第8話
ユーリが自室で剣の手入れをしていると控えめなノックな音が部屋に響く。
こんな夜更けに?
不審に思いながらも立ち上がり、扉を開ける。
「ルー?」
扉の向こうには弱弱しく眉を下げ、俯きがちなルーがいた。
「どうした?…眠れないのか?」
ルーは小さく頷く。
その顔は真っ青で、何かに怯えているように見えた。
その異様さにユーリは眉を顰める。
一体何があったのか。
一先ずルーを落ち着かせるためにも、自分の部屋へと招き入れる。
ルーをベッドに座らせ、ユーリはその隣に腰掛ける。
「…ごめんな…休んでた、よな…」
「いや…それより何かあったのか?顔が真っ青だぞ」
ユーリの問いに、ルーは黙り込んでしまう。
よく見れば、ルーは手をぎゅっと握りしめていて、その手は小刻みに震えている。
「…体調、悪いのか?」
ルーは違うと小さく首を振る。
「…ユーリ、あの…」
「ん?」
「…」
やっぱり言えない。
乖離が怖い。
怖くてたまらない。
だが、乖離は普通の“人間”には起こらない。
このことを伝えたら、ユーリは気持ち悪いと思うかもしれない。
こうしてもう優しい言葉をかけてくれなくなるかもしれない。
一緒にいられなくなるかもしれない。
名前も呼んでくれなくなるかもしれない。
乖離が始まったということは、もうあまり時間がないということ。
それならせめて、消えてしまう直前まで、この関係を壊したくない。
傍にいたい。
随分身勝手な話だと思う。
自分は沢山の命を奪った大罪人。
そんなことを思う資格なんてないのに。
本当に最低な屑だ。
ルーの瞳からぽろりと涙が零れる。
「!」
「!…ごめ…っ」
それに気付いてすぐに涙を拭おうとするルーの手をユーリは掴む。
驚いたルーは反射的に顔を上げると、真っ直ぐルーを見つめているユーリがいて、そっと近づいてくる手でその零れる涙を拭う。
その手はとても優しく、あたたかかった。
止まることなく、溢れるように流す涙。
その姿はとても痛々しく、壊れてしまいそうで。
このまま消えてしまうのではないか。
漠然と感じたそれにユーリはどくりと脈を打つ。
衝動的にルーを引き寄せ、小さく震える体を抱きしめた。
ルーは突然のことに驚いたが、同時に胸が締め付けられる。
もし、自分の正体を、本当のことを話したら、きっとこのぬくもりが離れていってしまう。
それなら、本当のことを告げないまま、このままでいたい。
それはユーリをだましていることと同じだ。
それに対して強い罪悪感と自分自身への嫌悪に襲われる。それでも。
…ごめん、ユーリ…それでも俺は…最期は、この腕の中で消えたい…。
ルーは静かに涙を流し、震える手でユーリの服を掴んだ。
続く