第32話
光と風が落ち着いたころ、そっと目を開けたルーだったが、次の瞬間イオンがぐらりとその場に座り込む。
「イオン!!」
ルーはバッと駆け出し、イオンの元で膝をつく。
「イオン!大丈夫か!?」
「はい…」
イオンは俯いた状態で弱々しく頷く。
荒く息を切らし、額には汗を浮かばせるその姿に、ルーの脳裏に過去の記憶が蘇る。
力を使い果たしゆっくりと眠るように消えていったあの時が。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
ルーは顔を青ざめながら今にも泣きそうな表情になっていると、それまで辛そうにしていたイオンはゆっくりと深い呼吸を始め、顔を上げた。
「…大丈夫ですよ、この体は消えませんから」
顔を上げたイオンの顔は少し青白かったが、その口元には笑みを浮かべていた。
だが、次の瞬間ルーは思わず目を見開く。
イオンの目にオレンジ色の光が宿っていたのだ。
呆然としているルーの目に溜めていた涙がぽろりと頬を伝い落ちる。
その様子を見たイオンは、少し悲しげな表情を見せる。
「…僕は…あなたを悲しませてばかりですね。」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に目を瞬かせていると、イオンは小さく微笑み息をつく。
暫し目を閉じていたイオンは、静かに呼吸を整えるとしっかりとした表情でルーを見る。
「…ごめんなさい、…僕は…あなた方に嘘をつきました」
「!…嘘?」
「…僕は、あなたのことをローレライから聞いたと言いました。ですが、本当は違うんです。」
「え?」
「僕にあなたのことを教えたのは、もう一人の僕…オールドラントのイオン自身からなんです。」
「!?」
ルーは目を見開き驚く。
イオン自身から…?
どういうことなのかよくわからず困惑する表情を浮かべていると、イオンは静かに語り始めた。
「オールドラントのイオンはその最期、音素となり音譜帯へと還った。そしてその音譜帯に、あなたが救った、ローレライも還ったのです。そこでイオンはローレライと会い、ローレライがあなたを生かすためにあなたの音素を抱え込んでいることを知った。イオンは、あなたを生かすためにローレライの一部になることを選んだ。」
「!」
「あなたの音素は実体化が出来ない程に消耗が酷く、実体化できるまでに回復するためには時間が必要でした。イオンはその回復を待つ間、数多ある世界の中で、あなたがあなたらしく生きることができる場所を探しました。そして見つけたんです…ここには、かつてあなたが全てを否定した髪の長かった頃のあなたがいた」
ルーは息を飲む。
そして脳裏をよぎるルークの姿。
「僕はあの時、あの聖堂で祈りを捧げていました。そこにローレライの一部としてオールドラントのイオンが現れた。始めは自分と同じ姿の彼に驚きましたが、事情を聞き…僕はイオンの思いの共鳴し、そして約束を交わしました。」
「約束…?」
「はい。その約束を果たす為に、オールドラントのイオンは自分の力と魂をこの体へ移したんです。」
「!それって…」
「そう、僕の中にはもう一人の僕もここにいるんですよ、“ルーク”」
名を呼ばれた時、オールドラントのイオンの声が重なるように聞こえた。
ルーは大きく目を開き、信じられないとばかりに驚いた表情を見せる。
そんなルーに、イオンは慈しむように笑みを浮かべる。
「…僕は、あなたに出会えて本当にうれしかった。オリジナルのイオンから記憶の刷り込みをされた、イオンの形をした人形として生きていた僕にとって、あなたは希望でした。ですが、僕はあなたを笑顔にさせることは出来ませんでした。それどころか、あなたに悲しみと重荷を与えてしまった…。それが、とても悔しかったのです。だから今度は…あなたを悲しませるためではなく、あなたを笑顔にさせるために力を使おうと約束をしたんです。」
イオンは呆然とするルーをしっかりと見つめる。
「変わりゆくことは自然なことであり、あるべき姿だと思います。あなたが変わりたいと願い、前に進んだこともあなたにとって必要だったから起こったことだと。…ですが…僕は、あなたに問いたい。あなたが忌み切り捨てようとしていた過去のあなたは……本当に忌むべき存在だったのでしょうか…。」
イオンの問いかけにピクリと指先が動き反応するルー。
沢山の命を失わせてしまったアグゼリュス。
それがヴァンのせいだと言われても、それでも結果的にその引き金を引いたのは過去の無知な自分。
その記憶はルーの根底にあり続け、その辛く苦い思い出は消えてなどいない。
そう、ルーにとって、ヴァンよりも何よりも過去の自分が一番嫌いだった。
「住む世界が、環境が、状況が、関係が違えば違った見え方ができます。…あなたは、この世界のもう一人のルークを見て、知って…どう思いましたか?」
イオンの言葉がルーの中にあった小さなしこりに触れ、びくりと体がびくつく。
ルーはこの世界に来て、もう一つの“可能性”を見た。
もし、オールドラントが預言の世界でなかったら、自分がレプリカでなかったら、アッシュ達と別の形で会っていたら。
そんな“もし”の塊がこの世界にはあって、その中で見たもうひとりの自分である“ルーク”。
一緒にいて感じたのは、ルークは不器用で、とてもやさしさ人だった。
「…お、れは…」
認めたくない。過去の自分とこの世界のルークとではまるで違うのだと。
けれど、自分の中でズキズキと痛むものも感じていて、戸惑いを隠せない。
俯き、無意識に強く握りしめていた手を取られ、温かなもので包まれる。
見ればそれはイオンの手で、ゆっくりと顔を上げるとイオンは真剣な表情で口を開く。
「…あなたが自身の過去を許せないことをローレライは容認している、…けれど僕は…少しでもいい…許してあげて欲しいんです。…髪の長かった頃のあなたも、今のあなたも…僕にとっては希望の光で、大切で、大好きな友なのです」
必死の訴えにルーは目を開き、息を飲む。
その様子を静かに見ていたピオニーの元にバタバタと兵士が駆け寄ってくる。
「陛下!ご報告です!外部から侵入してきた敵と魔物ですが、突如現れた身元不明の強力な応援が複数名現れ、奴らを押し始めています!」
敵という単語にハッと我に返ったルーだったが、その報告に疑念が残る。
身元不明の強力な応援…?
それは一体と考えていると、ピオニーはなるほどと小さく頷く。
「街の方はどうだ」
「市街地はヴァン様率いる部隊とファブレ家の者たちの援護で、沈静化の方向へ向かっています」
「そうか、だが最後まで気を抜くな。」
「はっ」
バタバタ忙しく走り去る兵士たちをみていた、ルーはユーリの方を向き、そして二人はこくりと頷いた。