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第29話

部屋へ向かう間、再び心臓がバクバクと脈を打ち始める。
だがそれに比例して力強くルーの手を握りしめてくるユーリの存在に、ルーはなんとかその足取りを止めずに進むことができた。

大きな扉の前に到着すると、アッシュはちらりとルーを見る。
ルーはその視線に気づき、小さく頷いた。
それを受けたアッシュは数回ノックをすると、中から声が聞こえてくる。
その声はルーの想像通りだった。
アッシュはゆっくりと扉を開き中へと入ると、部屋の奥に設置されている大きなベッドの上にシュザンヌはいた。

「ただいま戻りました、母上」
「まぁアッシュ。おかえりなさい。元気にしていましたか?」

至極嬉しそうにアッシュを出迎えたシュザンヌの姿に、扉の物陰から見ていたルーはぎゅっと手を握る。
もう会えないと思っていた自分の母親と同じ。けれど違う存在を前にルーは息を飲む。

母上…

そう心の中で呟いた時だった。
ふとシュザンヌはアッシュの背後に目を配るなり、ぴたりと止まる。

「ルーク?」

突然名を呼ばれたルーはビクリと体を震わせる。

ど、どうしよう…!!

全く心の準備が出来ていない状態で焦ったルーは咄嗟にフードで顔を隠し、目を彷徨わせる。
その様子をシュザンヌはじっと見ていたが、ふっと笑みを浮かべる。

「こちらへ来てくれますか?」

その言葉にびくりと手が震える。
戸惑いを隠し切れないルーだったが、ちらりとシュザンヌの方を見ると優し気な眼差しを向けていた。
ルーはふと傍にいるユーリへ目を向けると、ユーリは大丈夫だと目で答える。
それを受けルーはぐっと腹を括り、シュザンヌの方へと歩み寄る。
ベッドの傍まできたはいいが、顔を上げることが出来ず俯いたままのルーに、シュザンヌはゆっくりとベッドから出るとルーの前に立つ。

「顔を見せてくれますか?」

ルーは恐る恐る顔を上げると、シュザンヌは微笑み、顔を隠していたフードを外すとルーの顔を見つめる。

「…あの子ではありませんね。」
「…」

ルーはぎゅっと手を握りしめ、逃げ出したくなる衝動を抑える。
不安げに揺れる瞳をじっと見ていたシュザンヌはふっと笑みを深める。

「…でも、不思議。初めて会ったはずなのに、他人には感じないわ」

思いもよらぬシュザンヌの言葉にルーは目を大きく開く。
その様子を見たアッシュは、一歩前へ出るなり、口を開く。

「母上、実は…」

アッシュはルーが他の世界からきた、他の世界のルークであることを丁寧に話す。
あまりにも飛びぬけた内容に驚いた表情を見せながらもシュザンヌはアッシュの話に最後まで耳を傾け聞いていた。

「…信じられない話かもしれませんが…」

話し終えたアッシュは神妙な面持ちを見せたが、それに対しシュザンヌは首を軽く振る。

「何を言っているのです、可愛いわが子の言葉を信じないはずがないでしょう。そう…あなたはもう一人のルークなのですね」

シュザンヌは言葉の通りアッシュの言葉を信じたようで、納得した様子でルーにとても優しい笑顔を向ける。

「名前はルーというのですね。遠くからよくぞここまで…大変だったでしょう」

そういうなり手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。
よく頑張ったといわんばかりのそれに、ルーは目を瞬かせているとシュザンヌはルーの手を取る。

「異世界から見知らぬ土地へ来て、心細かったのでは?」

そう心配そうにするシュザンヌは、本当に自分の母親のようでルーは息を詰まらせる。

きっと、母上だったら同じことを言うんだろうな…

そう感じたルーは自然と口が開いた。

「…いえ、俺はこの世界にきて…すぐルークや皆に出会えました。皆とても優しくて、毎日が楽しくて、心細くないです。」

本心からでた気持ちを素直に言ったルーの顔には自然な笑みが零れ、それにシュザンヌは微笑む。

「そう、安心しました。」

再びルーの頭を撫でながら嬉しそうな表情を見せる。
完全に子ども扱いする自分の母親と同じ様子のシュザンヌに、ルーは頬を軽く染め恥ずかしそうにしていると、シュザンヌはにこにこと笑顔を見せながら口を開く。

「これからはここをこの世界の我が家だと思って、顔を見せに来るんですよ」
「…へ?」

ルーは言われた意味が分からず、気の抜けた返事を返す。
すると、シュザンヌはルーの両手を自分の両手で包み込むとしっかりと目を合わせる。

「今日からあなたはこの家の子です」

そうはっきり言い切ったシュザンヌにルーは目を真ん丸に真ん丸くする。
急展開に驚いているのはルーだけではなく、アッシュ達も目を見張っていた。
だがシュザンヌはといえば、にこにことお構いなしに話を進める。

