Re:2 和泉、フランスへ行く。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…ベリッ…ベタッ!!
「いって!!お前やるならもうちょっと優しくやれよ!!」
「本当だよエマ、結構不器用なんだね…。」
「な…何よ!!…和泉が動くのがいけないんでしょ!!」
家に戻り和泉の手当をしていたエマは、そう言って頬を膨らませるとバチリと和泉の手に絆創膏を貼った。
どことなくまだぎこちなさはあるものの、和泉と同じ緑色の小さな瞳からは前に感じた嫌悪はもう感じ取れなくなっていた。
「エマ、ナタン…和泉……。」
「お前……。」
いつか五人で暮らせたらと夢にまで見た光景、それが今目の前にある。
仲良く会話する三人を見て母は思わずポロポロと涙をこぼし、ジャンはそんな母の肩を優しく抱き寄せた。
「ママ……。」
「喜ばなくちゃいけないのに…ごめんなさい…!!ママがいつも不甲斐ないばっかりに…。」
「謝らなくちゃいけないのは…私達もだよ…。」
「…?」
エマがそう言うと、ナタンもその後ろに寄り添うように立ち頭を下げた。
突然のことに母がオロオロと戸惑っていると、目いっぱいに涙を溜めたエマが口を開いた。
「私達…いつも和泉兄ちゃんと比べられるのが嫌だったの。いつも和泉兄ちゃんはいい子だったって話をママにされる度、ママの目はいつも私達じゃなくて和泉兄ちゃんを見てるような気がして。」
「僕達じゃなくてママは和泉兄ちゃんにいて欲しかったんだって思って…和泉兄ちゃんの話を聞く度嫌だなあって思うようになったんだ…。」
「……エマ…ナタン…。」
「……。」
初めて聞いた二人の本音。
守れなかった和泉を思うあまり、目の前にいるこの子たちの気持をよく見れていなかった。
そんな当たり前のことに、母はこの時初めて気が付いたのだった。
「でも実際和泉兄ちゃんに会ってみたらさ、本当に強くてかっこよくて優しくて…僕達が間違ってるって分かったよ。」
「和泉にも、勝手に嫌な態度とって…そりゃママもがっかりしちゃうわよね…。」
そう言って俯き涙をこぼすエマとナタンに母は駆け寄り、何度も謝罪の言葉をかけた。
そんな様子を見た和泉は三人の前に足を進めると、おもむろに着ていた上着を脱ぎ捨てた。
顕になった和泉の肌には無数の傷跡があり、それを目の当たりにした三人は思わず言葉を失った。
「…別に虐待されたわけでもねえ、この傷は全部俺が弱いばっかりにめちゃくちゃ生きた結果だ。
戦争行って何人も殺したし何人も傷つけた、正直もう数も顔も覚えちゃいねえ。でもこんないびつな生き方も、俺が自分で選んで生きてきた道だから後悔はねえんだ。」
「和泉……。」
「さあ、これがお前らが聞かされてたいい子の兄貴の正体だ、お前らが嘆くことも思い悩むことも無いだろ。母ちゃんも、さぞかし俺にがっかりしたことだろうよ、これであいこだな、エマ、ナタン!!」
和泉はそう言うと、エマとナタンに勝ち誇ったようにニッと笑った。
自分の生きてきたでこぼこの道に納得し生きているような和泉の姿に、エマとナタンは溢れる涙を拭って頷いた。
そんな三人の姿を見た母は三人に駆け寄ると、ぎゅうっときつくきつく抱き締めた。
「みんな……ごめんなさい…不甲斐ない母さんで…でも…みんな一番なんて決められないくらい愛してる…それだけは信じてね…!!」
「ママ……!!」
「う…うわああああん!!ママ…ぐすっ…ぐずっ…ごめんなざあい!!」
「おいナタンてめえ俺の服で鼻水拭くんじゃねえ!!」
もみくちゃになって泣きじゃくる三人と涙ぐんで笑う和泉。
これまでほつれて絡まっていた親子の絆が、やっとまっすぐ結び目を作った、そんな瞬間だった。
................................................................
