第29話
イオン達の支度が済み、ルー達は早速ルーク達がいるであろう城の方へと出発する。
城があるのはライマの中心地で、ここからは離れている為一度フィールドに出て移動する必要がある。
歩いて移動しようとしたルー達だったが、シンクはそんな面倒なことしたくないと馬車を用意しており、皆その馬車に乗って城まで向かっていた。
「このままルーク達のいる城に向かうのか?」
馬車に揺られながらこれからのことが気になったルーはアッシュに問うと、アッシュは首を振る。
「いや、一度ファブレ家へ向かう」
「え?なんで…」
「父上と母上にお前のことを話すためだ」
アッシュの話を聞いて、ルーはぴしりと固まり顔が強張らせる。
以前ルークに両親のことを聞いた際、やはりオールドラントの自分の両親と同じ名前の人物だった。
そのことを思い出し、ルーは目を彷徨わせる。
「お、俺…」
正直、二人には会いたくない。特に母親であるシュザンヌには。
オールドラントの時、シュザンヌは体が弱く、常に一緒にいることは出来なかったが、それでも彼女の愛情は受けていた。
それはアッシュのレプリカで、本当の意味で血の繋がりがない存在であることがわかったとしても、彼女は我が子であると変わらずにルーと接し受け入れていた。
自分の母親とは別人とはいえ、その口から、ルークにそっくりな自分に対して、我が子ではないという言葉を聞きたくなかったのだ。
逃げ出したそうにするルーに対して、アッシュは口を開く。
「これはあいつと最悪の形で鉢合わせした時の予防線だ」
「最悪の、形?」
「…もし、あいつが瀕死の状態時にお前がその場いたら…お前の事を知らない他の人間が見たとき、どう判断するか考えろ」
写し絵のようにそっくりな存在が傍にいれば、それは影武者、もしくはスパイだと思われる。
敵にとっては抹消対象で、味方にとってはそっくりの偽物が本物に危害を加えたと考えてもおかしくない。
そしてそれに対して本当のことを訴えても通じないということも容易に想像できた。
「…どこまで効力があるかは分からないが、それでも一定の効果はあるはずだ」
確かにイオンだけではなく、ファブレ家の後ろ盾があるかないかで状況は変わってくるだろう。
アッシュとて最悪の事態を想定したくはないだろうが、万が一に備えたルーへの気遣いに、ルーは俯きながら小さく頷いた。
暫く馬車に揺られていたルー達の前に、大きな街が見えてきた。
ガルバンゾほどの大きさではないが、それでも沢山の建物が立ち並んでいるのが見え、栄えているというのが分かる。
ルー達は街に入るなり、馬車から出ると、すぐに目に入ったのは大きな噴水や壁を流れる滝水。
噴水には涼んで休んでいる人や水で遊んでいる子供の姿があった。
周囲を見渡せば、白や落ち着いた印象を持つ建物が立ち並びきれいな町並みが広がり、奥には白くそびえる城がある。
「なんか、似てる」
それをぼんやり見ながらぽつりとつぶやくルーにユーリ達は反応する。
「そういや、さっきも言ってたな。何が似てるんだ?」
「…イオンたちがいたあの場所も、ここも…オールドラントに似てる、そんな気がする」
ユーリの問いかけにそう答えると、イオンはルーを見る。
「…つらくないですか?」
ルーはイオンを見ると心配そうな顔を浮かべていて、その意味を察する。
ルーにとってオールドラントは故郷で、帰ることができない場所。
それに対して感傷に浸ってもおかしくない。
でも。
「ううん、なんか懐かしくて、嬉しいよ」
オールドラントに戻ることは出来なくても、その景色と似ている場所があることに、ルーはどこか安堵し嬉しいと本心から思った。
嬉しそうに笑うルーに、イオンはホッとした様子で笑顔を見せた。
「あそこだ」
街中を進んでいき、アッシュが指さす先の方に見えてきたのは大きく立派な屋敷。
その屋敷の前には警備にあたる騎士の姿が多数あった。
城の近くにあり、どう見ても一等地であろう区画にこれだけの規模の屋敷を生目で見たユーリは、マジでお坊ちゃんなんだなと改めて再認識していた。
そんな中、ルーは不安げな表情を浮かべていた。
ついちゃった…。
「行くぞ」
気が重そうなルーを横目で見つつ、きっぱりと言うアッシュに皆続く。
アッシュは門の前にいる騎士に話をするとすぐにその門が開かれる。
そして中へと入ると、屋敷内には豪華な装飾が飾られていて煌びやかな装いだった。
ここも似てる…つーかこれって…
驚くべきはその雰囲気と造りだ。
ここはまるでオールドラントの自分がいた屋敷に瓜二つ。
あまりにそっくりな様子にルーは驚きを隠せないでいると、アッシュ達に元に執事のラムダスが現れ、一礼する。
「お帰りなさいませ、ぼっちゃま。」
「ああ。父上と母上にお会いしたいんだが、今どこにいる?」
「旦那様は残念ながら外出しておりまして…奥様なら自室におられると思いますよ」
「そうか。悪いな」
アッシュは礼を言うなり歩き出す。
それに皆続くが、その中でルーは俯き、重い足取りだった。
そっくりすぎる屋敷の中で、ルーはまるで実家に帰ってきたような妙な錯覚を受け、これから起こることを考えると今すぐ逃げ出したくなった。
極度の不安からルーは身を隠すために身に着けていたフードの首元をぎゅっと握りしめ俯く。
すると、その震える手を温かいものが包み込んだ。
それにびくりとし、恐る恐るそちらの方をみると、それはユーリの手。
そろそろと顔を上げると、笑みを浮かべているユーリがいて、ユーリは手を持ち上げるなりルーの手の甲にキスをした。
「!」
その行動にアッシュ達は驚き、ルーはあまりに突然のことにぽかんとする。
先程まで頭の中が不安でいっぱいのルーだったが、一瞬で頭の中がリセットされたようで何度も目をパチパチとさせる。
その様子にユーリは殊勝な笑みを見せた。
「大丈夫だ、ルー」
「え?」
「お前が考えてるようなことにはなんねぇよ。これから会うのはお坊ちゃんとこいつの母親なんだろ?」
そういいながらユーリはアッシュの方に視線を向ける。
アッシュは何度か目を瞬かせたが、意図をくみ取り頷く。
「母上はお前を否定したりしない。そういう方だ」
アッシュの言葉に呆然としていたルーだったが、すぐ傍にいるユーリの自信に満ちた顔を見るなり、こくりと頷いた。