第7話
その日の夜、ゼロスの指定で広めの部屋に集まったのはジーニアスなどの年の若いメンバーや、クラトスなど落ち着いた年齢のメンバーを抜いたようなメンツだった。
クラトス達は若者だけで楽しんでこいと自ら辞退したようで、ジーニアスなどの若いメンバーはゼロス曰くお子ちゃまにはまだ早い!らしい。
一見イケメン同士の集まりに見えるが、当の本人たちは大所帯で男のみの集まりに暑苦しさを感じる。
花が欲しいというのはこういう時に思うのだろう。
「あー、むさ苦しい…。」
「お前が言い出したんだろ?ゼロス」
「実際こうやって集まってみると改めて思うもんもあるのよロイド君…。っつーわけで、ハニーは俺様のとなり♪」
「「それはねぇ」」
さりげなくルーに近付き肩を抱こうとしたゼロスからすぐさまルーを引き離したユーリとルークはきっぱりと言い切る。
それに対して「出たよ」とゼロスは思わず顔を歪める。
本人たちは気付いていないだろうが、ルーに関することになると変に息が合って面倒くさいことこの上ないこの二人。
だからこそ、今日はこの場をわざわざセッティングしたわけなのだが。
何も知らないルーは純粋に皆とわいわいできて嬉しそうだ。
そんなルーの視界にふと紅いものが過り、そちらを見るとアッシュが廊下を歩いていた。
「あ、アッシュ!」
「「・・・・」」
パッと笑顔を浮かべたルーはすぐにアッシュに駆け寄る。
ルーはアッシュに異様に懐いているように思う。
それは元いた世界からそうなのかどうかは分からないが、どうにも納得いかない。
ルークとユーリはなんとも言い難い顔を浮かべる。
一方でアッシュは、ルーの存在に僅かにビクつきながらも振り向く。
アッシュにとってはナタリア以外でここまで好意的に話しかけてくる人がいなかったので対応に戸惑っているといった様子だ。
「…なんだ」
「これから男だけなんだけどパジャマ会っていうお泊り会みたいなのするんだ。アッシュもどうかな?」
すげー、あのアッシュを誘ったよと成り行きを見ていたゼロスは素直に感嘆とする。
絶対拒否するであろうあの気難しい奴になんの躊躇いもなく誘うルー。
あれがなんの裏もなく本心からくるものだから余計に思う。
ユーリとルークなんかはますます渋い顔をしている。面白れぇ。
「ああ?んなの」
勝手にやってろと言おうとしたアッシュの言葉を遮るように、ルークはルーを後ろから抱きしめる。
「ルー、こいつはこういうの参加しねぇって」
「え、そうなのか?」
「ま、こういうのは好き嫌いあるしな」
ルークとユーリの言葉を聞いて、ルーは目にわかるようにしょぼんとする。
それに思わずアッシュは怯む。
「そっか…アッシュはダメなのか「誰がそんなことを言った」へ?」
「いかねぇとは言ってねぇ」
アッシュのまさかの返事にゲッとする二人。
それに対してルーはぱぁっと顔が明るくなる。
「よかった!」
至極嬉しそうに笑うルーに、アッシュは僅かに照れつつそれを隠すように準備してくると言い残して一度部屋に戻っていった。
ますます面白くなりそうだと一部始終見ていたゼロスはニヤニヤと笑みを浮かべた。
常なら絶対参加しないであろうアッシュがこの場にいる。
さすがルーパワー。このギルドである意味最強かもしれないと思わざる負えない。
