第6話
「なんでもな」
なんでもないと言いかけたルーの言葉を遮るように、ルークがルーの腕を掴む。
突然のことに驚くルーはルークを見ると、その表情は明らかに怒っていてルーは戸惑う。
「え、る、ルーク…?」
いつもとは違う、その静かな怒りにその場にいた皆も驚く。
何をそんなに怒っているのか。
怒らせてしまったのか。
焦るルーを無視してルークはぐいっと引き摺るように引っ張って部屋を出ていく。
「お、おいルーク!?」
ガイが慌てて声を掛けるが、ルークは無視してぐんぐんとその場から離れる。
いつもと違うルークにアッシュでさえ動揺してしまう。
それほど強い怒りのようなものを感じたのだ。
それを見ていたユーリは小さくため息つく。
ルークが怒っている理由がなんとなくわかったからだ。
ユーリは俺が見に行くといい残して、ルークとルーの後を追った。
ルークは人気のない、奥まった場所にある倉庫前でようやく立ち止まる。
そして無言のまま振り返り、ルーを壁に追いやるようにルーの顔の横に両手を壁をつき囲む。
まるで逃がさないとでも言わんばかりに。
だが、ルークは俯いた状態で、その顔色をうかがうことが出来ない。
今までにないルークの行動にルーは焦り、困惑する。
2人を追ってきたユーリも息を殺し、いざとなったら止めに入れるくらい離れた所で様子を伺う。
暫し沈黙が続いたが、それを打ち破ったのはルークだった。
「…何笑ってんだよ」
「え?」
「泣けばいいだろ」
ルーはルークの言葉にぴくりと反応する。
それを感じ取ったルークはぎりっと奥歯を噛みしめ、怒鳴りつける。
「なんで我慢してんだよ…、何に我慢してんだよっ!!泣きたいなら泣きゃいいだろっ!…ルーと俺は違う、全然違う!けど、だけどっお前は、別の世界の俺だ!なのに、その俺がお前の事に、お前が泣きたいのに我慢していることに気付かないとでも思ったのか!?」
顔を上げたルークの目は涙で揺れ動いていた。
それを見たルーは気付く。
ルークが今、ルーの事を思って心を痛めていることに。
そしてルー自身も気づかぬように自分の中で蓋をしていたソレに、ルークが気付いたことに。
ルーの中で何かがじわりと広がり、目が潤む。
それにこらえるようにルーは俯いてぎゅっと目を閉じ、口を結ぶ。
だめだ、だめだ、だめだ、泣いちゃだめだ、決めたんだ、泣かないって、絶対泣かないって。
力の限り手を握りしめ、懸命に自分の中にあるモノを押し込める。
「ルーク…、ごめ」
「言えよ」
がっと両頬を掴まれたルーは顔を無理やり上げさせられる。
恐る恐る目を開くと翡翠色の瞳に射貫かれる。
「お前の考えてること、全部吐き出せ。俺の前で我慢すんじゃねぇ」
目のまえにある自分と同じ顔。オリジナルのアッシュよりも、何よりも最も近い。
その翡翠の目は、しっかりと自分を見ていて、それは自分自身が見ているような錯覚を受ける。
ルーは震える唇をゆっくり開く。
「…お、れ、俺な…、…こっちのアッシュ達に会って…すげー嬉しくなったんだ、ずっと、会いたかったから…」
震える声でゆっくりと紡がれる言葉。
それはとても小さいけれど、ユーリの耳にも届いていた。
「…みんな、俺の世界のみんなと本当にそっくりでさ。…初めて会ったはずなのに、なんかホッとして…。…でも…なんか…その分、不安になって…、怖く、なったんだ…。」
本当に会えてうれしかった。
なんだかとても懐かしくて、もう会えないと思っていた皆と会えた気分だった。
すごい嬉しかった。
でも…。
「…なんで…なんだろ…」
どれだけ似ていても、彼らは違うのだ。
オールドラントを一緒に旅した仲間ではない。
では、オールドラントの仲間は…。
アッシュは…。
「本当は消えるはずだったのに、アッシュに還すはずだったのに…、なんで…、なんで俺は…まだ生きてるんだろ…っ」
