第27話
アッシュは二人の様子を見るなり、ジェイドの方へ向く。
「俺がこいつらを連れていく。…あの馬鹿に譲られた座なんざ興味ねぇ。」
「…そうでしょうね」
想像通りの展開にジェイドは特に驚きもせず頷き、ルーとユーリを見る。
「…とはいえ、アッシュはともかく、あなた方はライマにとっては部外者に他なりません。特にルー、あなたはルークに間違われてもおかしくない、そのまま正面から行くのは危険です。まずはルークの協力者たちの元に向かってください。」
「ルークの協力者?」
「はい。あなた方がライマの中に入るには、彼らの協力は必要不可欠です。アッシュ、あなたが案内してあげてください」
「ああ」
心得ていると言わんばかりにアッシュが頷くと、ジェイドは真面目な顔でルーを見据える。
「私はまだやらなければならないことがあるので、それが終わり次第向かいます。その前に…、一つ、あなたに頼みたいことがあるんです。」
「?」
「あなたの持っている…宝珠を貸してもらえないでしょうか」
「宝珠を?」
「はい」
「宝珠を使って何するんだ?」
「…今はまだ話せません。ですが、うまく行けばルークにもあなたにも大きな助けになるはずです。その為にはあなたの持つ宝珠がどうしても必要です。…虫のいい話ではありますが」
ルーは目を瞬かせていたが、ジェイドの目をじっと見る。
暫しそうしていたが、ルーはこくりと頷く。
「わかった。」
「…ルー」
ユーリが制するように名を呼ぶ。
宝珠はローレライの鍵同様にルーの体に音素を流すために必要なもの。
それを手放すということがどういうことかを認識しているユーリとしては賛成できない。
だが、ルーはユーリを見るなり笑顔を見せる。
「ありがとな、でも大丈夫。今は音素もしっかりあるし、ルークの為になるなら。それに、ジェイドなら渡しても大丈夫だ」
「…」
黙り込むユーリにルーは苦笑いを浮かべつつも、自らの体にあった宝珠を取り出す。
それは僅かにピンク色がかった透明の丸い玉のようなもので、ルーはしっかりと握りしめるとジェイドに手渡す。
「はい。これが宝珠だ」
「ありがとうございます。…必ずお返ししますので」
「うん。」
ジェイドはそれをなくさないようにすぐにしまう。
すると、アッシュがルー達の方に近づいてくる。
「俺は一度部屋に戻る。お前たちも支度が出来たら出口にこい」
「うん、わかった」
ルーが頷くのを見るなり、アッシュはすたすたと部屋に戻る。
その後姿を見つつ、ルーはちらりとヴァンの方に目を向けると、ヴァンと目が合いビクリと体を震わせる。
ルーは慌てて軽く一礼するなりその場から逃げるように自室へと戻った。
だが、ユーリはと言えばその後に続かず、ジェイドとヴァンに鋭い眼光を向けていた。
まるで射貫かんばかりのそれに二人は無言で対峙していると、ユーリは口を開く。
「…お坊ちゃんのことは兎も角、俺はまだあんた達を信じてねぇ」
ハッキリと言われた言葉に辺りが静かになる。
「ルーに初めて会ったばっかのとき、ルーはただ無理やり笑ってた。弱音を吐きてえことも、泣きてえことも全部飲み込んで、必死に笑顔を作ってた。他のやつのことを優先にしてばっかで、自分は二の次三の次…それがあいつにとって“当たり前”だった。…そうさせたのは、そう“変わらないといけないようにさせた”のは誰だったのか、俺は忘れねぇ。」
ルーに初めて会った時から感じていた違和感。
それはとても痛々しくて、一体何を抱え込んでいるのだろうと思った。
そしてルーと一緒にいく内に、その心に触れ、徐々にぶつける矛先のない衝動を覚えた。
「…未だに眠れねぇ時がある、眠っても夢を見てうなされて泣いてる時がある。夢の中でもいつもひたすら自分を責め続けて、謝り続けて、必死に罪を償おうともがいて苦しんでんだ。