それになんだかんだいいつつも、アッシュもルーに対しては異様に甘い気がする。
ルーもアッシュと普通に会話ができることに喜んでいるようだ。
それに気づいているルークとユーリは気が気でないのだろう。
そんな二人は言わずもがな、ルーを挟むように横を陣取っている。
こうなることは大体想定していた他のメンバーは適当に自分の寝場所を決める。
日頃クエストやら当番やらでなかなか一つの場所に集まることが少ないため、こうして集まると男だけではあるが大所帯のギルドだということを再認識する。
一癖二癖あるようなメンバーばかりだが、気が合う者達同士でもあるため、自然と会話や笑いが生まれる。
きっかけが何にしろ、たまにはこういうのもありかもしれないと感じたりもした。
そんな暖かな空間にルーもご満悦だ。
ある程度和やかなムードが漂ったところで、ゼロスは口を開く。
「なぁ、そろそろ場も温まってきたし、パジャマ会らしいことでもしようぜ?」
「パジャマ会らしいこと?」
首を傾げるルーにゼロスはにんまりと笑みを浮かべる。
「そ。例えば~、ユーリとルーク様の好きな子の話とかどうよ?」
「「!!!」」
ゼロスの唐突な提案にユーリとルークは声が出ないほど驚愕する。
お前これが狙いかと確信犯のゼロスに目で抗議すると、もちろんとばかりにやにやと笑みを浮かべるゼロス。
「え、ユーリとルーク、好きな人いるのか?」
ルーの問いに二人はギクリと大きく反応する。
じっと見つめてくる純粋なルーの視線にだらだらと冷や汗をかく。
「あー…まあ…」
ユーリはいつもとは違い、なんともいえない歯切れの悪い返答をする。
ルークはといえば言葉を探しているのか、完全に目が泳いでいる。
そんな二人の反応にショックを受けるルー。
全然気がつかなかった。
「そう、なんだ…。…俺も知ってる人なのか?」
弱弱しく聞いてくるルーに対して二人はぐっと堪える。
知ってるも何もお前だよ!!!!
周囲を見ると、あれだけわかりやすい態度をとっているのに全然気づかれていない二人を不憫そうに、だが面白いものを見る目で成り行きを見守っている面々。
ゼロスに至っては笑いをこらえるのに必死でぷるぷる震えていた。
今すぐ殴りてぇ。
なんにしろルーからそんな反応返されて、お前だなんて言えない。
もし拒否されたら立ち直れないだろうし、そもそもこの場でとか完全なる公開処刑じゃねぇか。
「言えないっつーなら、せめてヒントくらい教えてやれよ、ハニーが気になってるわけだし」
完全に楽しんでいるゼロスに二人はイラッとしたが、ヒントという単語を聞いたルーの期待の籠った視線の方が今は最優先事項だ。
ヒントもなにも、本人目の前に何を言えっつーんだ。
黙り込む二人に、見守っていたガイが助け舟を出す。
「例えば、かわいい系かキレイ系かとかでもいいんじゃないか?なあルー?」
「うん」
なるほど、と思いつつルー以外の全員にバレてるであろうこの場では、結局公開処刑であることに変わりはない気がする。
とはいえ答えないという選択肢はないこの空気に二人は腹をくくる。
「「……かわいい系」」
見事にはもる二人の回答に「おー」とルー以外は感嘆とした声を上げる。
なんだこのこっ恥ずかしい空気は!!
