第5話
「見ちゃだめ!」
「わっレイブンいきなりなに!?おわっ!!」
雪崩るようにクローゼットから現れる3人。
「いたた…」
「もー、一体何なんだよ~」
「ダメダメ!子どもはこれ以上は見ちゃダ「何やってんだ?おっさん」はっ」
ギギギと音を立てながら振り向けば、さっきベッドに乗り上げていたはずのユーリが自分たちを見下ろすように仁王立ちしている。
ぼきぼきと拳を鳴らしながら真っ黒い笑みを浮かべ、その背後に恐ろしい般若の幻覚さえ見える。
汗がだらだらと噴き出す。
そのユーリをみたマオとカイルもあまりの恐怖から顔を真っ青にし、一目散に逃げ出した。
途端に背後で聞こえてくるレイブンの悲鳴に、ユーリは絶対に怒らせてはいけないと泣きっ面で走る二人は心に刻んだ。
ユーリは存分にレイブンを痛めつけた後、今回のいきさつを聞き、あまりにもろくでもない内容に呆れつつ屍になったレイブンを部屋から閉め出す。
やっと静かになった部屋で、未だ眠り続けているルーを見る。
あの騒がしさで起きないとは。
近付いてベッドの端に腰をかける。
「…無防備にもほどがあんだろ…襲っちまうぞ」
小さくため息をつきながら、顔にかかるふわふわと揺れるお柔らかな髪をそっと払うと、あどけない寝顔が現れる。
だが、よくよく見るとうっすら隈みたいなものが見え、ユーリは眉を顰める。
あの騒がしい中でも起きずに熟睡していることを考えると、もしかしてあまりよく眠れていないのではないのだろうか。
ルーは自分の内にいろいろとため込みがちだと思う。
また、他人のことを最優先にし過ぎて、自分自身をおざなりにするところを何度も見てきた。
それを伝えたところで自覚がないらしいルーは首を捻るだけだったが。
「何を抱えてんのかね…」
指でそっと目元を撫でるとピクリと反応する。
流石にこれは起きるかと考えていると、ルーは眠ったまますりっと手にすり寄り、甘えるように頬を押し付けてきた。
全くの想定外だった。
それがあまりにも可愛らしく、いけない気持ちをまた呼び起こしそうになる。
だが、流石に気持ちよく眠っているルーに手を出すのは気が引けた。
…頭でも冷やしてくるか。
そう思い腰を上げようとしたのだが、ピンと引っ張られる感覚にそれは止められた。
不審に思い、目を向けると自分の服の端を眠ったままのルーの手が掴んでいる。
おいおいおいおい!どこでそんなテクニック身に着けてきた!!?
この子はどれだけ自分を振り回せば気が済むのか。
顔に熱が集まるのを感じつつ、頭を抱えた。
本当に愛おしいと思う。
どうしようもないほどに。
それは日を追うごとに増していくばかりで。
まさか自分にこんな感情を抱くことになろうとは夢にも思わなかった。
ちらりと手を見るとしっかりと握られており、外すのは難しそうだ。
腹をくくるしかない。
小さくため息をつき、ユーリはルーの隣に横になった。
元々一人用のベットに2人の男が寝るには狭く、結果的に密着するしかない。
何の拷問だ…?
ふと目を向けるとルーの綺麗な顔が至近距離にある。
朝まで持つだろうかと本気で心配になる。
ルーはきっと自分に慕ってくれていると思う。
だが、それは恋愛としてなのか、親愛としてなのか、掴みかねている。
とはいえ、ここまで無防備なところを見せられて何もしないのは癪だった。
「…これくらいは許せよ」
あたたかい…
とてもあたたかなものに包まれているようで心地良い。
これは夢なのだろうか。でもこんなに心地よい夢なんて見たことがない。
起きたくない、もう少し…。
まどろみの中、温もりにすり寄るとふと温かいものが唇に触れた気がした。
***
まぶしい光を浴び、朝が来たことを肌で知ると、ゆっくりと意識が浮上してくる。
徐々に広がる視界。そのまず初めに飛び込んできたものは、真っ黒な布。
黒…?
寝ぼけ眼でそろそろ上を向くと、そこにあったのは自分を見つめるユーリの顔で。
綺麗だなーと暫しぼんやりと見つめていると、ユーリは笑いながら頭を撫でてくる。
「おはよう、ルー」
・・・・。!!!!!!???
一気に覚醒し、バッと起き上がる。
なんだ、何が起きてるんだ!!?
顔を真っ赤にして完全にパニック状態のルーに、ユーリは吹き出して笑う。
「え、え!?な、なんで!?」
「なんでって、お前昨日のこと覚えてないのか?」
ユーリの言葉に、ぴたりと固まり、頭の中を整理する。
そして昨日、ユーリを驚かす為にユーリの部屋にきた。そして隠れるためにユーリのベッドに入った事を思い出す。
だがその後の記憶がない。
ということは…。
「ごごごごごめんっ!!!!」
あろうことかあのまま眠りこけ、今の今までユーリのベッドを占拠していたことに気付く。
土下座する勢いで謝り出すルーに、笑いが止まらないユーリは別にいいからと頭をぽんぽんと撫でる。
本当に恥ずかしい、何をやってるんだ俺は…っ
穴があったら入りたいとはこういう心境だろう。
顔を真っ赤に染め、恥ずかしさのあまり涙目のルーをユーリはじっと見る。
「なぁ、お前ちゃんと眠れてるのか?」
その言葉に思わずぎくりと体を揺らす。
分かりやすく反応するルーに、ユーリはやはりかと内心呟く。
「な、なんでそのこと…」
「あまりにも気持ちよさそうに寝てたし、何度か起こしても全然起きなかったからな」
「ご、ごめん…」
「いや、別にいいけどよ。なんならまた添い寝してやるから。だから眠れない時とかちゃんと言えよ」
睡眠はしっかりと取れというユーリにルーは思わずポカンとする。
迷惑かけたはずなのにそんな風に言ってもらえるとは思わなかった。
久しぶりにしっかりと眠れたせいか頭がとてもすっきりしている。
ちらりとユーリを見るとユーリは優しい笑みを浮かべていて本心から言ってくれているのだと感じ取ることができた。
それに恥ずかしさを感じたが、そえよりも嬉しい気持ちの方が勝り、自然と頷いていた。
身支度をしに戻ったルーの後姿を見送り、静かになった部屋でユーリは大きなため息を吐いた。
よく頑張ったな、俺…。
完全な生殺し状態によく耐えたと思う。自分を褒めてやりたい。
もう一発くらいおっさんを殴ろうと心に決めつつ、すぐさま向かったのはトイレだった。
続く