第30話
「…だから、あなたに託したんです。ルークにとって、とても大切な存在を」
イオンの言葉を受け、ユーリは目を瞬かせる。
そんなユーリを見て、イオンはふっと微笑みを見せ、ルーの方を向く。
「…僕も、あなたにならルーを託せると思いました。あなたといる時のルーはとても自然で、安心しているように見えます。」
「…そうか?」
「はい」
しっかりと頷き、ルーの方を向いたままのイオンをユーリはちらりと見る。
ルーを見つめるその目は優しく慈愛に溢れていたが、一方で悲しげにも見えた。
「もし…あなたと早く出会えていれば、何か変わっていたかもしれませんね」
「…おまえ」
ぽつりとつぶやかれたイオンの言葉にユーリが反応し顔を向けると、イオンは落ち着いた表情で微笑む。
それにどこか違和感を感じたユーリは僅かに眉を寄せた。
すると、イオンはルーの方へ向き直るなり、ルーへと歩み寄る。
「ルー」
「ん?」
ルーが振り向くとイオンは真面目な表情でじっと見つめた。
向かい合うようにいるルーはきょとんとしながらも目を瞬かせる。
どうしたんだ?と声をかける前に、イオンは意を決した様子で小さく頷いた。
「少しお時間いいですか?あなたに話しておきたいことがあるんです」
「話しておきたいこと?」
「はい。あなたももしよければ。」
イオンはユーリの方にも目を向ける。
その表情は真剣で、ルーとユーリはお互いに目を合わせたが、イオンの方に向き直ると静かに頷いた。
イオンはアッシュに頼んで部屋を借り、合わせてその周囲の人払いをしてもらった。
静まり返る部屋でルーとユーリはイオンに向かい合うように備え付けのテーブルに座る。
目の前のイオンはこれまでと違い、笑顔はなくどこか緊張感がある。
2人はじっとイオンを見ていると、それに答えるようにイオンは口を開く。
「僕があなた方に話しておきたいことは、ルー、あなたの事です。」
「俺???」
「はい。あなたがなぜ、多くの星々がある中、この世界に来たのか…ということをお伝えしたくて」
「へ?」
あまりに突拍子もない内容に、ルーは目を大きく瞬かせ気の抜けた声を上げる。
驚いているのはユーリも同じで、ピクリと反応する。
ルーがこの世界に来たのは、オールドラントの世界では生きることができないから。
単にそう考えていた。
「…ルーがこの世界にきた特別な理由なんてあんのか?」
「はい」
ユーリの問いにイオンはハッキリと肯定し頷く。
なぜそんなに言い切れるのか、ユーリは怪訝な表情を浮かべると、イオンはそうですねと呟く。
「怪しむのも、不思議に思うことも仕方のないことだと思います。…本題に入る前に、経緯をお話しします。このライマという国が宗教国家だということはご存知だと思いますが、その信仰をしているものは神ではなく、“導師”と呼ばれるものになります。“導師”は特別な力を持っていて、その力を信仰しているんです。」
「じゃあ、皆が祈りを捧げていたのは、イオンだってことか?」
「そういうことです。…ですが、本当は僕が特別な力を持っているわけではないんです。」
「え?」
「見ての通り、僕はただの人間でしかありません。そんな僕を“導師”としているのは、たまたま僕がある精霊の声を聴くことができたから。僕はその精霊の言葉を“導師”の言葉として発言しているだけなんです。…実はこのことを知っているものは、教団の上層部の中でも一部の人間だけなんです。」
「ルーク達も知らないのか?」
「詳細は知らないはずです。…教団の力を誇示するためにも敢えて伏せてきました。」
「あいつらに言えないことを俺たちに言ってもいいのか?」
「…本当はいけないことかもしれません、ですが僕は一人の人として、約束を守りたいんです」
「約束…?」
ルーは首を傾げると、イオンはこくりと頷く。
「精霊は多く存在していますが、僕達が信仰している精霊はあまり姿を現しません。多くて年に数回あるかないかです。その為僕は毎日、あの場所に残り祭壇で祈りを捧げ続けています。」
「その精霊が来るまで待ってるってことか??」
「そうです。もし精霊が現れても僕が不在ではその言葉を聞くチャンスがなくなってしまいますから。」
いつ来ても良いようにあの場に留まっているというイオンの言葉に納得はしたものの、そんないつ来るかもわからないものを待ち続けている方になんとも言えない違和感を感じる。
「…そんなに信仰って大切なものなのか…?」
ルーからしたらその精霊とやらの話を聞くためだけに、イオンは自由を失っていると感じた。
アグゼリュスで死ぬためだけに生かされていた自分と同じではないか。
「そうですね、それで人々の支えになるのなら」
「…」
「ですが、ここ最近は状況が変わってきました。」
「変わった?」
「これまでほとんど現れなかった精霊が、よく頻繁に現れるようになったんです。」
「そりゃよかったな」
ユーリの言葉にイオンはにこりと笑みを浮かべ頷く。
「はい。これもルーのおかげですね」
「へ?」
ルーはきょとんとした様子で目をぱちぱち瞬かせる。
俺のおかげ???
不思議そうにするルーにふふっと笑うイオン。
そんな二人をみてユーリはピンとくる。
「その精霊って…まさか」
「はい、そのまさかです」
「え、ユーリ?知ってんのか?」
頭の上にハテナを飛ばしているルーはイオンとユーリを交互に見る。
よくよく見るとユーリは驚きの表情から呆れの表情に変わっていく。
「きっとルーの事が心配なんでしょうね」
「…あいつ…」
「え?え??」
話についていけずに困惑しているルーにイオンは笑顔を向ける。
「僕たちが信仰している精霊は、“音”の精霊…ローレライなんです」
「・・・・・・・へ!?」