第6話
「おい、もう少し静かにしろよ、廊下中に響いてんぞ」
すっと現れたのは、クエスト帰りのユーリだ。
クエストでの疲労からか声はいつもより僅かにトゲが含まれている。
だが。
「あ、ユーリ!おかえり」
「おう、ただいま、ルー」
それまで仏頂面だったユーリだったが、笑顔で出迎えてくれたルーの存在を認識すると途端に優しい笑みを浮かべ、トーンも柔らかくなった。
お前もか!とアニスは思わず心の中でツッコミを入れる。
ルークはユーリの登場にあからさまに嫌そうに顔を歪める。
その顔には次から次へと面倒な奴がと分かりやすく書いてある。
「坊ちゃん顔に出てんぞ」
「うっせー!!てめえはさっさとどっかいけよ!」
ルークはルーを抱きしめる力を強くすると、それに気づいたユーリは眉を寄せる。
睨み合う二人に挟まれたルーは、よくわかっておらず首を捻っている。
なんだこのカオスな状態は。
ますますガイへ送るアッシュ達の視線が強くなり、ガイは力なく苦笑いを浮かべるしかなかった。
少しゆっくり話がしたいと、一行はルークの部屋へ移動した。
ユーリもその場の流れと、もしかしたらルーに関する話が聞けるかもしれないと同席することにした。
各々腰を落ち着かせた後、説明役のガイは順繰りにルーがここに来た経緯をアッシュ達に伝えた。
皆最初戸惑いを見せはしたが、徐々に納得していった。
「…じゃあ、あなたは別の世界のルークなのね」
「あ、うん…」
「ほえ~、でもなんか信じられないな~。だってルーとルーク様全然似てないもん」
「そうかな?」
ルーは首を傾げルークを見る。
その仕草からして全然似てないんだよとアニスは内心どつく。
「でも不思議ですわね、ルーの世界にいるのは私達ライマの者ばかりとは」
「うん。ユーリやロイド達はこの世界で初めてだ。もしかしたら会ったことがなかった
だけかもしれないけど」
会えてよかったと笑顔のルーを見て、ユーリも心底そう思った。
カノンノやハロルド達の話によれば恐らくユーリも他の世界に実在しているはずだ。
その世界にはもしかしたらルークはいるかもしれないが、このルーは存在していない。
自分がルーに出会うことができて良かった。
「あ、ねぇねぇ~ルーも貴族なんでしょ?やっぱりナタリアの婚約者なの?」
ルーの金回りと地位を探り始めるアニスにルークとユーリは呆れ顔を浮かべるが、後者は確かに気になった。
「え~っと…貴族って言っても俺は形だけだし…。それにナタリアの婚約者はアッシュだよ」
確かに子爵という地位を与えてもらったが、あれはあくまで【ルーク】のレプリカだからだ。
それにナタリアの婚約者は【ルーク】であり、それはアッシュのことだ。
当たり前だが、自分には何もない空っぽなんだと再認識する。
ルーの表情が陰る。それにユーリはピクリと反応する。
だがそれもほんの一瞬で、次の瞬間にはケロッとした表情でそういえばと続ける。
「俺、アッシュがナタリアにプロポーズしてるところ見たよ」
「なっ!?」
「まぁ!!」
突然の爆弾発言にアッシュとナタリアは顔を真っ赤にさせて驚く。
「はうあ!アッシュがプロポーズ!ね、ね、どんなこと言ってたの~?アニスちゃん聞きた~い!」
目を光らせぐいぐい詰め寄るアニスにルーは少したじろぐが、ナタリアとティアからも期待の込められた目を向けられて、軽く頭を掻く。
「えーっと…俺も偶々聞いちゃっただけだからはっきりと覚えてねぇけど…。でも、これだけは覚えてるよ。」
ルーは真っ直ぐアッシュを見て、オールドラントのアッシュが言っていた言葉をゆっくりと紡ぐ。
「…いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう。貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように、死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」
それを聞いたアッシュは目を見開く。
ルーは言い切るなり誇らしげに笑みを浮かべる。
「俺は、アッシュとナタリアなら、そんな国を作ってくれる…ううん、絶対作ると思うよ」
「…随分信頼してるんだな」
自信に満ちたルーを見て、ユーリが思わず零した言葉。
貴族以外の人間が貧しい思いをしない平和な国。
それがどれだけ切望され、そして実現できていないかをユーリは知っていた。
それはここにいる皆ほとんどが知っていることで、勿論ルーも。
それでもルーは力強く頷いた。
「うん。アッシュは…自分で言ったことは絶対に実行するし、やり遂げるんだ。出来ないことは絶対に言わない。それがアッシュだ。だから俺はアッシュを信じてるよ」