ー…カチャ…
「もう寝たのか?二人共。」
「ええ、ジャンと一緒に寝てるわ。安心したみたいで、二人共ぐっすり。」
「そっか。」
そう言って優しい笑顔を見せる母に、和泉も嬉しそうに頷いた。
和泉は濡れた髪をタオルでゴシゴシと拭きながら、母の差し出したミネラルウォーターを一気に飲み干した。
「和泉…その傷もう痛くないの?」
「ああこれ?もうずっと前の傷だからなあ、全然!!」
「本当に…立派になったのね…ランドセル背負って飛び跳ねてたのが昨日のことみたいなのに…。」
「はは!!図体だけはな!!頭は多分小学生で止まってるかもだけど。」
「ふふ…あ、そうだこれ…。」
母は和泉の昔を懐かしむように笑うと、本棚から一冊のアルバムを取り出し和泉に渡した。
そこには和泉が見たことのない写真が沢山羅列されており、平和な一家の姿がそこにはあった。
「懐かしい…ってよりも新鮮かな、俺ほとんど覚えてねえから…」
「そうだと思って。ほら、これがお父さんよ、見覚えある?」
「……父ちゃん…?」
母が指し示した写真に映っていた男性は、幸せそうな笑顔で和泉を抱き上げていた。
髪と眼の色こそ違うものの顔は今の和泉にそっくりで、あいまいな記憶の中にしかいなかった父の姿に和泉は釘付けになった。
「結構俺…似てんな。」
「そうよ、その笑い方なんて本当にそっくり!!……ずっと…その笑顔が隣で見られると思ってたのにね…。」
「母ちゃん……。」
亡き父を思ってまたじわりと涙の滲んだ瞳を、母は拭いながら和泉を見た。
あの日引き裂かれるように終わった日常、
あの日を思い返すと涙の出ない日など一度もなかった。
「まだ、冴嶋のあの男のところにいるの…?」
「いや……ジジイは死んだし、組長は別のやつが継いでる。今はもう冴嶋組とは無関係な生活が送れてるよ。」
「死…んだ…?そう…そうだったの…。」
和泉から告げられた思わぬ事実に、母は驚いたように目を丸くした。
てっきりまだ和泉は冴嶋組に囲われているとばかり思っていた母は、和泉が冴嶋組と離れて自由に生きられていることに心底安堵したようだった。
「まあ色々あったんだけどさ、今は不自由もないし、楽しいよ。」
「……和泉…。」
「ん?」
和泉の名前をポツリと呟き押し黙った母に和泉が首を傾げると、母は絞りだすような声で言った。
「和泉、それならもう一度……一緒に暮らさない…?」
「……え?」
「勝手なのは分かってる、でも…冴嶋組と離れられたのなら…もう一度あなたと一緒にやり直したい…!!エマもナタンもジャンも喜んで受け入れてくれるわ、考えてみては…貰えないかしら…?」
「母さん……。」
母はそう言って和泉の手を握り、じっと和泉を見つめた。
だが母からの申し出に即答出来ない和泉が戸惑い俯くと、母はニッコリと笑った。
「突然ごめんなさいね…ゆっくりでいいの、帰る時までに答えを出してくれれば…あ、お水飲む?」
「ああ…うん。」
和泉はコップの水を一気に飲み干し寝室に戻ると、ベッドの布団にうずくまった。
母と一緒にフランスで暮らす、6年前の自分だったら嬉々として頷いたに違いない。
だが、今は………?
「母ちゃんとここで…一緒に…?」
無い頭を必死に総動員させて考えるが答えはそう簡単には出ない。
そんな中、和泉の頭の中をよぎったのは他でもない孝之助の姿だった。
「おっさんにとったら…その方がいいのかな…。」
和泉はそうポツリと呟くと、緑色の瞳をギュッとつぶり枕に顔をうずめた。
残り僅かなフランスでの夜、
その夜のほとんどを、和泉は一睡もできぬまま過ごしたのだった…。