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第27話

僅かに俯くルークに、ヴァンは他の方法もあるのではないか、そう続けようとした。
だが、それよりも先にルークは軽く首を振る。

「…俺は行きます。…行かなきゃなんねぇ」
「…何がそこまでお前をそうさせる?あの子の為か」

はっきりと返したルークに怪訝な表情でヴァンは問く。
すると、ルークは重々しく口を開いた。

「…よく、夢を見るようになった。あのローレライとかいうやつが来てから。」
「夢…ですか?」

ジェイドの言葉に、ルークはこくりと頷く。

「この世界じゃねぇ…オールドラントの…ルーが生まれたばかりの頃、屋敷にいた頃、アグゼリュス、レムの塔、エルドラント…。
…そこであったこととか、なんでそんなことになっちまったのかとか…何度も。…そのどれもがローレライのやつから聞いた話の何十倍もクソ最悪だった。」

最初はローレライから聞いた話を自分で想像して、それを見ているんだと思った。
でも、それは違うと、これは本当にあったことなんだとルークは確信した。
それがあまりにもリアルで、自分が考えたことも、経験したこともない悲しくて残酷な世界だったからだ。
なんでそんなものを見るようになっちまったんだろうと何度も思った。
けれど、それとは徐々に別の思いが生まれていった。

「…意味わかんねぇよ、なんで何も知らない奴に全部被せる、責めるんだよ、なんでもかんでも押し付けんだよ。…ただ知らなかっただけじゃねぇか。知らないことがそんなに悪いことなのかよ…っ!そうさせたのは、騙したのはあいつら全員だろ!!」

ルーに文字を教えて欲しいと頼まれて、別に嫌な気分でもなかったしそれとなく付き合った。
何がわからないのかも分からないはずなのに、なんとか吸収しようと一生懸命に勉強するその姿を見続けて、なんでそんなにこいつは必死になれるんだろうと思っていた。
けど、あの夢を見て、それの根底にあるあいつの闇に気付かされた。

“何も知らない自分が悪い”
“馬鹿な自分が悪い”
“役に立たない自分が悪い”

―そんな自分は必要とされない。

そう心の奥にまで焼き付いているということに。

「あいつはまだ7年くらいしか生きてねぇんだ。たった7年だぞ。…7歳のガキは必死になって世界知ろうとしたり、人の顔色見たり、言いてえこともしてえことも全部我慢したり、…無理して大人ぶる必要もねぇ!!ガキはガキらしくアホみたいに笑って、言いてぇこと言ってやりてぇことやって、大人引っ掻き回すくらいにバカやって、遊んでりゃいいんだよ!!」

別の世界のもうひとりの自分。けれど、通ってきた道はあまりにも違い過ぎて。
周囲にアッシュと比較され続け、出来の悪い兄だと、なんでお前なんだと言われ続け、自分の存在意義を問い続けたこともあった。
けど、それでも確かに存在したんだ、世継ぎだとか王族だとか関係なしに、ただ馬鹿みたいに笑って遊び回ってた頃が。
ルークはぎゅっと手を握りしめる。

「もう、充分だろ…。持ちたくもねぇ力のせいで、これ以上苦しむのは。…また繰り返すような…そんな胸糞わりぃ世界なら、俺はいらねぇ!!…だから、これはあいつの為じゃねぇ。俺の為だ!!」

吐き捨てるように言い切った言葉に、その場は静まり返る。
だが、暫くする鼻を啜るような音が聞こえ、その方を見ると俯きながらボロボロ泣いているルークの姿があった。

「っ今でも、クソ…ムカつく、し、腹立つ、けど、あいつにルーを任せたのも、俺の、為だ…っ!」
「ルーク…」
「…もし、ルーに辛い目、合わせやがったら、ひっく…あいつが死ぬまで祟ってやる…っ!」

ずびずびと鼻を啜りながら悪態をつくルークに、ガイは苦笑いを浮かべながらハンカチを渡す。
ルークはそれを受け取るなり盛大に鼻を噛んだ。
その姿を見ながらガイは笑みを浮かべる

「本当、お前は不器用だよな。」
「う゛っせーよ゛…!」
「…けど、お前が俺の主人…親友で良かったよ」

もう一枚追加でハンカチを渡しながら零したガイの言葉に、なんとなく気恥ずかしくなったルークはそれで豪快に涙を拭いつつ目を泳がす。
少しずつ落ち着いてきたルークだったが、そこでハタと何かに気付き、バッとジェイドの方を見るなりジト目になる。

「…お前、これぜってー他の奴に言うんじゃねぇぞ!!」
「おや、ルーにあなたの気持ちを伝えるいいチャンスじゃないですか。鼻水たらして大泣きするくらいルーが好きだと」
「ばっ!!?ぜってー言うなっ!!!!んなダセーことあいつに知られてたまるかっ!!!」

