31.リバースヒーロー
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ー…プルルルルルルル
ー…プルルルルルルル
『……。』
翌日も更にその翌日も、事務所に響く電話は鳴り止まなかった。
幾度か報道陣を前に今回のことは誤解なのだと説得をしようと試みた佐奈だったが、
それでは記事にはならないと言わんばかりに、リポーター達は巧みな誘導尋問で佐奈の口からヒナ達を陥れるようなことを言わせようとばかりした。
そうして佐奈は誤解をとくことを諦め、そのうちほとぼりが覚めるだろうと事務所で籠城を続けていた。
だが報道陣の数は増える一方で、佐奈にも限界が近づき始めていた。
ー…ピピピピピピピ…
『!?なっ…びっくりした…携帯…?』
突然の着信音に佐奈はビクリと体を震わすと、恐る恐る携帯の画面に視線を落とした。
『お母さん…佐々…?』
電話におびえろくに携帯に目を通していなかった佐奈の目に飛び込んできたのは、懐かしい母と父、そして弟の佐々からのメールだった。
そこには大変だったらいつでも力になると、いつでも帰って来いとの言葉が綴られていた。
(お母さん…みんな…ありがとう…。)
報道を見て心配した家族の心遣いに佐奈は少し平静を取り戻すと、数時間前にかかっていた着信履歴に気が付いた。
その着信は孝之助が入院している病院からで、佐奈は慌てて病院にかけ直そうとしたが、無情にも充電を促すランプにそれを阻まれてしまった。
『こんな時に…!!充電器買いに行くより…行った方が早い…!!』
ろくな準備もせず事務所にこもっていた佐奈の携帯はその後すぐに電源が落ちてしまった。
佐奈は事務所の前の報道陣の数が少し減ったのを確認すると、勢い良く外に飛び出した。
ー…バタバタバタ…
(このまま振り切ってやる…!!)
「あっ!!出て来たぞ!!」
「橘佐奈さん、少しお話を伺えませんか!?」
「あの…このらくがきを見て、どう思われますか?」
『ら…らくがき…?』
佐奈がタクシーを停めようと足を止めたその瞬間、思わぬ記者の質問に佐奈は後ろを振り返った。
そしてそこに広がった光景を目にした佐奈は、真っ白になった頭で呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
『なに…?これ…』
道路に面した南在探偵事務所の看板に真っ赤なスプレーで書かれていたのは、
"犯罪者は出て行け"という心ない一言だった。
佐奈は肩で必死に息を吸い込みながらそのらくがきに近づくと、持っていたタオルでそのらくがきをゴシゴシと消し始めた。
ここにいる報道陣の誰かが書いたのか、この状況を面白がった誰かが書いたのか。
震える手で必死にらくがきを消そうとした佐奈だったがその文字は落ちることはなく、代わりに佐奈の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「橘さん、近隣住民の皆さんにも迷惑だと思われていたんじゃないんですか?普段の素行が悪かったですとか。」
『………!!』
涙を流す佐奈にも、リポーターと思われる男は非情な言葉を投げかけマイクを差し出した。
もう反論する気力も残っていなかった佐奈が震える手で頬を拭ったその瞬間、
突如あたりには報道陣達の叫び声が響き渡った。
ー…バシャア!!!!!!!!
「ううわっ!!カメラが…!!」
「…冷たいっ!!なんだこりゃ!!」
「…迷惑なのはあんたらの方じゃないか!!寄ってたかって泣いてる女の子にマイクを向けて…恥ずかしいとは思わんのか!!」
『お…おじさん…』
佐奈の前に現れたのは、いつも事務所の皆が利用し、ヒナがパソコンを修理してあげていたコンビニ店主のおじさんだった。
おじさんは躊躇なく報道陣達に向かってホースで水をぶちまけ、それにはたまらず皆が佐奈からすごすごと離れていった。
「佐奈ちゃんこれはね、シンナー使えばすぐに落ちるからね。」
『…おばさん……』
隣に現れたコンビニの奥さんがそういって佐奈にニコッと笑いかけると、持ってきたシンナーで看板のらくがきを消すのを手伝ってくれた。
佐奈が突然のことに驚いたように二人の方を見ると、二人は佐奈を安心させるようにいつもと変わらぬ優しい笑顔を見せた。
「何にも心配しなくていいからね。みんなの過去がどんなでも、本当にいい子なのは私達皆分かってる。」
「そうそう、あいつらが来てもまたおっぱらってやるから!!ほら、うちの特製幕の内弁当、これ食って元気出しんさいな。」
『おばさん…おじさんっ……うわあああああん…!!』
「おーよしよし、頑張った頑張った!!」
佐奈はこれまで我慢してきた緊張の糸が切れたように、わんわんと泣き崩れた。
ヒナさんやみんなが繋いできた優しさや絆、
そんな小さくても大切なものが今ここで証明された気がして、佐奈は二人に何度も何度も頭を下げた。
「…なあおじちゃん、俺も特製幕の内貰ってもいいかな?」
「おう、いいよいいよ……ってあんた……!!おい、佐奈ちゃん、佐奈ちゃん!!」
『…?』
おじさんは掛けられた声の方に振り向くと、慌てたように俯く佐奈に声をかけた。
佐奈はおばさんに支えられながら顔を上げると、目の前の信じられない光景に言葉を失った。
「佐奈、よく頑張ったな。もう大丈夫だ。」
『こ…孝之助さんっ……!!?』
「おう、待たせたな。」
そう言ってなんら変わらない笑顔でニッと笑う孝之助に、佐奈は涙でぐしゃぐしゃになった顔で抱き付いた。
孝之助は痛い痛いとよろけながらも、嬉しそうに佐奈との再会を喜んだ。
『でも…何で…?さっき病院から電話があってて向かおうとしていたところだったんですが…はっ!!ま…まさか幽霊ってオチじゃ……!?』
「おいおい触れてるでしょうがよ。その電話はアレだ、俺が退院するって無理矢理話しつけて逃げてきたからだな!!」
『孝之助さん…本当に大丈夫なんですか…?』
「大丈夫だ、それに今、一番大丈夫じゃねえのは俺じゃねえだろ?」
孝之助はそう言うと、懐からピンのへし折れた小さな金色のバッジを取り出した。
それはかつて孝之助が二度と付けないと心に決めていた弁護士バッジ、孝之助はそれを強引に胸に差し留めると、真面目な顔で佐奈を見た。
「佐奈、俺が刺されてからのこと、詳しく教えてくれるか?」
『…はいっ!!』
そうコクリと頷くと、佐奈は孝之助とともに事務所へと戻って行った。
状況はこれといって変わっていない。
みんなは今も捕まっていて、報道陣は明日も押し寄せるだろう。
だがおじさんとおばさんの優しさに触れ、
孝之助の笑顔を見た途端、
佐奈の目に映る世界のすべては、まるで鮮やかな色を取り戻したようだった。