涙声で絞り出された言葉にルークとユーリは息を飲む。
生きていること。
ここに存在していること。
ここでのあたたかな仲間の存在と居場所。
それを感じれば感じるほど、嬉しくなって、怖くなった。
楽しいと心地よいと感じる度に、頭を過る焦燥感と漠然とした不安。
ローレライを解放したあの時、俺は本当にやり遂げたのだろうかと。
ローレライの解放したあの感覚は、勘違いではなかったのだろうかと。
心を締め付けてくる痛みに、きっと大丈夫きっと大丈夫と自分に幾度となく言い聞かせた。
それでも不安は消えることはなく、むしろ増していくばかりだった。
自分にできることは精一杯やった。
でも所詮は被験者から劣化したレプリカでは、人間もどきでは…やり遂げることがで出来なかったのではないだろうか。
だから、ここに存在しているのではないだろうか。
アッシュへ、本物のルークへと還るはずだったこの命は、未練がましく還さずに生き延びてしまったのではないだろうか。
また…逃げてしまったのではないだろうか。
やっと築けたはずの信頼さえも、またなくしてしまったのではないだろうか。
俺は…おれは…っ
ぽたりと零れ落ちた涙で地面を濡らす。
ハッとルーは急いでそれを乱暴に腕で拭おうとする。
だが、その前にしっかりと腕を掴んできたルークの手によって叶うことはなかった。
ルークはそのまま腕を引き、ルーを抱きしめる。
突然のことに目を見開き驚く。
だが同時に、自分を包み込むその温かさに力が抜け、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。
一度流れた涙はぽろりぽろりと止まることなく零れていく。
ルークはルーの後頭部に手を当て、自分の肩に押し付けるよう抱え込んだ。
それを皮切りにルーは声を出して泣いた。
それはまるで子どものように。
ルークは自分と同じのはずなのにずっと小さく感じる背中を片手でぎゅっと抱きしめ、服を濡らす涙を受け止める。
ユーリも壁に背を預け、聞こえてくる悲痛なその声を受け止めた。
暫くして静かになったルーがルークの服をくいっと引っ張る。
気付いたルークは少し体を離すと目を真っ赤にしたルーと目があう。
その目は何か少しだけ重荷が消えたような澄んだ綺麗な目だった。
「ルーク、…ありがとな」
ふにゃっと笑うルーを直視したルークは顔を真っ赤に染めあげる。
「べ、別にっお、俺は何もしてねぇし!!」
「そんなことねえよ。…なんかちょっとすっきりした」
ありがとうともう一度お礼を言うルーに、ルークは口をごもる。
そして髪をガシガシ掻きながら、ルーに背中を向ける。
「っもう我慢なんかすんじゃねえぞ!そ、それに」
「…?」
「ルーは考え過ぎなんだよ、お前の世界のあいつらもきっと無事だ。俺がそう思うんだから間違いねぇ!」
物凄く自信満々に且つ力強く言われたルークの言葉にルーはポカンとする。
「…それでも、泣きたくなったら俺んとこにこい!わかったな!」
言い捨てられた言葉は、その強い口調とは裏腹にとても温かい。
表情まで見えないが、耳まで真っ赤にして告げられたルークのやさしさに、そして言葉にルーは嬉しそうに頷いた。
和やかな空気に変わったのを感じ取ったユーリは、小さく息をつく。
「…なんで生きている…か」
自分が生きていることには意味が必要だと言わんばかりのルー。それは酷く悲しい話だ。
そう思わせるほどの、よほどの重圧をかけられていたのかもしれない。
生きたいと願う彼が、生きていることに疑問と不安を抱いている。
一体何が彼をそうさせるのか、そうさせてしまったのか。
そこまで追い込ませたのか。
沸々と沸き起こる怒りにも似た矛先がない衝動。
それはとても醜く、今の自分をルーに見せるわけにはいかなかった。
ユーリの目は強い光を宿し、自分を落ち着かせるためにその場を離れた。
続く