目も顔も真っ赤にしながらぎゃんぎゃんと騒ぎ出すルークに、ジェイドは胡散臭い笑みを浮かべながら更に火に油を注いでいく。
その様子を見て、ガイは苦笑いを浮かべていた。





*****

「…と、いうことがありました。」

そう笑みを浮かべながら話し終えたジェイド。

こいつ包み隠さず言いやがったよ…

さらっと暴露されたルークをアッシュとユーリは不憫に思う。
そんな中、ルークの気持ちを知り呆然としているルーにジェイドは続ける。

「私たちはルークの我儘に便乗しているだけです。あなたの為ではありませんよ。」
「ジェイド…」
「それに…音素の件は、正直クーデターの首謀者に対しては特に危機感は持っていません。…問題はライマの方です。」
「どういうことだ?」

ユーリが怪訝そうな顔で問うとジェイドは小さく息をつく。

「ライマに厄介なのがいるんですよ。」
「厄介?」
「ええ。私のこれまでの経験上、一番掴み所がなく、何を考えているのかわからない、敵に回したくない人間が。恐らく今回のクーデター情報もある程度把握しているでしょうし、誰よりも音素の存在に目を付けていると思います。…そしてその使い道も。」

そこまで聞いてアッシュは眉を顰める。
誰の事を指しているのかがわかったようで、ジェイドの言葉に反論をしなかった。

「ルークはあの人が苦手ですからね、このまま行くとどうなるのか想像できたんだと思います。それを阻止するには同じ土台で交渉をするしかない。そのためには、戻る必要があったんですよ。…とはいえ、ルークはあまりカードがありませんからね、その中で言いくるめて説得できるか、それとも…。…あの子にとって正念場ですね」

静かになったその場で、ルーは俯き、手をぎゅっと握りしめる。
それまで静かにしていたアッシュがジェイドへ訝しげな眼を向ける。

「…ここまで洗いざらしにお前が話をするとはな。何企んでやがる?」
「何も企んでいませんよ。…どのみち、何を言った所であなた方を止めることは難しい。それなら、そのまま話した方が楽だと思っただけです。」

ジェイドはルーの方に目を向けると、ルーは俯いたままぽつりと呟く。

「俺は…もう、失いたくないんだ…。…だから…ルークがダメだって言っても、俺は行くよ」

スッと顔をあげたルーの顔は真っ直ぐ前を向いていて、その目には決意が宿っていた。
その様子を見ていたユーリはルーの頭にぽんと手をのせる。

「!ユーリ…?」
「あいつが決めたことだ、俺はそれにとやかく言うつもりはねぇ。…けど、泣かすなっつった奴が泣かしてたら世話ねぇだろ。」

ルークの出した答え、考えは否定しない。
むしろ自分の考えと同じ部分もあり共感できる。
だが、それが例え正しくとも、この子を悲しませるのであれば、それとこれとは別の話だ。

「あいつを一発殴りに行く。」

きっぱり言い切ったユーリにルーはキョトンとし目を瞬かせる。
そんなルーを見てユーリは不敵に笑った。

「相手がお偉いさんだろうが、国だろうが、関係ねぇよ。俺からこいつを奪おうとするなら、喧嘩でも何でも受けてやるよ」

あいつはあいつ。俺は俺でこいつを守る。
どんな相手が敵に回っても、それに屈する気はねぇ。
それに…

「…けじめもつけねぇとな」

低い声でぽつりと呟かれたそれを聞き取れなかったルーは首を傾げた。
ユーリはルーの頭をくしゃくしゃっと撫で、手を離すとヴァンの方を見る。

「にしても…さっきの発言とえらく違うな、あんた。」

ジェイドの話と先程のヴァンから出た多少発言と大分差がある。
ユーリは怪訝そうな顔で睨みを効かせると、ヴァンは少し遠くを見るように視線をずらす。

「…先程私の言った言葉に嘘はない。…少し前ならな」

するとヴァンは視線をルーの方に向ける。
ルーはそれにビクつきながらも向けられる目にぐっと耐える。
それを見ながらヴァンはふと小さく息をつく。

「少し前の私は、自分の理想とする国が築けるのであれば、それがどんなものであれ犠牲は仕方がないと考えていた。…だが、貴殿の世界の話、私の話を聞いてから考えるようになった。果たして、私の描く世界が正しいものだったのかと。…そしてルークがライマへ戻ると言い出した時、思い出したのだ」

ヴァンはしっかりした、だがとても優しい目を見せた。

「ルークは…あの子が幼いころから可愛がってきた、大切な私の愛弟子に他ならないのだと」

それを聞いたルーは目を見開き、息を飲む。
この世界は自分のいた世界との共通点が多くある、けどどこかが違う。
ルーはなんともいえない痛みを感じた。
これがなんなのか分からない。
ルーは僅かに俯きそれに耐えていると、ユーリに頭を抱き寄せられた。

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