アッシュを信じて疑わない真っ直ぐなその言葉に、その場にいた皆が心を打たれる。
ユーリがちらりとアッシュを見ると、アッシュは僅かに俯き、何かを考えているようだった。
「…なんかこっちのルークとアッシュとは関係が大分違うね。仲良しなんだ?」
アニスの問いかけに、ルーは眉を下げ、困った表情を見せる。
「あー…いや、アッシュと仲がいいかって言われると…そうでもないんだけど…。それにアッシュとはいつも別行動だったし」
「ほえ?なんでまた」
「…アッシュは俺と一緒にいたくなかったんだ」
顔を暗くしてしゅんとするルーに皆首を傾げる。
これまで聞いた話とこのルーの人格から言って、アッシュが嫌がる要素が見つからない。
むしろここまで自分を信じてくれる人物に?と疑念が湧く。
こちらのアッシュも顔を上げ眉を寄せている。
「あなたといたくなかったって、どうしてそう言い切れるの?」
「…俺、アッシュから嫌われてたから…。」
「それ、何かの勘違いじゃないか?」
ティアとガイの問いかけにルーはますます顔を暗くする。
「アッシュは皆とは普通に話してたし一緒に戦ってくれたけど、俺とはしてくれなかった。回線も情報を皆に伝えたかっただけで、本当は俺となんてとしたくなかったと思う…いつも怒ってたし…。」
「回線?」
聞きなれない単語に皆首を傾げると、ルーはあーと納得したように説明を始める。
「えっと、アッシュは俺と離れてても俺の頭の中に直接言葉を送ったり、俺が見てるものを見ることができたんだ。それを俺たちは回線って呼んでて、アッシュから回線が繋がると俺はアッシュに言葉だけは伝えられたんだ。俺から回線を繋ぐことはできなかったけど…。」
なんてことないようにルーは言っているが、それはもの凄いことなのではと一同思う。
ハロルドやリタ辺りが聞いたら間違いなく食いついてくるだろう。
「なにそれ!すごいじゃん!ちょー便利!!」
「向こうのアニスも便利連絡網って言ってた。でも、ガイは嫌そうだったな」
「え?なんで?」
「アッシュが俺に回線繋ぐ度にその反動で頭痛が酷くてさ、偶に立っていられなくなるくらいなんだ。アッシュが俺に回線繋ぐときは情報交換や伝達がしたいときがほとんどだし、俺は良いって言ってるんだけど。ガイ心配性だから。」
それを聞いて納得する。
確かにその回線には大きなメリットもあるが、その分のデメリットもあるということだろう。
「なるほどな。…ん?ほとんどってことは違う時もあるのか?」
ユーリの素朴な疑問にルーはうんと頷く。
「宿で休んでる時が多いけど、体調のこととか、今どこにいるのかとか、誰といるのかとか、色々聞いてくるんだけど、それに答えると勝手に回線を切るんだ。何がしたいのか全然わかんねぇんだよ。」
「・・・・」
それって、ルーのこと心配してるだけなのでは…。
話を聞く限り向こうのアッシュの行動は、嫌いな奴に対してやるものではない。
「え…、え、それ、本当にアッシュはルーのこと嫌いなの?」
アニスが探るように問うと、ルーはしゅんとした様子で小さく頷く。
「だってアッシュ、いつも屑とか馬鹿とか役立たずって言うし、話しかけても、話しかけなくても怒鳴りつけてくるし、…いつも怒ってるし…」
「・・・・」
それは面倒なツンデレの一種なのでは。
ルー以外の視線がアッシュに集まる。
アッシュはそれに一瞬怯むが俺じゃねぇ!と睨み返す。
「…でも仕方ないんだ…。アッシュが俺を嫌うのは、それは俺がそれだけのことをしてきたから、アッシュは悪くない…。」
アッシュの居場所を奪って、あの陽だまりに居続けた。
親の愛情も地位も場所もすべて奪い取った、ルークの形をしただけのレプリカ。
オリジナルとレプリカ。
自分がオリジナルのルークことアッシュから生まれた、造られた模造品である。
いつかはこの話を皆にしなければと思っていた。
今が伝えるには丁度いい機会かもしれない。
…だが、まだその勇気がない。
きっとここの人たちはこのことを聞いたところで軽蔑しないと思っている。
でもそれは自分が思い違いしているだけで、また人間もどきだと嫌悪を抱かれたら。
もし、ユーリやルーク達からここで見放されてしまったら。
何度考えても、その可能性はゼロにならず、その度に漠然とした不安に襲われるのだ。
やっぱり、気持ち悪いって思うのかな…。
それに…。
ちらりとアッシュ達を見て、すぐに目線を外す。
ルーはぎゅっと手を握り、何かに耐えるように俯き固く目を閉じる。
それを見た皆は不思議そうにルーを見る。
「…おい?」
不審そうに、だが心配している風にも聞こえるアッシュの呼びかけにルーは顔を上げる。
そして微笑んでみせた。