…いつまであいつは苦しみ続けんだよ。」
あいつが難しいこととか考えずにただ笑っていられる環境と時間が少しずつ解決してくれる、そう思う。
けれど、頭ではわかっていてもそれで片付けられないものもある。
「あの世界があいつから奪ったものの大きさ、重さを俺は忘れねぇ。オールドラントのあいつらとルーが通じ合えたとしても、それを美談で終わらせるつもりもねぇ。…まだ何も終わってねぇよ」
そう言い捨てながらユーリは冷たい目で二人を見やるなり、その場を後にした。
それを受けたジェイドは小さく息をつき、ルーから受け取った宝珠を取り出し、宝珠を見ながらぽつりと呟く。
「…確かに、まだ終わっていません。」
だからこそ…
ルーとユーリは準備を終え出口に向かうと、既にそこにはアッシュがいた。
「準備はいいか」
「うん」「ああ」
二人が頷くのを見た、アッシュは手に持っていた布をルーに投げ渡す。
ルーはそれを咄嗟に受け取るなり目を瞬かせる。
「??なんだこれ?」
「フードだ。お前の髪は目立つ、それで隠せ」
布を広げてみると確かにそれはフードだった。
ルーは納得するように小さく頷くなり、それを身に着ける。
髪は勿論の事、丁度腰下までくる程の長さで全体がすっぽりと綺麗に収まった。
「なんかサイズぴったりだな」
「それは俺のだ」
「え」「は」
「…文句でもあんのか」
二人の反応を見たアッシュは眉を吊り上げながらドスのきいた声と睨みを効かせる。
それに対してルーは直ぐにハッとし焦った様子でブンブンと顔を横に振る。
「え、でもアッシュはいいのか?危ないんじゃ…」
「何言ってやがる、てめぇの方が狙われるに決まってんだろうが。…お前はあまり前に出るなよ」
アッシュは呆れたような様子を見せていたが、それでもその言葉からはルーの身を案じているのが分かる。
それにルーは目を瞬かせたが、じわじわと嬉しさを感じ、ありがとうと笑顔で返答する。
そしてユーリはといえば僅かに赤くなっているアッシュに小さく顔を引きつらせていた。
「…行くぞ」
そう言うなりアッシュは歩き出し、ルー達もそれに続いた。
出発して数刻が経ち、フィールドを移動している中、ふとルーは思うことがあった。
「なぁアッシュ」
「なんだ」
「これからルークの協力者って人たちの所に行くんだよな。どんな人たちなんだ?」
「そういや、あのオッサンが言うにはライマの人間じゃねぇっぽかったな」
二人の疑問に、アッシュは歩みを止めずにああと呟く。
「あいつらはライマの人間であって、違う位置にいる奴らだ」
「へ?どういうことだ?」
「ライマは宗教国家だ。その国教である宗教集団がある。そこにいる。」
「宗教集団…?」
「そうだ。あの馬鹿とあいつらは繋がっている。今回の件も恐らくあいつらも関係しているはずだ」
「あのお坊ちゃんがねぇ」
宗教国家と言われても、それっぽさが全くないライマの人間達。
特にルークに関しては俺様キャラであるし、信者感は皆無に感じたユーリは感嘆とした声で呟く。
「お前はあの馬鹿が敬虔な信者にでも見えんのか」
「いや全然」
「…ユーリ…」
アッシュの問いに即答するユーリにルーはなんとも言い難い顔を浮かべる。
だが、アッシュは淡々とした様子でだろうなと続ける。
「あいつも俺も別に教えなんざ信じちゃいねぇよ。」
「おいおい、王族様がそんなんでいいのか?」
「ふん、知ったことか。信じるも信じねぇも自分で決める。…まぁ、だからかもしれねぇな」
するとアッシュは何か考え込む顔を見せる。
だが、すぐにちらりとルーの方に視線を向ける。
「…俺はあいつらとはしょうに合わねぇが、お前となら合うかもな。」
ぽつりと呟かれたアッシュの言葉にルーは首を傾げた。