番外編 ちびルーとユーリ
「…で、こうなったと」
「そうゆうこと」
ハロルドの肯定の言葉を受けたユーリははぁっと深く溜息をつく。
ここはバンエルティア号の医務室。
部屋には2人の他に、ずうんと暗い表情を浮かべたチェスターとアーチェが揃って地べたに正座していて、その横では苦笑いを浮かべつつも心配そうな表情のアニー。
そしてその皆の視線の先にいたのは、医務室のベッドですやすやと眠る子供の姿をしたルーだった。
ルーは実年齢こそ幼いが、見た目は17歳の青少年のはず。
だが、今は大目に見ても12歳くらいの容姿で、これは夢かと思ってもおかしくはないが、まごう事なき現実だ。
事の発端はこうだ。
今日はルーは掃除当番の日で、いつもなら廊下や食堂などの比較的掃除のしやすい場所を担当するのだが、たまたま科学室の掃除を担当することになったのだ。
科学室は何が置いてあるかわからないため、特定の人間以外の皆が躊躇する場所であるが、ルーは皆が立候補しないため、じゃあ俺がと手を上げたのだという。
そこまで聞けばルーらしいのだが、問題はここからだった。
最初は一人で掃除をしていたルーだったが、如何せん“あの科学室”。
心配になった他の掃除当番であるアーチェとチェスターがルーの様子を見に科学室へと向かった…のだが、その行く最中、二人はまたもしょうもないことで突如口喧嘩を始めた。
そしてその口喧嘩はヒートアップしていき、科学室の扉をノックもせずバン!と大きい音を立てながら開けたところ、たまたまその近くにルーがいて、驚いたルーは近くにあった戸棚に体をぶつけた。
その拍子に戸棚にあった瓶が落下しルーの足元で割れてしまったのだという。
すると突如モクモクとした煙がルーの体を覆っていき、流石に焦ったアーチェたちがルーを救出しようとしたのだが、時すでに遅し…煙の中から現れたのはすやすやと眠る子供の姿をしたルーだった。
その後、アーチェとチェスターは青ざめ大混乱していると、科学室の奥にいたハロルドが事態に気づき、それは自分が試作で作った若返りの薬だと明かし、命に別状はないものだということがわかった。
が、ルーはといえば子供の姿の状態で深い眠りに入っていて起きる様子がなく、焦ったチェスターが医務室まで運び、アーチェは血相を掻いてユーリの元へと報告をしに飛んだ。猛烈な速さで突然現れたアーチェにユーリは驚きつつあまりの必死感に一体何事かと思ったが、“ルー”という単語が出るや否やすぐに医務室へと駆けつけ今に至る。
「…けど、他に問題はねえんだよな?」
「ええ、さっき身体検査をしてみたけど、どこにも異常はなかったわ」
ハロルドの話を聞き終えたユーリは自分を上回るルーのトラブル体質に思わずため息をついたが、同時に無事だということがわかり安堵していた。
「とりあえず元に戻す薬を作るわ。」
ハロルドはそう早口で言い放つなりすぐに科学室に戻る。
ああ淡々と見えて、他のメンバー同様ルーを気に入っているハロルドだ。
なんとかして薬を作り上げるだろう。
その後ろ姿を見つつ、激凹み中のアーチェとチェスターの方へ目を向ける。
流石に今回のは堪えたようで、アーチェに至っては半泣き状態だ。
その様子にやれやれと思いつつ声をかける。
「あいつならすぐになんとかすんだろ。ここは俺がみてっから」
二人はこくりと頷くとゆっくり立ち上がる。
心配なのは変わりないが、ルーは自分たちが悲しんでばかりいることは良しとしないのも知っていた。
ルーの為にもと二人は掃除に戻ることにし、その場を退出する。
人の減った部屋でユーリはベッドに軽く腰かけ、ルーの顔を覗き込む。
こちらの緊迫した空気とは裏腹に、とても気持ち良さそうにすやすやと眠る姿。
…めちゃくちゃ可愛い。
今そんなことを思うのは不謹慎だと思うが、それでも声を大にして言いたいくらい可愛い。
子供の寝顔は大抵が可愛らしいものであるが、それを差し置いてもだ。
頬はふっくらしていて僅かに赤みがかかっているし、元々の童顔に幼さが増して…。
ルーが目を覚まして、あの笑顔をこの姿で見たら、名を呼ばれたらどうなってしまうのか…歯止めがきくだろうか一抹の不安を覚える。
ここまで聞くととんでもねぇショタコンに聞こえなくもないが、もうそれでもいいと思う程だ。
冷静な表情とは裏腹に内心大分混乱しているユーリは、自然に手が動くとその頬に触れる。
ふにふにとした柔らかさ。だめだ、もう止まらない。
本能がやばいとサイレンを鳴らしつつも撫でる手が止まらないユーリだったが、流石に長く触れていたためか、ルーは小さく身動ぎし、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
「起きたか」
むしろ起こしてしまった気がするが、それでも意識が戻ったことに自然と笑みが溢れる。
一方で目を覚ましたルーはといえば暫しぽやんとした寝ぼけた様子だったが、近くにいるユーリの存在に気付くなり目を大きく瞬かせ、ばっと体を起こす。
そして周囲をキョロキョロと忙しなく見回す姿に、ユーリは首を傾げる。
「?どうした、ルー」
どうにも様子がおかしいルーにそう問いかければ、ルーはユーリを見上げこてんと首を傾げる。
「?るーくだよ?」
可愛らしい声での第一声ときょとんとした表情のルーに、ユーリは目を瞬かせる。
そういえばルーは元々ルークという名前だったなと思い出す。
あまりにも“ルー”という名前が染みついていたせいかすっかり忘れていた。
同時にルーが自分自身の事をルークと言い、ユーリの事も覚えていない様子から記憶まで退行していることに気づく。
ユーリはなるほどと思いつつ、ルーの視線に合わせるように体を屈める。
「そうだな。ただ、ここではお前のことをルーって呼んでるんだよ。いやか?」
優しく問えばルーは何度か目をパチパチと瞬かせると、ふるふると首を振った。
「やじゃない!」
「そうか、ならいいな」
元気のよい返事に答えるようにユーリは小さくなった頭を軽く撫でると、ルーはきょとんとした表情を見せたが、すぐに満面の笑顔を浮かべる。
「おにいちゃん、だあれ?」
「ん?ああ、ユーリだ」
「ゆーり?」
「そうだ」
よく言えたなと褒めると余程嬉しかったのか、ぱぁっと目を輝かせる。
頬を赤らめながら照れたように笑った。
「えへへ」
「っ」
それを直視したユーリは咄嗟に視線をずらし、口を手で覆う。
あっぶねー…。
あまりの可愛さに顔が緩みそうになって…いや充分なってる気がする。
それどころか顔に熱を感じる。
少し舌たっらずなしゃべり方も合間って破壊力が半端じゃねぇ。
ちらりとルーを見れば、キラキラした顔でユーリを見ている。
元々ルーに対して日に日に貪欲さが増しているユーリにとっては、今のルーはとてもまずいんじゃないかとも思ったりもしたが、それ以上に…。
こいつの可愛さは一体どっからくんだ?
非の打ち所がないその可愛らしさに、ユーリは背後で赤面状態でノックアウト状態のアニーに軽く視線を送りながら真剣に考えていた。
続く