「ふふ、お父上にもお伝えしないといけませんね。あの人の事だからきっと喜ぶわ。」
「え、え!?で、でも…」

困惑を隠しきれないルーがしどろもどろになっていると、シュザンヌは笑顔で続ける。

「きっと、あなたの母はもう一人の私なのでしょう?」

すばり言い当てたシュザンヌにルーは思わず目を瞬かせる。

「え、な、なんでわかって…」
「あなたを見ていればわかりますよ。」

えええ…と見るからに困惑しタジタジになっているルーの様子を見て、シュザンヌはふっと笑みを浮かべる。

「…もし、私があなたの世界の母親の立場であれば、今もきっとあなたのことを心配していると思います。」

ルーはぴたりと止まる。そして不意にシュザンヌの方を見ると、とても真剣な目でルーを見つめていた。

「親にとって子は、いつまでたっても大切で可愛い子。その子に会えない寂しさを考えると…胸がとても痛いんです」
「…」

シュザンヌの言葉に、ルーは静かに俯き自分の中で膨らんでくる感情を、手をぎゅっと握り耐える。
すると、今にも泣き出しそうなルーの頬にそっとシュザンヌは手を当てる。

「…けれど、その子が元気でやっているのであれば、幸せならばそれでいい、そう思うのです。ならば私は、あなたの母の代わりとしてでも、あなたを大切にしたい。」

そう優しく紡がれた言葉に、ルーはゆっくりと顔を上げるとシュザンヌと目が合う。

「親と子、血縁という繋がりもあるかもしれませんが、それだけじゃない、私は思います。」

しっかりと向けられたそれはルーがオールドラントの母から受けていた温かく優しい眼差しと同じものだった。

「…母上…」

ルーの口から自然に零れ落ちたそれに、シュザンヌは目を細め嬉しそうに笑顔を見せる。

「ふふ、可愛い三男坊が出来ました。よかったわね、アッシュ、あなたにも念願の弟が出来て」
「「!」」

アッシュの弟という言葉にハッと反応したルーは、思わずアッシュを方を見る。
その目は期待のこもったきらきらとした純粋そのものの目で、アッシュはぐっと怯む。
すると今度は、“念願だったんですね”とイオンから微笑みとシンクからニヤニヤとした意地悪い笑みを受け、顔を赤くし、引きつらせる。
違うと言いたいアッシュだったが、シュザンヌとルーの嬉しそうな視線に否定できず、しどろもどろになっていた。
そんな一幕を見ていたユーリはふっと笑みを浮かべた。


「あら…導師イオン、シンク殿もいらしてたのですね。」
「お久しぶりです」

ようやくイオン達の存在に気付いたシュザンヌに、イオンは笑顔で挨拶をする。
すると、シュザンヌはふとユーリの方へ目を向ける。

「あなたはこの子たちのお友達?」

“お友達“という単語にユーリはあー…と声を漏らす。
ルークとアッシュはただのギルド仲間で、ルーは恋人。友人という関係ではない。

「いや、俺は…」
「いつも仲良くしてくれてありがとう、これからもよろしくお願いします。ところでアッシュ」
「はい、何ですか?」
「…。」

ユーリはすぐに気づいた。この母親、度の過ぎる親馬鹿なのだと。

わが子以外の言葉、全然聞こうとしねぇ…。

現に既に意識はアッシュに向かっていて、この国の重鎮であるはずのイオンでさえ蚊帳の外だ。
イオン達は慣れているのか気にした様子を見せていないが、なんとも釈然としない。
そんなことをユーリが思っている中、シュザンヌ達は話を進める。

「ルークは今どうしているの?元気にしていますか?」
「!…ここに来ていないんですか?」
「ええ。元気であれば良いのですが…たまには顔を見せに来てほしいとあの子に会ったら伝えてもらえますか?」
「…わかりました」

その後、ルーの事はファブレ家の者たちへ伝えておくとシュザンヌはルー達に約束し、ルー達は部屋を出る。
無事挨拶を済ませ、ホッと安堵したのも束の間、気になることがあった。

「…あいつ、ここに来ていないのか」
「妙ですね…」

アッシュとイオンは顔を僅かにしかめる。
城の目の前にあるというのに、ルークが自分の家に顔を出していないことに違和感を感じたのだ。
あのシュザンヌはこの世界でも体が弱く、ベッドの上での生活が中心。
ルークの性格を考えれば、心配性な母親の所へなんだかんだで顔を見せに来ているだろうと見込んでいた。
すぐに城へ向かおうとしたのだが、もうすでに日が暮れ辺りは薄暗く、既に門も締まってい
今無駄に騒ぎを起こすのは得策じゃないと、致し方なく今日はファブレ家に泊まることになった。
そのことを知ったシュザンヌは久しぶりの親子の時間に喜び、アッシュとルーを甘やかす。
それはルーでさえ戸惑うほどで、タジタジになりながらもどこか嬉しそうにするルーの姿をユーリは笑顔で見守っていると、ふと背後に気配を感じ振り向く。
そこにいたのはイオンで、ふっと笑みを浮かべた。

「ルークの言う通りですね。」
「?何がだ」
「ルーには、あなたが必要だと…そう手紙に書いてあったんです。」
「!」

ユーリは驚き目を瞬かせる。
ルーがルークとよく一緒にいて、その時のリラックスした様子を何度も見ているユーリにとって、ルークは誰よりも油断できない最大の恋敵。
そう警戒していた相手の手紙に書かれていたその内容に耳を疑う。

あいつが…?

訝しげな表情を浮かべるユーリに、イオンは笑みを浮かべながら続ける。

「ルークがルーを大切に思う気持ちはあなたと変わりないと思います。…ですが、その向ける気持ちは、あなたとは違うと私は思います。」
「向ける気持ち?」
「はい」

ルークの考え、思いを文字という形を通して知っていたイオンは途中でルークの気持ちに変化が出ていたことに気づいていた。最初は初恋のようなものだった。
けれど。
イオンはユーリの方へと体を向ける。

「…だから、あなたに託したんです。ルークにとって、とても大切な存在を」




続く
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