第31話
その頃、ルークは息を切らしながら城の裏側の方へ来ていた。
「くそ…はぐれた…」
仕事をしていたあの時、突如現れた兵士達に襲われかけたルークだったが、間一髪でラルゴとガイが駆けつけ難を逃れることができた。
部屋はその際ぐちゃぐちゃになってしまったが、大事に至らず一度は安堵したが、ここに留まるのは危険と判断してすぐに城から出ることに決めた。
だが、その逃げている最中にもルークを狙う兵士たちが他にも現れその交戦をする混乱の中、ルーク達はバラバラになってしまったのだ。
ルークは近くの倉庫の中に入り、周囲を見渡す。
そこには人の気配はなく、ひとまずここに身を隠すことに決め、物陰にどかりと座り込んだ。
「痛っ…」
ずきっとした痛みが走り、その方を見ると左肩付近から血が流れていた。
どうやらさっきの戦闘で怪我をしたらしい。幸いにもそこまで傷は深くないが、それでも鈍い痛みを感じる。
薄暗い倉庫と痛み、そして一人きりということもあり異様に不安が募っていく。
ルークはそれに耐えるように膝を抱え身を縮める。
すると、突然バンッと大きな音を立て扉が開き、びくりと体が震え思わず立ち上がる。
追っ手か!?
バクバクと心臓を鳴らしながら扉の方を見ると、そこにいたのは剣を片手に息を切らしたアッシュの姿。
「アッシュ!?」
「!」
思わずルークが大きな声を上げると、アッシュはバッとルークの方を見る。
お互いがなんでここにいるんだと呆然とした様子を見せたが、ルークはアッシュの背後の方で詠唱をしている術士の姿を認識するなり、咄嗟に飛び出した。
「アッシュどけ!!!」
「っ!」
ルークは思いっきりアッシュを突き飛ばす。
するとその直後、アッシュに向かって放たれた譜術―グランドダッシャー―がルークに直撃し、吹き飛ばされた。
「!?てめえっ!!」
アッシュはすぐに術士を斬りつけ倒すとすぐにルークの元へと駆け寄る。
ルークはもろに攻撃を受けてしまったようで、大きなダメージを負いながら苦し気に咳き込んでいた。
「っゲホゲホっ」
「おい!しっかりしろ!」
すぐに治癒術をと手を翳したアッシュだったが、TPが足りず発動できない。
アイテムもすでに底をついていて、ぎりっと奥歯を噛む。
「っなんで俺を庇った!!」
「…るっせーよ…。…早く行けよ、じゃなきゃ、お前残した意味ねぇだろ…」
「!何言ってやがる!」
声に抑揚のないルークは肩を押さえながらぐったりとした様子でアッシュの方に目を向ける。
「…お前の方が王に向いてんだ、だから逃げろよ…」
「!」
見れば先程の衝撃でルークの肩の傷が開き血がぽたぽたと流れていて、アッシュは目を見開く。
このまま出血が続けば危険な状態は避けられない。
治癒術が使えるイオンは先にシンクと共にルークがいるはずだった城の奥へと向かっている。
後悔をしている間もなく、こちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
「っくそ!」
***
「こちらです」
フリングスに連れてこられたルーとユーリがついた所は王の謁見室。
だが、その玉座には誰もおらずガランとした様子だった。
2人は周囲を見渡しフリングスの方を見る。
「ここでしばらくお待ちください。すぐにお越しになると思いますので。」
それでは失礼しますと一礼するとフリングスは兵士たちを連れ、部屋から出ていった。
…どういうつもりだ?
ユーリは訝しげにフリングスが出ていった扉の方を見る。
あれだけ侵入者扱いをして、しかもルーを狙っているにも関わらず、兵も置かずにルーと二人きりにさせるとは、いったい何を企んでいるのか。
ユーリはルーの方に視線を移すと、ルーは呆然とその部屋を見つめていた。
「?どうした」
「…ここ…やっぱり似てるんだ…」
「似てる…つーのは、オールドラントか?」
「うん…」
目の前に広がる景色は、グランコクマの謁見の間に酷似していて、不思議な錯覚を受ける。
フリングス少将がいたってことは…もしかして…。
キィっと扉が開く音がし、二人はそちらの方に目を向けた。
するとそこにいたのは、派手な格好をしたアルンプルトとその背後に続く兵士の姿だった。
「っ!?」
驚き声を失っているルーとスッと目を鋭くさせるユーリ。
そんな二人を前に、アルンプルトは見下したような笑みを見せる。
「ようやく捕まえたという連絡を受けて着てみれば…まさかお前までここにいるとはな」
「…なんでてめぇがここにいんだ」
クーデターの首謀者と聞いてはいたが、まさかその場にいるとは思っていなかった。
しかも他国だというのに、その身を隠さず堂々としたもので。
警戒しているユーリに、アルンプルトは鼻で笑う。
「なんでだと?見ての通り、この国はすでにわが手の中にあるからだ。」
「!それってどういうことだ!?」
すぐに反応したルーにアルンプルトは僅かに眉を寄せる。
「私はあの時の女を探し出せと指示したはずだが…お前は…」
「!そ、それは…」
「…まぁいい。調べる時間はたっぷりあるからな。」
下劣な笑みを見せるアルンプルトに、ルーはぞっとし身構える。
