第九話 和解交渉
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大きな外国船に足を踏み入れた三人を、船の船員は出迎えた。
そこには数多の外国人がいて、奇妙な出で立ちの一逹を不思議そうに眺めているようだった。
「毛利成和だ。さっさと通せ鬱陶しい。」
「いっ…一さん多分向こうにも通訳いるんで余計なこと言わないでくださいッス!!」
外国人相手に、それも降伏をしに来た側にも関わらず、一の態度はいたって堂々としたものだった。
それに怪訝な態度を示した者もいたが、一の相手として現れた男は一を見てニッと笑った。
「私は英国海軍指揮官クーパーと申します。もう戦争には飽きられましたか、毛利さん。」
「ああ飽きた。だが飽きただけで長州は負けてはいない。」
「ほう…?」
まさかの一の返答に、英国側の通訳も、困惑気味にクーパーに伝えた。
「おもしろいお方だ。では賠償の講話をやめ戦を続けますか。」
「賠償は受けよう。だが長州は負けてはいない。それだけは違えるな。」
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一はかたくなに負けを否定し続けた。
それはここでおおっぴらに負けを認めてしまうとどうなるかが分かっていたからだった。
一に任せられたのは負けを認めてくることではない、この和解をうやむやにしてくることなのだ。
「いいでしょう。賠償請求に応じるならそれで構いませんよ。こちらが請求内容です。」
「…。」
渡された紙には賠償請求の詳細が記されていた。
数多の請求の中には賠償金や、彦島租借の事も記載されてあった。
「分かった、賠償金は我が長州藩からではなく幕府から支払う。」
「!?」
「なんですって?」
一の予想外の言葉に驚いたのはクーパーだけではなく、総助と小忠太も初耳であった。
「我が藩は幕府の攘夷命令を忠実に守っただけだ。賠償金は幕府に言え。」
「なるほど…いいでしょう。」
クーパーは、あっさりと一の言葉を承諾した。
それは、幕府からの方が賠償金を確実に得られるとふんだからだった。
そうしてその他の請求内容の大半を一は受け入れ、後は領土の租借問題だけとなった。
―期限付き租借―
そう言うと聞こえはいいが、実質的に植民地と変すという事には間違いなかった。
「では、こちらの租借請求も受け入れて頂けますね?」
事態を見守る小忠太と総助も息を飲むと、一はゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「ふん…聞いて驚くがいい、この日本国はな…」
「?」
「天地の時、高天原になりませる神の名は天之御中主神次に高御産巣日神、端史書すことを絶たず烽を列子譯を重ぬるの貢府に空し月無名文命より高く徳天乙にも冠れ謂い……」
「は…!?」
一が朗々と喋り始めたのは古事記の序文であった。
日本語を知り尽くしたクーパー側の通訳でさえ、ほぼ理解が出来ない内容だった事は言うまでもなく、
その場にいた誰もがその勢いある謎の言葉に呆気にとられていた。
これが、一の作戦だった。
だが状況を理解できないのはクーパーだけでなく小忠太も同じで、
一は狂ったに違いない、と小忠太は本気で思っていた。
刻一刻と時間は過ぎても一の言葉はとどまる事なく勢いを増し、
一時間が過ぎた頃、ついにはクーパーが租借請求を取り下げたいと言い出した。
それを聞いた一は古事記の講釈をやめ、悠然と席に戻った。
そして諸外国との賠償請求の和解は成立し、一逹三人は船から降りたのであった…。
............................
「まったく…幕府に賠償金押し付けたかと思えば租借問題をあんな形でうやむやにするとはさすがだよ…日頃の一の行いそのものだね。」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちかにしろ。」
長年一緒にいた総助には、一の狙いが分かっていたが、
小忠太は狙いどころか日本人のくせに一が何を言っているのかさえ理解出来ていなかった。
「俺、一さんが何喋ってるのかさっぱりでした!!日本語の通訳が欲しかったッスよ!!あれなんなんすか!?」
「お前英語の前に日本語勉強しろ。」
一に小突かれる小忠太に、総助があきれながら答えた。
「一が喋ってたのは古事記だよ。日本人の小忠太が分かんないんだから外国の通訳が訳なんて出来るわけないよね。」
「じゃあむこうは訳も分かんない事を言われ続けてうんざりしたって事ッスか!!」
「でもよく上手くいったね。向こうが折れなかったらどうするつもりだったの?」
「古事記に日本書紀、三日三晩でも数週間でもあっちが折れるまで話続けてやるつもりだったさ。」
「…。」
(折れてくれてよかった…。)
(早めに折れてよかったッス…。)
こうして3人は無事仕事を成遂げ藩邸へと戻ったのであった。
......................
ー…ザザーン…
「"長州"にはおもしろい男がいるのだな。」
会談を終え、一達を見送ったクーパーは楽しそうにそうつぶやいた。
「彼は本当に成和公だったのでしょうか、なにか聞いていた雰囲気と違いますが。」
「…違うのかもしれないな。名前を聞いておけばよかった。…幕府の要人とは比べ物にならない度胸を持った男だった。」
「ええ、そうですね。」
そう言うと、クーパーは満足げに海岸から全艦隊の船を撤退させて行った。
こうして長州の植民地化は一人の"口達者な問題児"によって守られ、事なきを得ることになったのだった…。