31.リバースヒーロー
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「えー、今朝もこのニュースからです。新型ウイルス兵器"バベル"の無差別拡散をしようとした容疑者を警察が隠蔽している件について、
バベルウイルス拡散を止めた人物を現在警察は逮捕しており、それに対する市民の情報公開を求めるデモが起こっています。」
ー…プルルルルル…
『はい、南在探偵事務所です。』
「あ!!佐奈さん!!今朝のニュース、見てくれました!?ついに…ついにバベルの存在がテレビにっデモにっ!!」
『オタクさん…見ましたよ!!本当にありがとうございます…!!琴子さんにもオタクさんにも…なんと感謝したらいいか‥』
「いえ、僕の方こそ悲願を叶えるチャンスを頂き…ありがとうございます…!!」
オタクの声はもはや別人と思われるほど枯れており、オタクがどれほどあちこちに奔走し努力したかが現れているようだった。
佐奈はオタクとの電話を切ると、いつもとは違ったスーツに身を包んだ孝之助がニッと笑った。
「次は、俺らの番だな。」
『……はいっ…。』
バベルの記事が出てからネット界隈は騒然、
警察は事情を説明せざるを得ない状況に追い込まれ、そこからズルズルと瀬尾、佐橋の関係性までが明るみになっていった。
本当は一体誰がバベルを使用し、
本当は一体誰がバベルを止めたのか。
それがついに知られるところとなったのだ。
ー…パシャパシャパシャ…
「南在弁護士!!量刑ブレイカーの異名を持つ南在弁護士の復活ですね!!」
「はは…そうですね、最初で最後の復活ですけどね。」
「今回の被告は前回も担当した前科のある方ばかりですが、そう言った人間を救う意味はあるのかという声もありますが!?」
その報道陣の言葉に孝之助は一瞬言葉を止めた。
だがそのすぐ後に、報道を聞いて駆けつけたと思われる人々が孝之助に向けて大きな声をかけた。
「南在先生、頑張ってください!!」
「私達を助けてくれた人達を…助けてあげて下さい…!!」
『孝之助さん、頑張れ!!!!!!!!!!』
「……!!」
予想外の群衆のその温かい言葉に、孝之助はニッと明るい笑顔を見せた。
そして先ほどの質問の答えを待つ敵意をむき出しにしたリポーターに、孝之助は静かに答えを返した。
「人間はオセロの駒みたいなもんだ、白と黒のどっちも持ってるくせに、自分が白の時はそれを誇示し黒を敵だと見下し切り離す、小さなはずみで自分が黒にひっくり返る可能性にも気付かないままな。
確かに世の中には一定数社会に適合しきれない両面黒しか持たない危険思想を持つ人間もいる、だが反省し世の中に償おうとする者までそういう括りに入れて差別しちゃダメだ。
あいつらは何らかの拍子に黒にリバースされてるだけの自分と何ら変わりない存在なんだ。それだけは…覚えておいてくれ。」
「……!!」
孝之助の演説にも似たその言葉に、その場に集まった報道陣はシンと静まり返った。
そして孝之助はひときわ大きな声で声援を送る佐奈に向かって、確認するように言い放った。
「あいつらは…ヒーローになるんだもんな!!」
『…はいっ…!!』
孝之助はそう一言告げてピースサインを作ると、九条の初公判となる裁判所へと入っていった。
その日の傍聴席を求める人の列は絶えることはなく、この事件が世間の関心をどれほど集めているかを物語っていた。
ー…ガチャッ…
「孝之助さん。」
「おう、九条っち!!」
「何度も…病み上がりなのにお手数掛けます。」
「いーよ、それにこの裁判は長くは続かないよ。」
「…?」
「お前達のお陰でな、さあ行くぞ!!」
一方その頃、
裁判所前の中継の様子を病院の一室で見ていた一敬は、楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
「お、お前の弟が動き出したみてえだな、さあ…そろそろ最後の始末をつけるか、なあ、南在よ。」
「……ああ。」
九条の初公判が行われた一週間後、警察は全ての隠蔽事実を認めた。
警察組織と政財界の癒着をはらんだこの一件により、全ての責任をとって進一郎、佐橋共に辞任に追い込まれ、
警察幹部も、なんのしがらみもない新しいメンバーで再構成されることとなったのだ。
瀬尾との裁判を戦っていた孝之助にこの事実は他でもない押し風となり、
まもなく瀬尾は一連の疑惑をすべて認め、抗えぬ流れにのまれた瀬尾は九条らへの訴えを取り下げることとなった上で、重い重い判決を受けた。
かくして世間を騒がせた歴史的大事件は、幕を下ろすこととなったのであった…。
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ー…ゴーン…ゴーン…
「よ、高虎くん。」
「南在さん……。」
しめやかな雰囲気を漂わせた会場で、紋付袴を着た高虎が孝之助を出迎えた。
高虎は少し赤くなった目で深々と頭を下げると、孝之助を中へと案内した。
「若はまだ…お気付きになりませんか?」
「…ああ。」
扉を抜けた先にあったのは、沢山の色とりどりの花に囲まれた一敬の遺影。
孝之助がそれに向けて深く頭を下げて手を合わせると、冴嶋組の組員と思われる人間達が孝之助に頭を下げた。
「一敬さんが全部持ってっちゃったなあ…」
「……はい。」
冴嶋一敬は警察が事件を認めた翌日、高虎や和泉の行動は全て自分の指示であったと証言を始めた。
世間ではあの日の事件は冴嶋組前組長の指示した襲撃事件ということで処理され、
一敬は高虎と和泉の釈放が決まったのを見届けるように獄中で息を引き取ったのだった。
「組長は初めから私達を助けるために派手に動いていたんだと思います、それは孝之助さんの兄上も同じですよね、きっと…。」
「どうだかなあ…一敬さんはともかく、俺の兄貴はへそ曲がりだからなあ。」
「はは、こちらも大概ですよ…自分にも初めはその意図が全く分かりませんでした。自分もホント、まだまだです…。」
「……俺もだよ。」
幸か不幸か、結果的に進一郎が皆を逮捕したために、腐った警察組織幹部、そしてその背後に隠されていた佐橋までも引きずり下ろすことが出来た。
恐らくあの時瀬尾だけを捕まえていたら、何の根本的解決に至らぬまま事件は黙殺されていたのかもしれなかった。
「まあどこまでがあいつと一敬さんの思惑だったのか分かりゃしねえけどな…全部持ってかれたよ。」
「……そうですね、私は結局組長に何の恩も返せないままでした。」
「冴嶋さんの守った組を守るのが最高の恩返しだと思うよ。それに…」
「組長は高虎君だろ?」
「…ー!!」
高虎はその懐かしい言葉にハッとすると、"そうでした"と言って笑った。
そして雪のちらつく冬の日、高虎は69年の歳月に幕を閉じた一敬の棺を閉じた。
安らかとはいえない波瀾万丈なその人生に、自分の孫に一度も素直になれなかった人生に、
それなりに満足がいったというような、安らかな、表情だった…。