「このライマという小国はこれから先、私の元で国政が行われるのだ。」
「!?」
「私はガルバンゾの貴族として国に多く貢献してきたが、あの国は頭の固い奴らが多くてな。私ほどの器量があるのにも関わらず、国政への関与を断ってきたのだ。…これほど聡明な私を理解できないとは、なんとも馬鹿な奴らだ!!」
イライラを抑えられないのかアルンプルトは手を震わせ声を荒げる。
だが、次にはふっと笑みを浮かべたかと思えば笑い始める。
「私は王に相応しい男。その私に恥をかかせたあの国に償いをさせなければならない。その方法を考えていた時にこのライマという小国が目に入ったのだ。この国ではつい最近までクーデターが起きていた。それはここの権力者達が無力であるということの裏返しだ。付け入るにはもってこいの物件だろう」
ルーは男の言葉に嫌悪感を覚える。
大国だろうが小国だろうが、そこは多くの民が生活する立派な国だ。
それをまるで単なる“物”であるかのような発言に感じたのだ。
「だが、今のままではガルバンゾに攻め込んだところで握りつぶされる程度の国力しかない」
「!攻め込むってどういうことだ!」
「言っただろう、私はあの国に償いをさせなければならないと。その為にはあの国を破壊するしかない。…ガルバンゾとライマの間で戦争を起こすのだよ」
「!!!」
ルーとユーリは思わず目を見開く。あまりの事に言葉を失っている二人にアルンプルトは歪んだ笑みを見せる。
「私はガルバンゾの貴族として、あの国の中枢に近づき陥れる準備をしている。その間にこのライマにいる邪魔な王族どもを排除する。…だが、それでもやはりこのライマは小国だ。何か他に利用できるものを探していた際、“見たことのないエネルギー”を持つあの女を見つけたのだ。あの女の力は使える、そう私は確信したのだ。」
「…一体何に使うつもりだ」
地を這うような低い声のユーリの問いかけに、アルンプルトは馬鹿にしたような高笑いをする。
「戦争の道具にするに決まっているだろう。あの力を上手く使えば多くの破壊と恐怖を生むことができる。小国が大国に勝つことは十分可能だ!」
「…っ」
「この可能性をこの国の軍の者たちに話したところ皆が賛同し、私の元に付いた。お前たちをここへ連れてきたあの少将もその一人だ」
「!!」
ルーはさっと顔を青ざめさせ、あの少将が…?と強いショックを受ける。
危害を加えるつもりはないと言っていたのは嘘だったのか。
手を震わせながら俯くルー。
だが、アルンプルトの高笑いは止まらない。
「私の計画の邪魔な者たちを排除するために、ガルバンゾから私の部下たちを連れてきている。今頃、王族狩りでもしているだろう。そしてこの国の有望な者たちと共に、ガルバンゾを火の海に変えてやろう。まずは、あの小汚い下町見せしめに…」
楽し気に語られたそれにユーリの中で何かが弾けた。
ユーリは持っていた剣を強く握り、素早く斬りかかる。
あまりの速さにアルンプルトが反応できず、吹き飛ばされた。
背後にいた兵士たちにどよめきが走るが、すぐに武器を構えユーリに切りかかる。
だが、ユーリはそれを超えるスピードで兵士達を切り捨て、苦しそうに転がるアルンプルトの元へと静かに歩み寄る。
アルンプルトは大きなダメージを受けた状態でゆっくりと見上げると、そこには怒りに染まり隠すことのない殺意を纏う目。
ユーリは無表情のまま剣を振りかぶる。
だが振り下ろそうとした次の瞬間、その剣先は振り上げた状態で止まってしまった。
「だめだユーリ!!」
ルーはユーリを背後から強く抱きしめ、その手を止める。
ルーの言葉に反応し僅かに我に返ったユーリだったが、未だ怒りに心が支配されており、身を振りなんとかルーを引きはがそうとする。
だが、ルーは抵抗して決して離そうとしない。
「っ!離せルーっ!!こいつだけは…っ!」
「許せないのはわかるっだけど、それ以上はだめだ!」
衝動のまま声を荒げたユーリに、ルーは大きく首を振り必死に静止の声を上げる。
「どんな人でも、どうしても許せない奴でも、その命を斬ったら辛いんだ!」
強く言い切られた言葉にユーリはびくりと反応し抵抗する力が僅かに緩まる。
そんなユーリにルーは絞り出すように続ける。
「俺は、沢山の命を斬ってきた…、生き残るには、それしかなかったから…でも、辛い気持ちは今でも消えない…!!」
「っけど俺はっ」
「大丈夫なはずないっ!」
ユーリが大丈夫だと言う前にルーは強く否定をした。
「ユーリは誰より正義感がある、けど…っ、その分優しいから、ユーリは自分がしたことを忘れない、ずっと責め続けて自分を許せなくなる!!最後に一番苦しむのはユーリだ!!」
「っ」
「ユーリに、こいつのせいで、そんな思いをして欲しくないっ!」
だから絶対にダメだと必死に静止するルーの思いを聞き、ユーリはぐっと強く奥歯を噛みしめ、強い怒りの中心にいた自分に渦巻く衝動と葛藤する。
その時だった。
「まあ落ち着け、二人とも」
突如背後から声がし、二人は無意識に振り向く。
そこにいたのは、腕を組み笑みを浮かべたピオニーの姿だった。