第33話
今日のバンエルティア号はいつも以上な賑やかな様子だった。
ここはバンエルティア号にある食堂で、普段はここで皆が食事をとる場所として人が集まるので元々賑やかさはあるのだが、今はその様子とは異なっていた。
「ねーちょっとそれ切り過ぎじゃない?」
「え?そうかな?」
マオは隣で色紙を短冊状に切り進めているカイルに呆れた声を出すが、カイルは頭上にハテナを飛ばしながら手元にある山盛りの短冊の束を見る。
「切りすぎだよ!!どれだけ作ろうとしてるんだよ!?」
どう見ても多いよと思わずジーニアスが声を上げると、それにルカが苦笑いを浮かべる。
いつもルーと一緒にご飯を食べるメンバーであるマオ達は今大量の色紙で輪っかを作り、それを一つに連ねてカラフルな飾りの真っ最中。
簡単な作業ということもあり着々とその長さを伸ばしていく。なんだかんだ言いつつもワイワイと楽しそうに見える。
そんなテーブルの横ではエステル、リタ、ティア等の女性陣は花で飾りを作成していてこちらもこちらで笑顔が絶えない。
その近くではクラトスやユージーン達が机の配置換えを行ったり、荷物を運んだりしており、徐々に食堂をいつもとは違う華やかなものへと変えていた。
「すごいことになってきたな」
普通の食堂からパーティー仕様になっていく様を見ながら荷物を運んでいたセネルが零すと、近くで作業をしていたアンジュは笑顔を見せる。
「なんといっても今日の主役はルーだからね、みんな張り切っちゃうんじゃないかしら」
今日はなぜここまで大騒ぎの様子を見せているのかというと、今日は「ルーの誕生日」だから。
先日、この世界にオールドラントのアッシュ達が来た際、ジェイド達が音素について詳しい内容を聞く機会があったが、その際こっそりとルーの誕生日を聞いていたのだ。
向こうの世界とこちらの世界では暦は違うが、おそらく計算からいくと今日が誕生日にあたる日であることがわかった。
そのことを知ったバンエルティア号の面々からどこからともなくルーには内緒でサプライズの誕生日会をプレゼントしようという話が持ち上がり、反対する者は誰もおらずすぐに決まった。
そこからはとんとん拍子で話が進み、念密な計画の元、まるで一大イベントのように皆準備に追われた。
ある日を境に皆のテンションが上がっているのを感じたルーが首を傾げるシーンもあったが、元々自分の事に無頓着なルー自身とユーリの上手いかわしで気付かれずに済んだ。
ただ、今日の会場である船内のセッティングばかりは隠しようがないため、今はサプライズ誕生会の賛同者であるユーリがルーを連れて出かけている。
諸々のセッティングが終わる夕方まで、二人は帰ってこないだろう。
まだ午前中で時間もあるのだが、それでもやるからには盛大に盛り上げてルーを喜ばせたいと皆気合が入ってた。
「本当にあの子は人気者ですねぇ」
どこからともなく現れたジェイドにセネルとアンジュはびくりとする。
音を立てず気配を消して背後に立つのはやめてほしいとアンジュは思っていたのだが、ふとジェイドの手元にある封書のようなものに目が留まる。
「あら、それは?」
「これはライマ国の陛下、ファブレ家からの祝伝です。贈り物は直接渡したいらしいので」
錚々たる人達からの祝電に二人は軽く目を見張ったが、先日のライマの騒動でルーと親交ができたらしいことを聞いていた為、すぐに納得する。
また、今日のパーティーではそのライマから国教最高指導者らしい人物も来るらしく、今アッシュが迎えに行っている。
すると、早朝から外出していたフレンとジュディスがその場に姿を見せる。
「今戻りました」
「おかえりなさい。…?それは?」
アンジュはフレンの手元にある綺麗な赤いリボンでラッピングされた大きな袋を見て首を傾げるとフレンは笑顔で答える。
「これはガルバンゾの下町の皆から、ルーへプレゼントのクッキーだそうです。」
「まぁ、こんなに!?」
「頑張ってみんなで作ったようです」
実はこれを受け取りにフレンは外出していたらしく、それに付き合ったジュディスもふふっと笑みを見せる。
「もうすぐ私たちのボスも到着するんじゃないかしら。」
本当は一緒に連れてくる予定だったが、未だプレゼントで悩んでいるカロルをレイブンに任せて先に帰ってきたらしい。
ジュディスはボスが来たらよろしくと言い残し、料理に参加するため厨房の方へと向かう。
ジェイドもこの日ばかりは仕事や研究をやめ、準備に参加するらしい。
だが何をするかわからないとジェイドと最恐舌のフレンは厨房への立ち入りをルークとユーリから禁止されているため別の作業に向かった。
みんなの表情はとても明るく、笑顔と笑い声が船内を満たしていた。
それにアンジュは笑みを深める。
「みんな、ルーが大好きね」
一方、厨房では料理係のメンバーが夜のパーティーに向けて腕を振るっていた。
基本的に料理上手な面々がそろうが、その中にはルーク、ロイド、クレスの稽古仲間の姿があった。
3人はデザート作りに奮闘しており、中でもルークは髪を束ね気合の入った状態で小麦粉と格闘していた。
「くっそ、全然うまくいかねぇ!!」
料理の味は悪くないがルーと同様不器用さが目立つルークはケーキの生地作りにイライラし始める。
だが、それも一生懸命にやっているからこその証で、至る所に小麦粉をつけていても気にした様子は見せない。
その姿を見て以前ルーにピーチパイを教えた時の光景を思い出したクレアがふふっと笑みを見せる。
「ルーが見たらきっと喜ぶわ」
クレアの言葉を受けたルークはぐっと息を吞む。
そして嬉しそうな笑みを浮かべるであろうルーが頭の中に浮かぶ。
あの子なら絶対に喜ぶというのは手に取るようにわかる。ルーのためだと自分に言い聞かせてぎこちない手つきで再び作業を再開する。
それに…。
ルークはふと手を止め、あることを考えていた。