第33話
それはライマでの出来事。
騒動が終息へ向かった頃、謁見の間でピオニーから合格といわれたルークとアッシュ。
最初は何のことかと呆然としたが、その意味を理解した途端驚愕し、別の意味で呆気に取られた。
「…さて、今後の事だが」
言葉を失う二人にピオニーは軽く笑いながらも切り出した言葉にルークはびくりと体が震える。
“合格”ということは、もうこの修行からは卒業してもいいということ。
そしてそれを自分が受け入れてしまったらあの場所へは戻れなくなる。
何より合格に値する自分を実感できていない。
どうしようもない不安だけがルークの中で広がっていく。
だが。
「このまま帰国しても構わないが、お前たちもまだまだ若い。もう少し世界を見る時間があってもいいと俺は思っている。」
「!」
俯きがちだったルークはバッと顔を上げる。
「俺が元気なうちは、だがな。まあ当分は問題ないと思うが、それでも限りあるものだ。その間にお前達自身が納得できるだけの修行を積むことは、この国にとっても大きなメリットになる。…それに、お前たちが合格できたのは、ルー、お前さんと会えたことが一番大きいと思っている。」
「へ?お、俺ですか…?」
戸惑い気味にルーは首をひねるが、ピオニーは笑みを浮かべながらしっかりと頷く。
「それを実感しているのは本人たちだろうがな。」
ピオニーの言葉を受けたルークとアッシュは押し黙る。
ルーがこの世界に来て、いろんなことが起こったが、同時に見える世界が変わったのを感じた。
今まで互いが互いの存在を妬み、自分のことしか見えていなかった。
けれど、ルーから本当の強さや優しさ、大切なことを教えてもらった。
それは徐々に自分の中で意固地になっていたものが解れ、代わりに視野が広がるのを感じた。
合格と告げられて嬉しさや安堵より、不安を感じたのもこのためだろう。
まだ自分たちは未熟で、もっと世界を知りたいと。
二人は押し黙りつつもピオニーに向ける目には意志があり、それを返事ととらえたピオニーは満足げに頷く。
すると、謁見の間の大きな扉が開き、オールドラントのアッシュ達が姿を見せる。
「話は終わったのか?」
「はい、粗方終わりました。」
ルミナシアのジェイドが返事をすると、オールドラントのアッシュはルーに歩み寄る。
その表情は至極真面目なもので、ルーは目を瞬かせた。
「アッシュ?」
「お前に確認したいことがある。」
「?なんだ?」
「…オールドラントからこの世界に来て、お前は本当によかったのか。」
アッシュの問いにルーはピクリと反応する。
その間もアッシュはじっと真剣な目でルーを見ていて、ルーはその問いの真意を察する。
この世界に来たのはオールドラントで生きることができなくなったから。
それはオールドラントを取り巻く環境とアッシュという被験者の存在があるためだ。
そしてここに来たのはルーの意志ではないということ。
アッシュはそれをずっと気にかけていたのだろう。
だが。
「…俺は、オールドラントでアッシュの居場所を、ひだまりを奪ってあそこにいた。…けど、この世界に来て、初めて“自分の名前”をもらった。アドリビトムの皆は、俺を一人の人として受け入れてくれた。皆が俺に初めて、他の人のものじゃない、居場所をくれたんだ。俺がアッシュのレプリカだって知った時も、皆変わらずに受け入れてくれた。自分は自分のままでいいんだって教えてくれたんだ」
オールドラントでは犯してしまった罪や自分という存在、目の前に起こる問題に向き合うことだけにただ精一杯で、苦しかった。
この世界に来て沢山の仲間に会ってそのあたたかさに触れて、心が軽くなるのを感じた。
毎日がキラキラしていて、楽しくて…これまでに感じたことのない心地良さで…。
それもここの世界に来て、初めて自分の居場所を見つけられたから。
この世界のユーリやルーク、皆に出会えたからだ。
イオンやローレライ達の思いを知り、嫌いだったこれまでの自分も、少しだけ受け入れようと思うようになれたのも。
だから。
「だから俺は、ここにいたい。これからもこの世界の人たちと、皆と一緒にいたいんだ!」
