第30話
夜が更けた頃、ライマの城にある一室にペンを走らせる音が響いていた。
カリカリと続いていたそれは途中ぴたりと止まる。
「・・・・・・・・・だーっ!!!もうやってられっか!!!!」
髪を掻きむしりながら己の鬱憤を大声で吐き出しているルークに、近くで剣の手入れをしていたガイは苦笑いを浮かべる。
「まだ再開して30分も経ってないぞ?」
「はあ!?30分どころかここに来てからずっとじゃねーか!!やらされてる俺の身にもなれっつーの!!」
イライラが絶頂に来ているルークは、ペンを文字通り投げ出し備え付けられているソファーにダイブする。
質の良いソファーに身を沈め、ふかふかのクッションに顔を埋めた。
「あー…マジでだりぃ…つーか本当にクーデターなんて起こんのかよ?…ジェイドのやつ、はめやがったんじゃ…」
「さすがの旦那もそんな大袈裟なことはしないんじゃないか?…まぁ、家に帰る前にちょっと挨拶と思って先にこっちきたらこれだからなぁ…」
ルーク達は無事ライマに到着したとき、久しぶりの帰郷ということもあり一度家に帰ろうとしたのだが、着いたのが夕刻と時間的にもとりあえずは会わなければと考えていた人物への顔出しをした方がいいかと判断し、城に出向いたのだ。
軽く挨拶を済ませて帰ろうとするルークだったのだが、その相手に軽く言いくるめられ気づいた時には大量の書類が置かれた部屋に連れ込まれ今に至る。
数日部屋に缶詰状態で、苦手な書類回りをさせられているルークのイライラがピークに達しているのはガイでも仕方ないと思う。むしろよく頑張った方かもしれない。
ただその書類を見ると、ルークが不在の時にためられたものも含まれているので自業自得というのもあるのだが。
最初こそその負い目もあったこと、またこれを指示した人間に逆らえず仕方なしにやっていたルークももう既に限界だった。
ルークはだらっとした様子で深く息をつく。
元々こういうのは向いていない。ちらりと机の上を見るとそこには書類の束がある。
書類の山、とまではいかないものも複数案件があって、そのどれもが大切な事案で、複雑なものだ。
やってもやっても終わらないのは、自分の知識不足や判断力の足らなさであるということはルーク自身分かっている。
一方でアッシュはこの手の仕事は得意で苦なくこなす。
その差を改めて実感するとどうしようもない焦燥にかられ、ルークはクッションに顔を埋める。
「…こんなのアッシュにやらせればいいじゃねぇか」
「ルーク、お前…その部分だけ切り取って口にするから皆に誤解されるんだぞ?」
長い付き合いでルークが何を考えているか大体わかるガイだから何を言いたいか脳内で補填できるが、他の皆ができるわけではない。
ある意味バカ正直といえばそうだが、単純に言葉が足りないだけだと思う。
一方ルークは顔を埋めたまま別にいいと力なくぽつりとつぶやく。
やっぱりここは嫌いだ。
心が落ち込み息苦しさを感じる。
すると、ふと浮かんでくるのはルーやロイド達の顔。
「寂しいんじゃないか?」
ガイの言葉にビクリと体を震わせるルーク。
そのわかりやすい姿を見たガイはふっと笑顔を見せる。
「何も言わずに来たこと、後悔してるんじゃないか?」
「…別にしてねぇよ。…あいつらには…関係ねぇし」
ぼそりと呟かれたルークの強がり。
きっと、ルー達に帰る事情を素直に話せば自分たちもと言い出すと思った。
クーデターの話が本当であれば、危険が後をついて回る。
それに加えルーが狙われているのであれば、ルークの中で答えはそれしかなかった。
「…やっぱ、あいつ来てるかな…」
「ルーか?」
「…」
何も言わずに、ジェイドも盾に置いてきたのだが、ルーにはすぐにバレてしまうような…しかも追いかけてきてしまう、そんな気がしていた。
自分がルーが考えていることをどこかピンと感じることがあるように、ルーも自分に対して同じなのではないかと思うことがある。
もし、ルーだったら…
「なぁ」
「…なんだよ」
「ルークは、今でもルーが好きなのか?」
「ブッ!!!?」
唐突なガイの質問にルーは思わず飛び起きる。
いったい何言い出すんだと顔を赤くさせたじろぐルークに、ガイはいやなと続ける。
「ルーが好きなのに、わざわざユーリにそのルーを頼むってなかなかできないと思ったからさ」
ユーリはルーが盲目的に好きなことは一目瞭然で、ルーもユーリの事が好きなのはギルドの中でも共通認識だった。
そんなユーリに頼むとはかなりの大物になったのかと、ガイは感慨深げに考えていたのだが、そもそもルークの口からルーが好きだという言葉をちゃんと聞いたことがなかった。
態度が分かりやすいだけに聞かずとも…と思っていたが、この際聞いておこうと思ったのだ。