25.夏空の思い出
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「では、大人数のお泊りの定番。枕投げやるぞおおお~!!何か修学旅行みたいじゃねえ!?」
「いいなああははははは!!」
「「……。」」
そう言っていい感じにほろ酔いに出来上がった孝之助と和泉が楽しそうに枕を担ぎあげると、酒に相変わらず強いヒナと九条は冷めた目線で孝之助を見た。
「冷静に考えて宿に迷惑です。」
「…孝之助さんって過去の修学旅行になんか後悔でもあるんですかね。」
ー…ボスッ!!!!
『いいじゃないですか!!枕投げ!!楽しそうですねえ!!』
三人の後ろから枕を投げつけた佐奈は、そう言うと赤い顔でニッと笑った。
「ここにももう一人酔っぱらいがいましたか…。」
「いつのまに…。」
「よっしゃ!!やっつけろー!!」
孝之助の掛け声をきっかけに、ほろ酔いの三人組は持っていた枕を楽しそうに投げ始めた。
その様子を遠巻きに見ていたザル二人組は、それに無視を決め込み眠りにつこうと布団に入った。
「おい九条っちもやろうぜー!!」
「冗談止めて下さい、何で30にもなって枕投げなんて…」
「……何す…」
「お前ら、集中攻撃だ。ちなみに俺は今年で43だーーーーーーー!!」
「『わ~!!』」
「やっ…ちょっと止めなさい!!!!!!」
孝之助の一声で、眠りにつこうとしていた九条とヒナに迷惑な酔っ払い三人が半ば絡むように枕を投げつけまくった。
押し入れからも出してきたと思われる大量の枕に埋もれながら、九条とヒナは怒りの表情で顔を上げた。
ー…ズボッ
「ヒナ…安眠の為、このバカ達黙らせますよ。」
「了解。」
そう言うと二人は手始めに和泉を遠慮なく集中攻撃し、布団に沈めた。
しらふで頭のきれる九条と身長のあるヒナに残りの酔っ払い二人が適うはずもなく、勝負はあっという間についた。
と、いうより酔っぱらい三人とヒナがいつの間にか眠りにつき、その場には目が冴えてしまった九条一人が残されたのだった。
「全く人を起こしといて自分勝手というかなんと言いますか…それにしても幸せそうに眠ってますね…。」
『スー…スー…』
九条はそう言って眠りに落ちてしまった佐奈の顔を見て微笑むと、一人窓際の椅子に腰を下ろした。
「まったく…眠れなくなったじゃないですか…ん?」
「ああ~…体痛ぇ…水…」
「孝之助さん。」
ぼんやりと空を眺めていた九条が声のする方に振り返ると、そこには少し酔いが冷めて目を覚ましたらしい孝之助の姿があった。
孝之助はだるそうに水を一杯飲み干すと、火を点けたタバコをくわえて椅子に腰掛けた。
「俺なんかまた年甲斐のないことしてた?」
「孝之助さん修学旅行何か心残りでもありました?」
「えっ!?なにそれなんで!?」
「修学旅行修学旅行連呼してましたので。」
「ははは…なるほどなー…恥ずいな俺。」
孝之助はそう言って力なく笑うと、うなだれながら続けた。
「俺の家さ、めっちゃくちゃ厳しい家でね、修学旅行なんて行く暇があるなら塾行けって行かせてもらえなかったのよ。」
「それにしたってこの歳まで無意識とはいえどっかで根に持ってるとは…はは…重症だな。」
「そんなに厳しい家だったんですか。」
「もう病的でよ、官僚やら医者やらそりゃあまあ超エリート街道にのることに躍起になってて、実際一族全員が大層な職に就いてたよ。」
「だから孝之助さんは弁護士に…?」
「ま、俺は末端弁護士にしかなれなかった一族の落ちこぼれなんだけどね。」
「そんなこと…」
九条の言葉に孝之助は煙草をくゆらすと、バツが悪そうに苦笑った。
「お前達にも悪いと思ってる、俺の読みが甘かったせいでスパイになんて入られて、お前達を危険に晒した。東雲さんの依頼だって受けなきゃよかったんだよな…ほんと…俺が不甲斐ないばっかりに、九条っちにはいつも手煩わせて…本当にすまなかったな…。」
「私のことは別に…それにうちはあなたの懐の深さのお陰で命を拾った人間ばかりです、和泉もヒナも入った当初からすればあなたのお陰で本当に穏やかになった、そんな事言わないで下さい。」
「九条っち……お前が一番穏やかになったよなぁ…。」
「はは、それはそうかもしれませんね。」
孝之助が弁護士を辞め事務所を立ち上げてからはや12年、その事務所に一番初めに社員として入ってきたのがこの九条だった。
それからヒナ和泉佐奈と立て続けに社員が増えるわけだが、初期メンバーである九条にはこの事務所に皆以上に思い入れがあり、懐かしそうにそれを思い出した。
「初めはトゲトゲトゲトゲしてなあ…1言えば100嫌味が返ってくるクソガキだったのになあ。」
「もうそれは忘れてください…。」
「でもそれが今じゃ事務所も後輩も任せていいって思えるほど成長したんだからなあ…そりゃ俺も老けるわけだよ。」
「孝之助さん…」
「あいつらのこと…これからも頼んだよ、九条っち。」
「はい。」
そうして旅先での夜はふけていき、楽しかった一泊二日の旅行はあっという間に終わりを告げた。
ほんの少しの間でも仕事を忘れてはしゃいだ五人は皆名残惜しそうで、でも満足そうでもあった。
だが、事務所に戻った五人を待ち受けていたのは、いつも通りの楽しい日常などではなかった。
思わぬ知らせ だったのだ。
ー…ゴトッ…
【25】夏空の思い出 -END-
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