ルーの表情は明るく、心の底から思う声と目の輝きがあり、アッシュはそれを受けようやく安堵したようにふっと笑みを見せた。
「…そうか。」
それならば何も言うまいと肩の荷を下ろしたアッシュ。
その様子を見て、こうしていがみ合いでもない、怒鳴りつけ合いでもない、あたたかな会話できている今にルーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「アッシュ、ありがとうな」
アッシュは僅かに目を瞬かせたが、すぐに笑みを返した。
その様子を見ていたピオニーは、何かを決めたようにルークの方を見る。
「ルーク、俺は先日のお前の案である“この世界のエネルギー問題はお前たちが解決すること”を受け入れよう」
「!じゃあ…!」
「この問題についてはお前に一任する。俺は一切関与しない。」
きっぱりと言い切った言葉に、ルークは呆然とした様子を見せる。
その答えは音素の問題には関与しないということ。即ち、ルーに対してとやかく何か行動は起こさないという国の決定だった。
「というわけで、だ。ルーク、頼んだぞ」
「はい!」
その後、ピオニーの計らいでゆっくりと過ごせるよう部屋と茶菓子などが用意され、暫しオールドラントの面々とルー達が団らんしていたが、ふとオールドラントのジェイドが懐から時計を取り出し立ち上がる。
「そろそろ時間の様です」
「え、…もう帰っちゃうのか…?」
ルーは弱々しく呟き、しょぼんとする。
分かっていたはずの別れではあるのだが、それでも心が沈む。
折角会えたのに…と俯きがちになってしまう。
すると、その様子を見たオールドラントの面々は笑みを見せた。
「また会いに来ますよ」
「!」
予想外の言葉にルーは弾かれたように、ジェイドの方を見る。
「今回はローレライの充足期間だったことと、こちらの世界の状況が掴めませんでしたのでフルの力を使ってきましたが…こちらの状況もわかりましたし、ローレライの力が満たされればもっと省エネで来れるはずです。」
「そ、そうなのか?」
「ええ。こちらのイオンが手伝ってくれるようなので」
ルーはイオンの方を見るとにこりと笑みを浮かべ頷く。
思いもよらぬ内容にぽかんとしていたルーだったが、オールドラントのガイにぽんと頭を撫でられる。
「また来るから、あんまり無茶するなよ」
な?と笑顔のガイに、ルーはじわじわと実感が湧き、嬉しさから頬を赤らめながらわかったと頷く。
それがまた可愛くてガイは笑顔でルーの頭を撫でる。
が、次の瞬間そこにルーはおらず、ハッとして見ればいつの間にかルーはユーリの腕の中に引き寄せていた。
「悪ぃが、これ以上触らせねぇよ。」
こいつは俺のだとわかりやすく牽制するユーリにルーは目をパチパチと瞬かせ、ガイは顔を引きつらせる。
その様子をルークが呆れがながら見ていると、ふと背後に気配を感じ、不審に思いながら振り向くとオールドラントのアッシュがいた。
「!?」
びくりと体を震わせ、反射的にバッと離れる。
そして猫のようにフーフーと毛を逆立てるように警戒していると、アッシュはにやりと笑みを見せる。
な、なんだこいつ!!!
じりじりと逃げ腰のルークだったが、一瞬の隙をついたアッシュがルークの耳元で何かを囁くとボッと顔を真っ赤にさせる。
「に、二度と来るなーーーーーーーっっっ!!!!」
実は今日、オールドラントのアッシュ達も駆けつける予定となっていた。
それは勿論ルーの誕生日を祝うためで、ルーには知らされていない。
今回はローレライが力を貸すのだというが、それでもわざわざ世界という大きな垣根を越えなければならない。
誕生日を祝うためとはいえなんとも壮大で、平和で、過保護な話だ。
でもルーのためということであればと、あの大精霊も簡単に力を貸すのだから、もうそういうもんだと思うことにした。
……あいつも来るのか…。
「そういえばルーク、ここ最近何か悩みでもできたのか?時々ぼーっとしてるよな」
「そうだね、ライマから戻ってきた頃からかな?ライマで何かあったのかい?」
「なななんでもねぇ!!!!」
顔を真っ赤にさせ狼狽するルークに、ロイドとクレスはお互いの顔を見合わせ首を傾げた。