一方で自分のことだとは一切微塵にも思ってもいないルーは、かわいい系…と呟いて考え始める。
その様子をみて、きっと直接名前で言わないとわかってもらえないんだろうなとその場にいる皆が思った。
「じゃあ、ハニーはどうよ?好きな人いたりすんの?」
その問いにぴくりと二人は反応する。
「俺?」
こくこくと頷くゼロスにきょとりとしたルー。
確かに気になる。皆からの視線を受けたルーは考え込む仕草をする。
妙な緊張感と静けさが広がる。
「…俺、どういうのがそういう“好き”なのかわかんねぇんだよな…」
眉を下げ困っているルーの返答にその場にいた皆があー…と納得する。
なんとなくそんな気がする。こういうことに鈍感そうだもんな…。
ユーリとルークはホッとしたような残念なような、なんともいえない複雑な気持ちで、がっくりと項垂れる。
そんな二人に皆ドンマイと生暖かい目を送る。
「じゃあ~、試しに俺様とかどう…」
さり気なく流れに便乗しようとしたゼロスは、自分を射貫く殺気に近い視線を感じる。
その視線を辿ってみるとそれは、ユーリとルークとアッシュからだ。
おい一人増えてんぞ。
その後なんやかんやで話は流れ、クレスとミントの話になったり、ロニとナナリーの話になったりといじりながらも楽しい時間が過ぎていった。
気付けば皆が集まってから数時間が経ち深夜と言える時間になった頃、ユーリは隣でうつ伏せの状態で寝そべっているルーがうとうととし始めていることに気付く。
無理せず寝たらどうだと声を掛けようとするとき、それは突如始まった。
「ここの生活も楽しいんだけどさ、こう…溜まったとき抜くタイミングに困るんだよな。」
「あー、それな~。お前どうしてんの?」
「なんか自分の部屋だとなかなかなぁ。どうしようもないときはクエスト先の宿屋か、あとはトイレだな。」
チェスターとゼロスが話し始めたのは明らかな下ネタ。
まぁ野郎がこんだけ集まれば話題はそっちにいくだろうとユーリはぼんやり眺めていた。
だが。
「なぁ、何を抜くんだ?」
ルーの一言にバッとみんなの視線が集まる。
ルーはゼロスたちが何を言っているのか全く分からないようで首を傾げている。
「え、は、ハニー…自慰とかしらない…の?」
「?じい…?なんだそれ??」
「!!!!????」
その場の空気が固まる。
まさかのルーの返答にチェスターは身を乗り出す。
「え、じゃ、じゃあ溜まったときとかどうしてんだ…っ!?」
「??だから何が溜まるんだよ?」
全く分かっていない様子のルーは眉を寄せ首を傾げる。
その場にいる皆「マジかよ」と驚愕色に染まる。
あまりの衝撃に言葉が出ない。あのくそ真面目なフレンでさえ驚いている。
「ルー…お前、本当にわからないのか?」
ユーリは再度確認するが、ルーは困ったように小さく頷く。
「う…うん。ルークは知ってるのか?」
「ま、まぁ…そりゃあ…男なら大体の奴が知ってんじゃねーの?」
ルークの答えにルーはショックを受ける。
「そ、そうなのか…?…ガイ教えてくれなかったな…」
ガイにバッと皆の視線が集まる。
ガイは必死に俺じゃない!と首をぶんぶん振る。
つーかどうなってんだ!なんでそこでガイが出てくるんだよ!!
「よっしゃ!じゃあ俺様が手取り足取り教え」
身を乗り出したゼロスが言い切る前に二つの枕がゼロスの顔面に物凄い音を立ててヒットする。
投げたのはユーリとルークで、その威力は抜群だ。
その衝撃で顔を真っ赤にしたゼロスは流石に声を荒げる。
「~っなにすんだよ!!」
「ざけんな!この色魔野郎!」
「んなことさせるわけねぇだろうが!」
ルーをゼロスから隠すように二人は立ち上がると、ゼロスは投げつけられた枕を掴んで二人に投げ返す。それをルークが手で払うと、その先にいたロニの顔面に直撃し、そのまま隣にいたクレスの上倒れる。
「ちょ!お前らやりすぎっぶっ」
「うっせー!くっそ俺様の顔に~っ」
抗議してきたチェスターに対してゼロスは完全に八つ当たりで近くにあった枕を投げつける。こうなっては時すでに遅し、そのままその場にいた仲間で枕投げが始まる。
一部は本気でやり合っているが、便乗したメンツは楽しそうに笑っている。
突然始まった枕投げに初めは驚いていたルーだったが徐々に楽しくなってくる。
ロイドとクレスと共謀してルーも枕を投げる。
賑やかな男部屋の前をたまたま通りかかったリタは、眠たげな目をこすりながら思う。
「…バカっぽい…」
月の光を浴び、白い花が一面に咲き誇る渓谷に立つひとつの人影。
深紅に輝く長い髪を風に靡かせ、腰にさげていた剣を取り出し、自らの胸の前で翳した。
すると何かに共鳴するように光が集結し、一面をオレンジ色に照らした。
続く