の中にいる頃。
バンエルティア号の遥か上の空に突如一つの眩い光の玉が現れる。
そしてその光の玉は、真下へ急降下していった。
まるで何かに引き寄せられるかのように。
このギルドでの頭脳の筆頭ともいえるハロルドとリタは科学室にて昼夜問わず研究に勤しんでいた。
怪しい煙や液体や機械、本などの書物が所狭しと置かれているこの部屋に来るのは、お世話係役のロックスくらいだ。
他のメンバーはよっぽどのことがないと、いろんな意味で怖くて近寄らない。
そんな一室で黙々と研究に没頭していた二人だったが、突如部屋に警報のようなアラームが鳴り、ぴくりと反応する。
直ぐにそのアラームをならせたモノを確認するため、特殊なモニターを見る。
「!これは…っ」
「…何か来たわね。」
それを見たリタは驚愕の声を上げ、ハロルドはいつものように淡々と、だがその声は固かった。
その日、ルーは定期的に回ってくる掃除当番の日で、朝食を取るなりモップを片手に、割り当てられていた持ち場に向かっていた。
乖離が発生してから数日がたったが、あれ以降乖離は起こっていない。
もしかしたら悪い夢でも見たのではないだろうかとも思ったが、あの時の光景ははっきりと覚えている。
またいつ乖離が起きるかわからない。
その不安感が無意識のうちに表面に現れていたのか、何かに気付いたルークやユーリからは何かあったのか、具合が悪いのかと質問攻めにあったが、ルーはそれに対して濁したような回答しかできなかった。
それをどう受け取ったのかルークは突然国から医者を呼び出すと騒ぎ出し、その結果、ライマ勢がルーの元に押しかけ、そのことを知った他の仲間たちも『ルーに何かがあった』とギルド内で大騒ぎになった。
その後、アニーやリフィル、ルカがルーの身体検査を行ったが、至って健康だという結果を出し、それに皆が安堵したのはつい先日のこと。
あの時は大変だったなーと他人事のように思い出す。
心配をかけてしまったことに申し訳なくなったが、皆の気持ちがとてもうれしかった。
その温かさにやはり皆に本当のことを告げようかと思ったが、告げようとすると声が出なくなって手が震えだし、できなかった。
一度埋め込まれた劣等感とトラウマはそう簡単に消えるものではない。
弱い自分に嫌気がさし、小さくため息をつく。
すると突然、ぼふっと音が聞こえると同時に背中に何か重いものを感じた。
ルーはそちらの方を見ると、ルークが抱き着いていた。
「ルーク!おはよう!」
「おう!…掃除当番か?」
ルークはルーが持っているモップを見るなり、眉を寄せる。
それにルーは首を傾げる。
「うん。どうかしたか?」
「…これからクレス達と剣の稽古すんだよ。ルーもそれ終わったら来い」
「!うんっ」
ルークからの誘いにルーは嬉しそうに頷く。
ルーク達との剣の稽古は純粋に楽しく、ルーは大好きだった。
早く終わらせなきゃと気合を入れるルーをみてルークは笑みを浮かべる。
その笑みはとても優しく穏やかで、ルーは思わず見とれてしまう。
「?なんだよ」
「え、あ、いや、なんでもないよ!」
「…まさか、また具合悪いんじゃないだろうな!?」
じとっとした疑いの目を向けられたルーはハッとして首をふるふると横に振る。
「大丈夫だよ。この間だって大丈夫だっただろ?」
「ルーの大丈夫はあんまアテになんねぇんだよ。お前何か隠してんだろ」
きっぱり言われてしてしまい、ルーは内心ギクリとする。
そんなルーに完全に気付いているルークはまだ何か言いたげだったが、ルーが今のままでは絶対口を割らないだろうということも認識していた。
ルークは絶対いつか口を割らせてやると思いながら、名残惜し気にルーを抱きしめていた手を解く。
「…とりあえず、掃除さっさと終わらせてこい!先行ってる」
「う、うん!」
ルーの返事を聞いたルークはその場を後にする。
その後ろ姿を見ながら、心配てくれるルークに申し訳なく思いつつ、ありがたいと思った。
そして限りのある時間を今は楽しく過ごしたいとルーは思った。