26.奪われた日常
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…バタン
「何。」
「……。」
九条がベンチにいた和泉を呼び戻すと、和泉はヒナと目を合わせぬまま不機嫌そうに病室に入ってきた。
ヒナがそんな和泉を前に頭を下げると、和泉は少し驚いたようにヒナに目を向けた。
「佐奈のこと…和泉に頼みたい。」
「…は?」
『ヒナさん…?』
ヒナの口から出た言葉に驚いたのは和泉だけではなく、当の佐奈本人が一番驚いていた。
だがヒナはそんな二人を気に留めることもなく、言葉を続けた。
「これからこういうことが更に起こるなら和泉と一緒にいるのが一番安全だ、せめて相手の情報がつかめるまででも佐奈と出来る限り24時間一緒にいて守ってやって欲しい。」
「……。」
『ヒ…ヒナさん私の事なら大丈夫ですよ?事務所にいる時は皆さんいますし行き帰りは人通りの多い所通るようにしますし!それにだいたいヒナさんと一緒にいるんですから別に一人にはならな…』
「佐奈。」
ヒナは少し強い口調で佐奈の言葉を遮ると、静かに首を横に振った。
「俺がそばにいても、命に代えて盾になっても俺じゃ佐奈を守ってやれない。今回だって和泉が来なくて俺が死んでいたら、きっと佐奈まで殺されてた…。」
『…ヒナさん…』
「それに相手は和泉の厄介さを知ってる可能性も高い。佐奈が人質に取られれば、和泉は簡単に死ぬ。」
『……。』
「ヒナ…。」
その時ヒナは以前自分と佐奈が冴嶋組に人質に取られた時のことを思い出していた。
今までの生き方からなのか和泉は死ぬことに躊躇いがなく、佐奈が絡めば尚更和泉が簡単に命を投げ出すことをヒナは危惧していたのだ。
「私もヒナの案には賛成です。ひと通り相手のことが分かるまででも、佐奈さんは和泉と一緒にいてくれた方がこちらとしても助かります。」
『…。』
見かねた九条が横から口を挟み佐奈にそう提案すると、佐奈も状況を受け入れたようでコクリと頷いた。
その様子を隣で見ていた和泉は、ハアと息を吐いた。
「ったくしょうがねえな…でもヒナ、お前はそれでいいんだな?」
「ああ。」
「……ふん、ムカつくな。」
何でも正反対なオセロのような二人だったが、佐奈を守りたいという思いだけは完全に一致していた。
和泉とヒナはそう言って目を合わせると、お互い小さく笑ったのだった。
.................................................................
ー…バタバタバタ…
『す…すみませんすぐ片付けますから…!!』
「いやいーって、俺中入らねえから!!」
あれから24時間佐奈を守ることになった和泉は、約束通り、帰宅した佐奈について佐奈の家を訪れていた。
『よくありません!!これから毎日マンションの廊下で寝泊まりする気ですか!?そんなの危ないです!!』
「いやもう入ったら入ったで俺が色んな意味で危ないんだってば…。」
『え?』
「あ、いや…外のドアの前にいるからよ、何かあったら呼べよ。」
『……和泉さん…。』
緊急事態とはいえずっと好きだった佐奈と半同棲状態となりそうになっている和泉は、必死に理性を保ち入室を拒否していた。
佐奈はそんなかたくなに入室を拒む和泉の手を掴むと、強引に和泉を引っ張った。
『ずっと守ってもらうってだけでも申し訳ないんです、いつまで続くかも分からないんですし…だからお返しできる事はさせて下さい!!』
「佐奈…。」
『それに私だってもう覚悟を決めたんです!!!!』
「か…覚悟…!?」
『…だって…ヒナさんをあんな目に合わせた奴らを許してなんておけませんから…!!一緒に頑張りましょう、和泉さん!!!!……あれ…和泉さん?和泉さーん!!?』
程なくして一人勘違いをしてパニックに陥った和泉の理性は音を立てて崩れた去った。
この時和泉は本当に危ないのは刺客より自分に違いない…と、心底そう感じていたのだった…。
............................................................
ー…カタン…
「ヒナ、起きてますか?」
「……。」
「ヒナ…?」
皆が帰ったヒナの病室に九条が顔を出すと、ヒナは一人持ってきたパソコンに向かい合っていた。
ヒナは九条の声が全く聞こえていないほど集中している様子で、一心に画面の英数字と睨み合っていた。
「ヒナ、退院明日でいいそうですよ。」
「……あ…九条さん。」
「今日くらい休んでいたらいかがですか?」
そう言ってニコッと笑う九条にヒナは少し頷きながらも、パソコンをタイプする手を止めようとはしなかった。
「すみません、どうしても早くやらなくちゃいけないことなので…。」
「…そうですか。」
ヒナは詳しくを話そうとはしなかったが、その必死な様相を見て九条は何も聞かなかった。
恐らくヒナはヒナなりに皆を守ろうと、ひたすらに戦っているのだ。
「佐奈さんの家に和泉は泊まるようですよ、いいんですか?」
「はい。」
「死なれるよりは、和泉に取られたほうがマシですか…。」
「……。」
少しの沈黙の後にハイとだけ小さく答えたヒナに、九条は困ったように笑った。
「佐奈の事はきっと和泉が命を懸けて守る。だから俺は…俺にしか出来ないやり方で、刺し違えてでも"あれ"を止めます。」
「ヒナ…。」
そんなやり方きっと佐奈は喜ばない、と言いかけて九条は口をつぐんだ。
なぜなら今のヒナの気持ちが、九条にも痛いほど分かってしまったからだった。
「あまり無茶なことはしないで下さいね…お互いに。」
「…はい。」
...............................................................
ー…カタカタカタカタ…
「……試用段階の対人用バベルプログラム……なるほどなぁ…。」
迫り来る脅威にそれぞれがそれぞれのやり方で動き出した夜。
佐奈はズキリと痛む傷に言い知れぬ不安に襲われ、
ベランダで夜空を見上げる和泉の存在に心救われながら、なんとか夜を明かしたのだった…。